鋳物衆・家畜・出世・聖俗
陽も高く昇る頃にワシらは堺内へと戻る。船員達、通詞と護衛には屋敷に戻ってそれぞれの仕事を続けるよう伝える。
ワシら兄弟と助介らで鋳物工房へと向かう。仕事柄、熱と煙と臭いを大量に発生するため、その場所は堺の外れに位置していた。
外から中の様子を窺うことは高い塀に囲まれて出来ない。門で所要を告げて中へ案内される。
よく陽に焼けた大柄な男が迎えに出て来て忠造と名乗る。ここの親方だと言う。他に助手4名が顔を出す。上様からの書面を持っているか確認すると懐から差し出してきた。ウム、間違いないようじゃ。ワシは盛栄と名乗っておく。事情は察しているのかそれ以上は聞いてこない。
「早速じゃがフランキ砲で使える物は何門ほど造れるか?」
「3門造って実用に耐えられるのが1門の現状にて、年2門が限度ですじゃ」
「現物が有っても模造は難しいか」
「へぇ、フランキ砲の構造が複雑で造りづらいのも有りますが、子砲との組み合わせで熱風漏れが多く出ますじゃ。漏れを小さくしようとすると更に構造が複雑になってと弱り果てておる次第で」
「そうか。話は行っていようが、実はフランキ砲を造る国とは別の国の砲の見取り図が手に入っての。威力と図体はでかくなるが構造は単純じゃ」
ワシが持ってきた図面を広げると、忠造らは食い入るように見つめる。長さがフランキ砲の1.5倍であるから目方は3から4倍で……などと見積っておる。ひとしきり考えた所でワシは確認する。
「再現はできそうか?」
「図体がデカイで厄介ですが、構造は単純でやり易そうですじゃ。後は火薬の爆発に耐える強度と、運びやすいようになるべく軽くを如何に両立させるかじゃ」
「それには型を少しずつ変えて試し撃ちを繰り返すしか有るまいな」
「そうなりますじゃ」
「実寸で何度も試しては労力も火薬も幾ら有っても足るまい。1/10か1/5の縮尺の模型で試して形を決めて貰えんかの?」
「1/10ですと1尺(30cm)強、1/50で2尺強ですな。両方造って問題点を洗い出しますじゃ」
「ウム、素材は青銅と聞いておるが日本の物と配合が違うかも知れん。配合も色々変えて試してくれ」
「やってみますじゃ」
「砲耳(砲身両側面の突起)があるじゃろ。砲耳を砲架に乗せた時に筒先は上向きで、筒先に火薬袋や弾丸を入れてもグラつかんようにしてくれ。砲架はフランキ砲のを参考にな」
「了解じゃ」
「それと砲身の中子(中空の鋳物を造る際に使用する)には砂を使うか?」
「おそらく砂になりますじゃ」
「外側がザラついていても問題ないんじゃが、砲身内は滑らかにしたい。後から砲身内を削って滑らかにする事は可能かの?」
「出来ますが手間が掛かりますじゃ」
「その手間と、中子を工夫して砲身内を滑らかにする手間を常に天秤に掛けて置いてくれ。まぁこちらは余裕が有ったらで構わんがな」
「解りましたじゃ」
「それと火縄口じゃがな。これも案の一つとしてくれ」ワシは紙と鉛筆を取り出しワシの案を断面図に書き込んでいく。
「強度が保てれば面白そうですじゃ」
他に細々したことも話し合い、次回はワシ以外の者が確認しに来るかもと伝える。その時はこれをお持ち下されと丸い銅貨に紋様が入った物を渡される。工房への入場許可だろう。
話もついた所で、ついでに甘酒を取り出して親方衆にも味見してもらう。気に入ったようで共同購入組合にスンナリと加入してくれた。
彼らは大口とはならぬであろうが今後の付き合いは長くなりそうだで、繋がりは多いほうが良いじゃろう。
さて、船に大砲とワシが出来ることはやった。後は専門家に任せよう。餅は餅屋にじゃ。他に何か無かったかの。
「そう言えば助介よ、地球儀のその後は何か聞いておるか?」
「それでしたら」と助介は護衛の一人を振り返る。地球儀を持って行った時の護衛じゃ。
「半球の金型は出来ておりました。今は貼り合わせた紙を固くし厚重ねしておりますので近い内に一個目は出来上がるかと」
「そうか、順調じゃの。引き続き時々様子を観てやってくれ」
そんな話をしている間に屋敷前まで戻ってきた。中が何やら騒がしい。護衛が先に走って確認し戻ってくる。危害は無いが……と口篭っておる。
訳が解らぬが見た方が早いだろう。護衛が前を進み門を開けるを追う。違和感の正体は庭の木の横に居った。紐で繋がれた白い四本足。羊か……いや顎髭がある。角は無いが山羊であろう。その周りでは鶏が土を啄んでおる。
そう言えば寝込む前、上様と最後に会った時に卵と乳入りのビスケットを差し出して気に入られたのだ。船員で飼いたがって居った者がいた故、鶏と羊などを飼うとするかと帰り道に助介らと話していた。その話が伝わったのだろう。がまだ蔵屋敷の者に話を通していないはず。
山羊の先では船員達が板を打ち付けて小屋など作っておる。面倒を見る気の様じゃ。
「随分可愛らしきモノが増えとるが、屋敷の方の者の許可は取って有るかの?」船員や通詞達はお互い顔を見合わせるが首を横に振るばかりである。
「あー、この屋敷にはワシらは居候の身じゃからの。ワシの方から話して置くで作業を続けてくれ」
この様な事、信辰がずっと側に居てくれたなら、言わずとも話を通して呉れていた。
ワシは信辰を伴って蔵屋敷を預かる者を訪れる。
「お騒がせして申し訳ない。卵と乳入りのビスケットを上様が大層気に入られたで、それを聞いた船員達が鶏と山羊を買って来た様子。世話はこちらで致すのでお許し下され」
そう言ってビスケットと甘酒を差し出す。ビスケットは笑って受け取って貰えたが、甘酒は固辞された。
織田家中では賄賂の受取りは厳しく見られるが、甘い物などの付け届けは禁止されていない。甘酒の「酒」の部分が外聞が悪いのかと確認する。米麹は織田家直轄領で共同大口購入して、最大割り引きを受けていると言う。
それは知らなんだと思いつつ、弟信辰をワシの代理として紹介する。以後は信辰がやり取りしてくれる。
気になったので大口購入はいつ頃から始まったのか聞くとここ2年程と言う。
部屋へと戻る間にワシは反省する。主が受けて居る割り引きを軍団長であったワシは知らず、主に対する注意が足りていなかった事を。
そう言えばと家中の台所の経費を大きく節約して出世した者を思いだす。今や中国方面の長の秀吉である。奴は織田家中ならではの出世の見本である。
上様の草履取りから始まり、家中に出入りして居る間に女房衆に世間話をして気に入られておった。話があまりに上手いでワシは情報を扱う者か、と少し警戒して居った。が上様は次々と役目を割り振り、奴は勘定役に軍事に内政にと手掛ける事を拡げていった。
あの頃の奴なら割り引きの話に敏感に反応したであろうが、軍団長の今も嗅覚は健在であろうか?
部屋に戻って遅めの昼食を取り、いつも通り皆でシエスタしながら雑談して過ごす。
今日の話題は主に動物、特に家畜についてである。まず何故牛でも羊でも無く山羊なのかと聞く。
牛は糞が臭うので狭い所では扱いづらい。羊は大人しいが背の高い草は食わず低い草を食うので土地が荒れやすい。山羊は高い草も木の葉も食うので扱いやすいと。糞も指先程の大きさで固まっていて拾いやすく肥料にもなる。元が草なので乾燥させて煉瓦に混ぜ込んでも良いと言う。
やたら理天を勢い込んで話して来るので、許可は貰った故安心して飼うが良いと伝える。
安堵した様子なので他にエウロパでよく飼っておる動物も聞く。
馬や牛に羊、犬猫と日本と共通する事も多いが用途が色々と違う様だ。何でもエウロパは全般的に緩やかな丘陵地が多く、乾燥した土地では畑に向かず牛や羊を放牧して肉や乳、毛を利用するらしい。羊の腸も肉を詰めて燻製にすると。ここで燻製しても良いか聞かれた。煙や飛び火で周りに迷惑掛ける事が無ければ良いと答える。
そう言えばと魘されて寝込んで居た時に、干した腸を付けていた事を聞かれる。あの姿を見られて居たのかと思うと居た堪れなくなる。が平静を装って小便を壺に流し込む為にして居ったと答える。
エウロパでも腸を先端に装着する事は有るが、子作りで子種を出さぬように腸の先を結んで使うと言う。また妊娠していられない娼婦も使うが病気予防の意味も有るそうだ。
なるほどの。人が体液を交換し合えば病気も交換するという事か。性は聖に通ずる。乱れれば俗に落ち病気にもなる。
高貴な方々は不浄を嫌い御簾を通して遠くの者と話をする。くしゃみなどで病気が感染る事を経験を通して、識って居るのじゃろう。宗教の何を以って聖俗とするかも病気になる可能性を如何に減らすか、考えた末の事かもしれん。そんな事を話し合って暫く休眠を取る。
また庭先がざわついて来て眼を覚ます。まだ動物達が落ち着かないのであろうか。障子を開け放つと其処にはうら若い娘達が山羊や鶏を囲んで華やいでいた。




