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津田算正

 その日の晩は信辰への引き継ぎと船員や娘達の話を聞いて過ごした。話の内容は他愛の無い事、結婚したらどんな仕事を始めるか、自分に何が出来るかじゃ。ワシが寝転んで居るで皆も気兼ねなく横になっておる。

 明日の語学の講義をどのようにするかも各人にゆだねておるで、皆して話し合っておる。まぁ、実際の所は手探りで試しながらになろう。使うであろう鉛筆と紙はワシの方で用意しておく。


 その間も助介の配下は交代で夜警に付く。犬の鼻も使えるで今後は多少楽になるはずじゃ。

 

 眠気を覚えた故ワシは先に広間から退出する。準備は整えている。後は行って説得するだけじゃ。受け入れるか否かは相手次第。同行する者も早めに引き上げて休む。ワシもやるべき事をやるだけじゃ……




 助介と配下5名とワシの7名で朝に堺を発つ。帆を掛けて陸沿いに南西へと舳先へさきを向ける。左手に和泉国、右手に大坂湾を臨み、横風を帆に受け斜め後ろに流して先へ進む。左手の陸地が切れて右手の淡路島が近づく頃には紀伊国である。

 左手に向きを変え南東へ暫く進み河口北側に小舟を寄せる。紀の川の流れは此処ではゆったりとして居る。陽の沈まぬうちに降りた先で小屋を借り切って夜を過ごす。

 

 飯を炊いて干物を炙って夜食を摂る。小舟を前に小屋の中で次の仕事の準備をする。何やら船盗りに向かった夜を想い出す。面子も当時と同じである。まだ一月も経っておらぬが大分昔の様に思える。

 もしあの任務に失敗していたら……スペイン人にワシの関与が露見して居ったら、助介らは堺から離れた任務に回されたであろう。佐久間家は首謀者として首を差し出されて居ったろう。真に危なき橋を渡ったモノよ。

 だがそれに十分値あたう見返りを期待出来るからやったのじゃ。丈夫な帆船にエウロパの船員の円滑な引き抜き。現物と教義抜きの人の知恵。それが今後の佐久間家と日の本にきっと役立つと信じて居ったから、火中の栗を拾いに行った。

 そんな事を辺りを憚ること無く話す。2名が外の見張りに就いておるで問題ない。ワシは改めて助介に任務をやり遂げてくれた事に謝意を示し、ワシの懐からは謝礼を出せていない事を詫びる。


「拙者らは上様より給金を頂いております故、お気遣い無用にござる。それにセメントの特許で甲賀への口添え頂いてます故」

 ワシはセメントの配合について、詳細が分かれば真っ先に助介に伝えることを約束する。


 明日の任務も畿内の平定と、硝石の安定確保のために必要な事じゃ。後ろがゴタついて居ては安心して先に進めぬ。皆にも認識を同じくして貰って早々に横になる。火と見張りは絶やさずに夜を過ごす。




 朝もやの中を早々に小屋を引き払って小舟に乗り込み、紀の川に棹を差して川底を押して遡上する。今日も流量が緩やかで舟はするすると東へ進んでゆく。橋を幾本か潜り、昼前に南からの支流が合流する手前で北岸に舟を結える。根来寺へは歩いて1時間程の辺りじゃ。これからの訪問の先触れを走らせて置く。


 紀の川をさらに同じほど上流に遡り岸に上がって南へ半日ほど山を分け入らば高野山、1ヶ月前にはワシが身を寄せていたお山じゃ。そんな感慨に浸りつつ開けた野を護衛と共に北へ進む。先触れも無事戻ってくる。根来の主だった者を集めて待っているとの事。

 涼しい風の中でも1時間も歩くと汗ばんで来る。水筒の水を飲み一息ついて身形を整える。根来寺はもう眼の先にあり、その近くに訪問先の津田算正かずまさの屋敷が有る。

 先代の津田算長が種子島から火縄銃を買い取り、根来の刀鍛冶・芝辻清右衛門に複製させ、算長の弟妙算たえかずが銃で武装した根来集団を組織した。算正は算長の嫡男で現当主である。

 屋敷門に立つ家人に用件を伝える。案内されて奥へ進む。


 算正と主だった者たち数名が奥の間におった。家人を下がらせると算正殿が口を開く。

「織田家から使者が来られると聞きましたが、まさか信盛様が来られるとは……亡くなられたとの噂も聞きましたが……」

「もはやワシは算正殿の上役でもない。様は無用ぞ。今は織田家の影として働いておるで口外無用で頼む」


「承知しました。では信盛殿、お久しぶりですな。ご無事で何より。今後の根来の扱いについてと聞きましたが、どのような話でしょうか?」 

「ウム、今織田家がフィリピンのマニラに使節を派遣し、帆船を建造しようとして居ることを知っておるか?」

 

「いえ、まだ聞いておりませぬ」 

「その使節が今の日の本に足りぬものを買い付けてくる。それは硝石の製法であったり、痩せた土地でも育つ食物の種苗であろう。

 また今回の使節が持ち帰れずとも、自前で帆船を建造し交易を始めればいずれ硝石の製法も見つけて来よう。または既に自前で密かに製造しておるやも知れぬ。ワシも織田家の全てを知っておる訳では無い故な」


「それは茫漠ぼうばくとした話ですな」

「まだ漠然としておるが既に動き始めて居ることよ。がいずれ織田家は広き世界に乗り出して硝石の製法を手にする。そして近々織田家は硝石の製法を求めて公案を出す。これは今年中になる」

 ワシは知財の保護に織田家が乗り出すこと、そのために公案や特許を活用すること、ワシ自身が公案や特許を発案した認可状を見せた。


「織田家が最近は硝石を購入して居らんことは、承知しておろう?」 

「そうですな。以前は武田家への荷止めの為にも全て購入していたのが、今は武田家へ流れて居るとは聞き及びまする」 


「ウム、自前で調達の目処が立ったという所かの。そこで更に公案で硝石の製造拠点を求める。名乗り出てきた者に独占的な製造の許可を与えるという物じゃ」

 

「独占的な製造の許可ですか、具体的にはどの様になりましょう?」

「製法の公開を行う事を代償にして、10〜30年間許可を得た者が他の製造者に売上の何割かを請求出来るとするモノじゃ」


「……何故そのような法を作るのでしょうか?」

「民の為になる知恵も公開せず、秘蔵されておるモノが多いじゃろ。それを秘蔵させず知財として保護することで、公開するように促そうという事よ」


「それを上様が望んで居られると?」

「ウム、織田家に身近に接しておらねば解らぬかも知れぬが、上様は民の生活を向上させる事を何よりも大事にされておられる」


「世間では仏敵だの魔王との声も聞かれますが」

「魔王は書状のやり取りで信玄公が天台座主沙門信玄と署名したのに対して、第六天魔王信長と署名して返したのが元じゃ。冗談好きな上様の洒落じゃよ」


「仏敵に関しては如何で?」

「上様は神社にも寺院にも無数に寄進されておる。信教はそれぞれの自由と考えておられる。ただ教団が信徒を煽って兵を持ち、政治に口出しされることは嫌っておる。これはキリスト教に対しても同じじゃ。仏敵呼ばわりは兵を持って対抗してくる比叡山や本願寺と敵対したからであろう」


「左様ですな」

 この辺りの事は算正は知っておる。むしろ周りの者に聞かせるための問答である。

「織田家の直轄領では馬車がすれ違えるほどに、道路が拡幅されておるが如何考える?」


「軍が移動するには便利かと」

「勿論それはあろうが、自軍だけで無く敵軍も移動しやすかろう。その点では有利と不利で相殺じゃ。道を整備して一番恩恵を受けるはその地に住む民よ。そして関所も廃止して通行税も取って居らん。往来自由となれば商売も活発になり安く物も手に入ろう?」


「確かにそうやも知れませぬ。ただ紀伊ではその動きはまだ実感されませぬが……」

「根来の地を領しておりながらワシの力が及ば無かった故じゃ。心苦しく思うておる……」


「あ、いや、信盛様が戦場に身を置きながら根来の地の紛争にも、心配り頂いた事は忘れておりませぬ」

「様付けは不要ぞ。じゃが戦が終わらば手を付けようと思って手付かずのままだった事は多い。先の道路の事、治水の事もじゃ」


「道路が事、紀伊で進みましょうや?」

「中々に難しかろうな」


「それは如何なる理由で?」

「上様の直轄領では民の上様への信頼は絶大じゃ。治安は良くなり道路は整備され通行税も取らぬで農民、商人、工人も上様の為さることは民のためであると実感しておる。

じゃが紀州は織田領に組み込まれて年が浅いじゃろ。石山で対峙していた者も多く仏敵と未だに観ておる者も居よう。道路を引こうものなら攻め込む準備と捉えるじゃろ?」

2020大統領選挙をじっくり観ていてやっと大勢が決まったと思ったら、深夜4時の謎の大量票の出現で大逆転! 歴史は夜に作られるとはよく言ったものです。

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