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遺痕

 井戸場に着くと既に守隆殿、船員に通詞の全員が身体を拭いていた。ワシらも混ざって手拭いを取り出し水気を絞って顔から手足、背中と腹を拭いていく。

 そう言えば船員達には寝込んでから初めての対面であったな。

「心配を掛けて済まんな。昔の矢傷と落馬の痛みが同時にぶり返した様でな。だがもう体調は良くなった。大丈夫じゃ」通詞達が船員達に伝える。

 

 ゴンサロが代表して聞いてくる。「腹の矢傷は手術を受けて直したのでスカ?寝込む前には無かったハズ……」

 そう言えば以前も朝は船員達と一緒に井戸場で身体を拭いて居ったからの。傷の有り無し位は観ておるか。

「寝てる間に腹に痛みが出ての。手術は受けて居らん。傷痕はいつの間にか出来て居った。もう痛みは無いでな。心配無用じゃ」


 だが船員達が遠巻きに「エスティグマ……」とワシの腹や背中を指差して(ささや)いている。

 ワシに向かって(ひざまず)いて十字を切り、祈りを唱える者まで居る。あまり信仰心の篤い者は選んで無いはずじゃが、まぁ金蔓(かねづる)のワシを心配して天に感謝して居るのじゃろう。だが大仰に祈るのでワシは居た堪れなくなった。

 

「ワシの身体を心配してくれた事感謝する。だがもう大丈夫じゃ。今日は皆もやる事多いでササッと済まそうぞ」

 それでも跪く者は立ち上がらぬ。通詞が事情を話す。「信盛殿の腹の傷痕を聖痕(エスティグマ)と観て居る様子」

 

 聖痕じゃと?あぁ、あの(はりつけ)で腹に槍を突き入れられて死んだ後、数十日で復活したとかの預言者の傷痕の事か……またややこしい事になったの。

 

「ワシは死んでも居らんし、海を開いたりパンを増やすかの奇跡も出来ん。じゃから地道に働いておる。ワシを手伝う気が有るなら皆も地道にそれぞれの任を果たしてくれ。傷痕の事は口外禁止ぞ。それともう知っておるかもじゃが、これがワシの弟の信辰じゃ。ワシが不在の間は代理で皆を纏めてもらうでよろしう頼むぞ」

 最後は頼み込む様に言うと、船員達もようやく動き出した。

 

 慌ただしく逃げるようにその場を離れると、守隆殿も付いて来て嘆息しながら言う。「信盛殿は船員達に慕われておりますな」


「ただの怪我の功名よ。何の因果で付いたか解らぬワシの腹の傷痕をキリストの聖痕と見立てて居るだけじゃ」

「聖人として祭られるかも知れませぬな。信盛殿の予言は是非実現させたいものにて、事が成れば常滑に信盛神社を建てますぞ」

 

「守隆殿、ワシは預言者になる積もりも無い。あくまでも武将としての経験から述べたことよ。冗談にしても勘弁じゃ。まだ暫くは影の身にて表沙汰になるは避けたいのじゃ」

「承知しました。影働きですな」

  

「そうじゃ。其方の土管造りも目に見えぬ地下に埋めるで、同じく影働きじゃ」

「正に陰徳を積むですな」

「ウ、ウム」妙な話になった。ワシが頭を丸めて僧形のままであるからか? 縁側に戻ると握り飯と熱い甘酒が用意してあった。


 船員達も戻ってきて握り飯を頬張る。中の具は粕漬けの白身魚を焼いたものである。船員達も旨味が有って柔らかいと粕漬けは好評である。甘酒も気に入ったようで残す者は居らんかった。


「助介よ、甘酒も粕漬けも船員達に受けが良いようじゃ。ワシらも米麹を買おうと思う。店は何処かの?」 

「京の店になりますが、宜しければ甲賀衆と共同購入しませぬか?大口割引きがされます故」

 

 種麹(たねこうじ)屋の大口顧客は酒造所で有ったが、その酒造所が種麹を自身で殖やす様になった。種麹屋はその製造差し止めを求めて訴えたが先の幕府の裁決で敗訴した。大口顧客を失った今、安定して大量に購入してくれる先を求めて居るのだろう。


「そうさな。信辰も共同購入でよいか?」

「良いかと思いますが受取は如何しますか?」

「甲賀の者がこちらに来る際に持って参りまする」

 

 定期的に届くならば問題なかろう。ワシらが頷き合っておると守隆殿も一口乗りたいと言う。堺なら度々来るで受け取れると。大口になる程割り引きも大きくなると助介も言う。


「決まりだな。米麹共同購入組合の結成じゃ」

 ワシらは組合結成の杯を甘酒で交わす。

 

 さて腹拵(ごしら)えも終わったで、出かけるとする。船員達全員と通詞達、ワシら兄弟と守隆殿と助介と護衛数名を連れて。

 

 まずは出島へと向かう。パティオの一辺は木組みが出来上がっている。図面には描かなかったが1階の上部と2階にも窓がある。これで風通しが良くなる。数日で住める程になろう。今は警備の兵や大工らが使って居るようじゃ。外港側に厠も建っておる。

 

 次に揚がった船を観に行くとする。

 堺の町を出て直ぐの浜に帆柱が高く上がっている。コロや船台の上に中型のキャラベル船が載っていて、組まれた足場が周りを囲む。さらに外側を警備兵が囲っておる。知った顔が居らんと入りづらいの。「盛栄が来た」と伝え九鬼嘉隆(くきよしたか)殿を呼んでもらう。

 仮小屋から嘉隆殿が顔を出し迎えに来てくれる。ワシは寝込んで来るのが遅くなった事を詫びる。

 

 早速ワシは気掛かりであった穿孔箇所の船底側に廻る。板が一枚剥がれ落ちて居る。虫食い痕から引きずった際に破れた様に見える。良い塩梅(あんばい)じゃ。誰が観ても船喰虫の食い跡が沈没原因とするであろう。

 

 他にも気になって居った事がある。引きずるに邪魔になる(いかり)を綱から切リ捨てたがそれの回収である。辺りを見回すと2つ並んで居る。


「助介よ、錨も回収して居ったのじゃな。何から何まで上出来じゃ!」

「空気樽を船に詰めて居る際に後々必要になると思い、引き揚げてござる」


 ウムウムと頷きながら小声でワシは言う。  

「船喰虫の痕を良く探し当てたな」

「手触りが凸凹して居るところが偶々(たまたま)有りました故」

 なるほど、凸凹して傷が有ると思ってそこに穴を開けたか。

 

 ワシは皆に聞こえる様に大声で言う。

「しかし船喰虫に破られて居ったとはな」

 船員達も「船喰虫なら納得ダ」と。対策は無いか聞くと「引き揚げて船体を調べル」と言う。これは定期的に引き揚げて点検補修する場が必要そうじゃな。

 

 他の水軍衆の頭も出てくる。全員顔見知りじゃ。あちらもワシの事情を聞いて知っておるで挨拶もソコソコに切り上げ、船の点検補修の場を常設にしては如何かと伝える。嘉隆殿が代表して上様に相談すると言うで後は任せる事にする。

 

 船員の中から船大工経験有りや細かく船の図面を描いた者を3名と通詞1名を顔合わせさせ、暫くこちらに通わせる事を伝える。図面を囲み実物に乗り込んで採寸書き込みし、どの様に組み合わせているかなど当事者同士で語り合っておる。

 

 船の状態や修理と複製は出来そうかなどを確認する。実物も眼の前にあり詳しい者も付くならば、修理はすぐにも可能で分解する必要も無さそうとの事。1/10寸法の模型も問題無く、1/5寸法で細部まで再現し次に実寸で複製を作る流れになろうとの事。

 修理が終わったら海に浮かべてどの様に操船するか観たいと言う。その際には船員達を追加で出すと応える。乗って触れば造れるだろうと結論に至った。

 

 良々(よしよし)、皆やる気一杯のようじゃ。実務は話がついたでワシは粕漬けの焼き魚と徳利に入れた甘酒を一杯勧める。

 

「ワシが寝込んどる間に飲んでおった甘酒とその搾りかすを使った粕漬けじゃ。甲賀衆とワシの所と守隆殿の共同購入で大きく割り引きが利くのじゃ」

「これ程の美味い物が割安で買えるとは旨い話ですな。ワタシらも加われますかの?」

 

「ウム、良いぞ。受取はここ堺になるが、其方ら水軍衆なら海運で堺に来る機会も多かろう。受取に不便はあるまい。それに大量になる程割り引きも大きくなるでの」

 それではと水軍衆も試しに一口乗るという。助介の方を見ると大きく頷いておる。彼ら水軍衆が自領や船で運ぶ先にも紹介して注文を受ければ更に大口安定になろう。

 米麹共同購入組合はここで更に拡大した。

 

 その後は甘い物を口にして口が軽くなったのか、船材にはそれぞれ己が地の木材が良いなどとお国自慢が始まった。ワシは船員から年輪の詰まった北の硬い木が最高木材と聞いてはいたが、やはり数が揃えられる杉が良いのではと言うた。


 静かに皆の話を聞いていた嘉隆殿が「竜骨や要所は硬い木材を使い、大部分は杉にする。何隻か作った後他の木材も試しに使っていこう。どの木材が適しておるか実際に分かるは数年後になろう」と言うと水軍衆の頭達も納得した。

 やはり瀬戸内の海を制した大将の重みが効いて居る。


「所で嘉隆殿よ、鉄甲船はまだ動かせる状態かの?」

「鈍足ですので普段使いはしてませぬ。港の隅に係留したままですな」

「やはりそうなるか。じゃが使う事が有るかも知れん。もう一働き出来るよう手隙(てすき)の時にでも整備しといて貰えんか?」

 

「相手は……毛利ですか?」

「そうさな。毛利の水軍じゃな。使わんで済めば良いのじゃがな」

 

「分かりました。暇をみて手を付けましょう」

「負担にならん程度で頼むでな」

 

さて、船のことは専門家に後を任せられよう。ワシは次の為すべき事に向かう。

種麹訴訟も特許法の不備が原因!

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