地中海史2 ルカ イエズス会 ヨシュア記 カルタゴ滅亡
心を落ち着けるため眼を閉じて今までの話をまとめる。
カタリ派はキリスト教の腐敗を正す改革派であった。教皇より軍を向けられて壊滅した。
テンプル騎士団は国家の財務を任されるほど強大になったが、フランス王に財産を奪われ異端とされ壊滅した。
だが関係した者は果たして全滅したか? 生き残った者達はどのように動くであろう?
生まれた土地を捨て迫害の及ばぬ新天地を目指し、関わりを断つ。
または……地下に潜り復讐心を強くして力を蓄え反撃の機会を狙っているとすれば……
カタリ派の民衆人気とテンプル騎士団の財務管理能力が力を合わせればどうなる?
まさにイエズス会そのものではないか!
教会の腐敗に反発して新教派が台頭し、それに抗するように教会側から戒律を厳しく守るイエズス会が発足した。知識を蓄え医療を提供する。
そして今やカタリ派の様に民衆人気を得つつ、テンプル騎士団の様に各国の王室や教皇に食い込んでおる。
テンプル騎士団はフランスでこそ壊滅状態だが他国での追随はなかった。資産と人は残っているのだ。
「……イエズス会はカタリ派とテンプル騎士団の流れを汲んでいると思うか?」
「金を持つ者たちが潜伏して裏から手を回せば、表からは分かりませんネ。ただ参考にしているのは確かデス」
今までの話の大筋を話していた者が答える。名をルカという。昼間に二刀流の技を見せていた者だ。
他の船員たちの反応も見る。頷く者と驚く者の半々か。今までの話にも頷く者と初耳だという顔であった。
知る者は識っておったという所か。
「確証は無いが状況的には有り得るということか」
「ハイ、沈黙を旨とする集団ですノデ、各国や教会の上層部への食い込み具合から測るべきカト。ただ一つの組織が全てを行っているとは思わない方が良いでショウ」
一つの組織だけでは無いとな。そこの所は引っ掛かるので話を詳しく聞く。
「確証は無いのですガ」と前置きしてエウロパ、特に地中海周りで古代より起きていたことをルカは話す。
エウロパの国々ではキリストの生誕以前を前100年などと呼ぶ。
古代はオリエントと呼ばれる少アジア近辺が先進地域であり、エウロパは辺境であった。
前1200年頃にオリエントの国々は海の民と呼ばれる海賊集団により壊滅的な被害を受ける。
諸部族の混成軍が各地の隷属下にある部族を焚き付けながら行われた略奪行為と言われる。が詳細は分からない。
「国を作るより奪う方が楽と考える者が居たという事か」ハイとルカは頷く。
前1200年頃にエジプトの隷属下にあったユダヤ人は奇跡的にエジプトを脱出し、約束の地カナン(パレスチナ)に自らの国を建国する。
この建国神話は聖書の中のヨシュア記に記載がある。
占領地の先住民と家畜を丸ごと全滅させるなどの記述が続けて書かれている。他民族への容赦の無さと血生臭さ。
宣教師は都合の悪いこの部分には触れたがらない。だが経典の民を理解するには是非読むべきとルカは言う。
(ヨシュア記か、翻訳を優先させよう……)
周りの者を見ると船員達は半分が初耳の様子。
柳生宗章は一呼吸ごとに薄っすら眼を開けておる。器用なものじゃ。
兄弟子が側につき服を掛けている。良き後見人か。甲賀の者達は通詞から地図とともに説明を受けておる。
フェニキア人は前15世紀頃より巨大な帝国の隙間を縫う様に、地中海沿岸に都市国家を築き海上交易で繁栄を続けた。
塩田や染色技術で独自性を持ち優位を保ったという。
彼らは様々な民族と混交した。取引での必要から約30の表音文字を作り広めていった。
今のエウロパのアルファベットの元になるものだ。
彼らの造った都市の中でもイタリア半島に近いアフリカ北部のカルタゴ。その建国神話は船より降り立った一人の女性指導者の交渉に始まる。
彼女はその地の住人に言った。
「牛一頭の皮で覆えるだけの土地が欲しい」と。す住人は快諾した。彼女は皮を細く切って長い紐を作り、丘と港になる地を囲んだ。
「それでは先住民は納得せんだろう?」
「土地の使用料は払い続けた様デス。ただ傭兵が主体の国になりマス」
(商人と工人を抱えて傭兵に要塞か……石山本願寺が思い浮かぶわい。が石山には兵となる信徒が居ったから少し違うかの)
カルタゴは中継貿易で栄え、永く地中海の覇権を握った。
だがイタリア半島を統一したばかりの新興国ローマが台頭する。両国は中間にあるシチリア島の領有を巡って激突した。地中海交易の要となるシチリア島。両者とも譲る事のできない島であった。
戦いは必然に熾烈となり前264年から3回。百年以上に渡って繰り広げられポエニ戦争と呼ばれる。
初戦で負けて多大の賠償金を課されたカルタゴ側。武門の雄ハンニバル・バルカが今のスペインの地で兵を募り雪辱を期す。
軍象を連れて雪山を踏破したハンニバルの軍勢は、脱落により半数以下に。が意表を突かれたローマは彼の巧みな戦術と包囲殲滅戦に連敗を重ねる。
この時のカンナエの戦いは今の軍の教本でも手本とされる。補給を十分に受けられないハンニバルはイタリア南部中心に10年以上居座る。
一方ハンニバルとの緒戦で司令官の父を殺され、敵の天才的な用兵を目の当たりにしたスキピオ。異例の若さで指揮官に任命された彼は敵の戦術を学ぶ。
同時に敵の後背基地であるスペインを平定。元老院より制限を受けつつ更に北アフリカへ上陸する。
お互いに少ない本国の支援と相手の同盟を切り崩す戦略。カルタゴへの騎兵の提供国はヌミディアという。そこにスキピオが自派の王子を王位につけると形勢は一変。カルタゴは孤立しハンニバルを本国に呼び戻す。
比較して歩兵の少ないスキピオと騎兵の少ないハンニバル。対峙する両将の間で和平交渉が行われる。がハンニバルを引き戻して強気になったカルタゴは、和平案を飲まなかった。
両軍はザマの地で激突する。カルタゴ戦象の突進は散開した軽装歩兵の投槍により壊乱。数では多いカルタゴ歩兵は傭兵と市民兵で士気は低く、数では少ないローマ歩兵は志願兵中心で士気は高い。
両者はがっぷり組み合う。ヌミディアの支援で数の多いローマ騎兵がカルタゴ騎兵を追い散らして背後から包囲し、カルタゴの古参兵が壊滅し終戦となる。
勝者スキピオは当初の和平案に多少の追加をした。寛大にカルタゴを許して同盟国とした。膨大な賠償金を課せられたカルタゴは、それまで政治を牛耳っていた貴族たちが権勢を失った。
ハンニバルが行政の長に選ばれると、不可能と思われた賠償金を早々に完済した。それに危機感を抱いたローマの元老院は謀略を巡らし、ハンニバルをカルタゴから去らせた。
ヌミディアとカルタゴの紛争にローマが介入し、港湾を全て手放せというローマの要求を拒否して、3年の包囲戦の後に都市国家カルタゴは滅ぼされた……
「カルタゴは滅びてもフェニキア人は滅んだ訳では無かろう?」
「権勢は失いましたが地中海の島々に分散して残ってマス」
(スキピオの寛大さで留めずに止めを刺したことで、
さぞかし恨みは残ったであろうな……)
流石に聞き疲れたのか引き上げていく者も出てくる。宗章にも「眠いなら休んで良いぞ」と声を掛ける。修行の一環であろうか、一呼吸ごとの半眼開けを続けつつ、「まだ大丈夫にて」と答えている。
ワシの身辺警護に就く気構えなのであろう。若いのにしっかりしておる。後日布団を与えてやろう。
勿論風呂にしっかり入って蚤など取り払ってからじゃがの。
※指摘頂いた文体や改行などの修正を全章完了。
内容はほぼ変わってませんが、見やすくなってます。
2021.08.02
1話は書き上げたけど5話ストック持ってから余裕を持って投稿したい。
また全編9章の内現在3章後半で、構成変更か巻いて書くか決めかねています。何れにせよ投稿は先のことに。
タイトル『信盛の野望』に『〜出戻り信盛は追放の黒幕にざまぁします〜』を追加しました。
元の5文字が良い、追加分も有ったほうが良いなど、ご意見頂けると助かります。




