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根来衆

「確かに下流域の雑賀衆は織田家が道路を引けば攻め込む準備と思うやも知れませぬ」

「戦をして領主を追放した地では整備が進んでおる。美濃や近江の様にな。が紀伊は戦上手が多いが故に完全支配に至っておらぬ。そこが話が進まぬ理由じゃ」


「皮肉な事ですな……」

「正にな。織田家から代官やら名家をただ国主に置いても心服するとは思えぬ。そこでじゃ、紀伊の者から歩み寄って貰いたいと思っておる」


「と言いますと?」

「最初に話した硝石の話よ。織田家でも大概の事は承知して居る。小便石から作る事、そしてこの根来で精製しておる事もな」

 そう言ってワシは地図を広げる。紀の川が東から西に流れる根来領の河川沿い三ヶ所に○を付けてある。


 根来の主立おもだった者たちからうめき声や動揺、そして殺気立つ雰囲気が流れ出す。それに反応するようにワシの両脇に助介たちが構えて立つ。彼らの反応から精錬工房の位置は当たりであろう。

 そんな中、算正は取り乱す事無く、否定も肯定するでもなく鋭き目付きで口を開く。


「それで我ら根来に何をお求めで?」

「ワシが戻り次第、上様より硝石の製法の公案が出される手筈じゃ。それに根来が真っ先に名乗りを上げて貰いたい。今日はその打ち合わせよ」

 

「なるほど、硝石が事を黙っていた事を理由に紀伊に攻め込む積りはないという事で宜しいですな?」

「無い。製法を入手する為のみなら、場所が分かった段階で攻め寄せておる。硝石の精錬は慣れた者に任せた方が良いという判断よ。餅は餅屋にじゃ。

 根来以外の者が製造するに特許料を何割取るも取らずに恩を売るのもそちらの自由。特許の目的は秘法の公開を促して安く普及させて民を幸せにすることじゃでな」

 

「根来以外にも硝石を製造している者が居ると?」

「鉄砲の伝播の流れからすれば、雑賀や本願寺、島津辺りも可能性は有ると観ておる。鉄砲の作り方のみ覚えて火薬の作り方を知らんのはいささか不自然じゃ」

 

「……もしそうであったとして、その中でも根来に特許を取らせようとする真意は?」

「本土にまず鉄砲を持ち込み製造して広めたは根来であろう?ならば硝石が事も根来を優先するのは当然と思うておる。

 紀伊の者は紀の川の流れには逆らわぬとも聞く。上流の根来が特許を得て下流の雑賀に恩を売らば、正当性が出来よう?国人の中でも頭一つ抜けて織田家が任命すれば根来が紀伊を統べる流れにならんかの?」

 

「下流域の平野部を占め海に隣接する雑賀の方が人口も多く兵力も擁しておりまする」

「そこでじゃ、根来は織田家に更に恩を売れば良いのじゃ。堺でエウロパ型の帆船が今後多数造られる。上流の吉野杉程でなくともこの辺りも木目の細かい杉は採れよう?それを堺まで運べば良き値段で売れようし、織田家に恩を売れるというものじゃ」


「人数の差は織田家への恩と雑賀への恩で覆せと?」

「そうじゃ。それに国主とならずとも紀伊の中で発言力を増して枢要の地位に付くでもよかろう。また船材の供給地ともならば根来が帆船を所有するのも容易かろう。

 黒潮の流れに乗って種子島と根来を行き来しておったお主らならば、新式の帆船の扱いも直ぐに覚えよう。潮の流れを超えて風を背に、広き世界と根来を繋げてみてはどうじゃ?根来の繁栄は永くに続くであろう」


「現状でも十分に潤うて居りまする」

「確かにこれまでの20年程は鉄砲に硝石、傭兵で銭は貯まっていよう。根来より肥沃な土地を買い求める事も出来よう。お主らの子の代までは安泰じゃろう。

 じゃが国主の扱い次第では貯めた銭も散逸するやもしれん。ただ守るだけではジリ貧ぞ。先に進みて守ってこそ引く余地も出来よう」


「何故そこまで根来に肩入れ下さるので?」

「根来と言うよりも紀伊国全体じゃな。このまま雑賀が大に小に抵抗を続ければ再度の紀伊征伐も起こりうる。次は海より山より浜辺より同時侵攻を受けて、雑賀は散り散りになるやもしれぬ。そんなことになるより紀伊の者に紀伊を纏めて貰いたいと思うておる」


「征伐の可能性は高いと見ておられますか?」

「ウム、征伐が起らば織田の諸将に恩賞として紀伊の国は取り分けられ、一体としての開発は先延ばしになろうな」


「外の世界に拡がるとありましたが、どちら方面を予定かお尋ねしても宜しいか?」

「エウロパからすると日の本辺りは最も遠き所になる。未だ未探索や手を伸ばして居らん地も多い。未開の地、極寒や極暑の地、無主の地を先に日本が確保する。同時にエウロパへの交易拠点を伸ばしていく」


「大国は攻めぬと?」

「大国はもとより小国も攻めぬ。まぁ小国は交易を通して同盟し、ゆくゆくはあちらから傘下入りを望む様に誘導するがな」


「つまりは戦で国を広げていく訳では無いと?」

「そうじゃ。もう包囲網は懲りごりじゃでな。無主の地を先に抑えて防衛する、そのような構えじゃ。根来衆の活躍の場と思えんかの?」


「防衛戦は得意とする所ですが……なるほど、紀伊の鉄砲衆をそれに充てようと言うことですな。しかしこれからは大砲も出てきましょう。鉄砲だけでは防ぎきれぬのでは?」

「ウム、それも想定しておる。織田家で大砲を製造しおるし、飛距離を大きくする試みもしておるでな。詳細は上様に確認してみると良い。今なら堺に居るですぐに会えようぞ」


「左様ですな。諸々が事、根来の将来に関わることですので皆で話し合いが必要になりまする。こちらの回答はそれからで宜しいですかな?」

「勿論じゃ。十分に話合ってくれ。それと堺で織田家の今後が決まる事が色々と進んでおる。今回の話と大きく絡む故、先に一度実際に見ておくと良いぞ」


根来衆は様々な勢力の寄り合い所帯で、津田氏がその中で鉄砲を導入した事もあり主導的な立場に就いているに過ぎぬ。話し合いは必要である。


「諸々のご配慮感謝いたす」

「ウム、何か気になる事あらば今聞いてくれ」


 それならばと後ろで聞いていた根来の者たちも質問してくる。上様からワシへの赦免は下ったのか、大砲の性能や保有数、紀伊一帯の開発計画の見通し、高野山の印象等など。


 それにワシが答えられる範囲で回答する。

 赦免は下り今は諸勢力を口説いて回っておる事、

 大砲は鉄砲の射程外から一方的に撃ち込める事、

 開発は道路は勿論じゃが紀の川の流量の安定化と貯水を重視し新たな種を導入が良かろう事、

高野山での経験はワシの良き思い出・質素な食生活は今までの体質を変える効果・川流しの厠は快適・権力者に睨まれた者を受け入れる亡命地は必要と思う事等を伝える。


 皆の口もほぐれた頃合いに甘酒を取り出して振るまい、米麹共同購入組合へのお誘いも出しておく。

 そしてかつて聞いた螺旋状の溝が入った津田照算の鉄砲を売って貰えぬかも打診しておく。

 こちらも後日回答を受ける事になる。



 用件も済んだで後日再会を約して退去する。1時間を掛けて舟まで戻り視線を根来の野に巡らす。


 パンっと軽い音がして先の木立から鳥が一斉に飛び立つ。黒い塊がワシ目がけて飛来するが分かる。軽く回転しながら少し横にずれていく。ガシッと軽い衝撃音がワシの目と同じ高さの帆柱に突き刺さる。銃撃じゃ。

 助介の配下らが竹束を取り前にかざす。1町(約110m)以上先にある木の上からの銃撃であろう。


「追って取り押さえまするか?」

「不要じゃ。態々(わざわざ)狙いを外した相手を追い詰めればこちらに死傷者が出よう。それにギリギリの距離からの狙撃じゃ。間が開きすぎて追いつくのも至難であろう」


 何らかの警告か腕を見せつけるためか、はたまた織田家と根来を離間させるが目的か分からんが、さっさと退散するに限る。

「舟を出せ」そう言い置いて因縁の地を後にする。

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