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 薄明かりの中目覚める。昨晩語り合った後、守隆殿と信辰は同じ部屋にて布団の中寝息を立てておる。

 ワシは寝台の上で座禅を組み体調を計る。痛みは退き手足各部に問題はない。後は頭の中じゃが、いくらか整理せねばならん。

 

 あの悪夢で見たワシは警備不十分なパティオに居を移した所を討たれた。2年後上様と若様はやはり警護不足の京で討たれた。


 共に油断じゃ。もはや織田家に敵対できる者は居らんという慢心じゃ。表立って全面的に織田家と事を構えたがる勢力は無くとも、その分裏から謀をもってあらゆる方面から仕掛けてくる。

 織田家中の不和や脆き所、急所を探っている事は間違いない。


 だがあの悪夢はワシが密かに危惧する事を一繋(ひとつなぎ)にしてワシ自身が作った可能性がある。天啓か悪神の仕業か、それともただの悪夢なのか……

 いずれにしても穴が有るなら塞がねばならん。だがワシの身だけで無く上様の身にも及ぶとあらば、ワシの力だけでは為しえん。

 

 まだ寝ている信辰をそっと揺り起こして共に部屋を出る。訳が解らぬまま後を付いて来る信辰を連れて庭に降りる。低い朝日の日差しの中開けた場所でワシは金属の箸を少し強めに打ち鳴らす。

 

 暫くして助介が小走りに近寄ってくる。「お呼びに御座るか?」

「ウム、今後の織田家に関わる話じゃが、辺りに人の気配はあるか?」

 

「外は拙者の配下が見張って居りまする。大声でなければ内外の者に聞かれることはござらん」

「では話すか。先日の(うな)されていた悪夢の中で見た事を」

 

「夢の内容を覚えているので?」信辰が聞く。

「うなされて居ったワシの言葉を助介が書き留めて居ったでな。見返すとありありと情景が浮かんでくるのじゃ……ワシらはパティオに移った所を襲撃され、2年後には上様と若様が京で討たれる。これをただの心配性が危惧する悪夢と思うか?」

 

「そうであればと願いますが、兄上はそうは視て居らんのでしょう?」

「この腹の矢傷の痛みと書き留めが無ければ悪夢と思って忘れ去って居ったじゃろう」

「天啓にござる」

 

「それか邪神のまやかしかもな」

「神の導きか邪神の奸計かどちらもあり得ると?」

 

「ウム、だがどちらにしても今の状態は穴がある。穴は塞がねがならん」 

「我らと上様を狙う者が居ると?」信辰が聞き返す。

 

「ワシらを見張っておる者は助介も感じておる」

「確証は有りませぬが、さり気なく探る眼を感じまする」

 

「夢の中ではパティオが一棟できた段階で移ったで、防備が足りて居らんかった。完全に出来上がって周りを囲んでおれば大丈夫と思うておる」

「何故に未完成で移ったので?」

 

「多分大所帯が蔵屋敷に居候するを心苦しく思ったのかもな」

「なるほど、不備の砦の我らを始末するに忍び数十人で片付きましょう。が上様を討つなど忍びだけでは無理では?」

 

「忍び相手なら警護の馬廻り衆や忍びの者が助勢を呼びに向かい防げまする」

「ワシは京で上様と僅かの供回りが闇夜に軍勢に囲まれて居ったのを視た。持ち堪える事も出来ずじゃ。助介よ、一夜にして気付かれる事無く京に万の兵を進める事ができる勢力は何処があろうか?」

 

「京の南東に隣接しまだ織田家に恭順しておらぬ伊賀衆、南に位置し従属する筒井家……そして近年丹波国を攻略し北西に位置する明智殿の軍勢にござる」

「それ以外は如何じゃ?」

 

「上様の本貫地である近江を通らねばならぬ柴田殿や武田家は論外、織田家の領有化が進む摂津・河内を通らねば到達できぬ羽柴殿も毛利家・長宗我部家も無理でござる」

「ワシも同意見じゃ。外部の軍勢が京に人知れず押し寄せるには隣接する3者の合意の下、山間を抜けて来ねばならん。それでも軍勢が何日も動けば必ず人の目に止まる。現実的では無い。闇夜の内に京を囲めるのは3者だけじゃ」

 

「しかし明智殿は妹を上様の側室に差し出し信頼も厚いですぞ」

「上様の佐久間家への仕打ちは前もって知ることが出来なかったろう?それぞれの真意を図るなど無理じゃ。隣接する立地とそれを為す能力だけを見て防ぐ手立てを考えたい」

 

「具体的に方策はお有りで?」

「まずは最も織田家に敵対的な伊賀衆を調略して危険を減らしたいものよの。織田家に心寄せる伊賀衆に心当たりは無いか?」

 

「甲賀と伊賀は山一つ隔てただけの少し遠い隣村でござる。情報を同じく扱い競合もしますが協力する部分も有りまする。近年の伊賀衆の行動で織田家との関係は冷え切っておりますが、将来を憂いている者達は居りまする」

 

近年の織田家と伊賀衆の因縁。今から10年ほど前に上様の次男・信雄様が伊勢の北畠家に養子入りした。家督を相続後に反抗的な北畠一族を謀殺、伊賀に近き丸山城を増築した。

 伊勢に隣接する伊賀衆は脅威と感じ、完成前の丸山城を焼き討ちにした。1579年9月、信雄様は上様からの増援要請を無視して単独で伊賀国に兵8000程で攻め入った。が伊賀衆による夜襲や山間の地形を利用した奇襲で3日程で敗走した。

 無断で侵攻し敗退したことで信雄様は上様から親子の縁を切るとまで言い渡されておる。

 

「先の信雄様の敗退時はまだ石山包囲中で手数も足らず放置されていたが、今なら四方から兵を寄せて押し潰せよう。さすれば伊賀の未来は暗く遺恨が永く残ろう」

「確かに上様の側近で伊賀国攻略の手筈を進める動きが有りまする」

 

「織田家の穴と盲点は埋めておきたい。ワシに腹案がある。助介から上様と伊賀衆の話の分かる者に話を通して貰えんか?」

 ワシは落とし所になりそうな腹案を告げる。

 

「それでしたら双方血を見ずに行けるやも知れませぬ。上様に申し上げてみまする」

「それと3者に共通する話じゃが軍を起こすとなると、通報する者を捕らえ切り捨てる為、先に国境の街道や山道に兵を伏せるであろう。それを潜り抜ける手立てはあるか?」

 

「3国に分散しては人手が足りずほぼ失敗するかと」

「1国に絞れたとしたら?」

 

「走って報せようとする者が先々の伏兵に気づくのは至難にて、犠牲は必至。突破できるかは双方の数次第かと」

「確実では無いと言うことか」

 

「はい、ただ時間を頂けるなら精鋭の命を使わずに出来る手立てが用意出来まする」

「どの様な手段じゃ?」

 

「鳩でござる」

「鳩……」

 

「鳩は臆病で安全と判った所を気に入り巣にしまする。一度巣を作るとどんなに遠くに追い払っても、また戻って来る習性がござる」

「その習性を利用し足に文を結びつけるか。だが1国の距離を飛べようか?」

 

「関東から京までも飛べるそうにござる」

「そんなに遠くの巣をどうやって鳩は覚えていられるのか?」気になった信辰が聞く。

 

「巣の有る場所の臭いやら陽の差す方向を覚えているのではと言われておりますが、確かな事は解りませぬ」

「理屈は分からずとも速く空を飛び遠くの巣に戻れる事は分かるか。だが此度の任には難がある。軍を集め始めるのが夕刻でそれに気付けるのが夜になる。鳥目というが夜は飛べぬのでは?」

 

「鳥目は鶏目。(にわとり)のみ夜目が効きませぬ。鳩は夜も眼が見えまする。好んで夜に飛ぼうとはせぬだけでござる」

「フム、派遣先で放されて餌も貰えず他に安全な場所が無くば、遠くとも安全な本巣に夜でも飛んでいくと言う事か」

 

「左様にござる」

「だが川中島に上杉勢が現れた時に備えて、武田家は狼煙を焚いて危急を甲府まで報せたと聞く。武田家も忍びを抱えていよう。何故より便利な鳩を使わぬのか?」

 

「鳩は肉食の鷹やカラスにさえも襲われまする。確実では有りませぬし、片方通行にござる。事前に何か起こる場所に持ち込み仮の鳩舎で飼いつつ、そこを安全な巣と思わせぬようにせねばなりませぬ。手間がかかる上に不確実となれば失伝しておるやも」

「なるほどの。今甲賀で飼うておるのは何羽ほどか?」

 

「本格的に使っておりませぬ故、10羽程かと」

「10羽では心許(こころもと)無い。夜に飛ばぬ、飛んでも(ふくろう)に襲われ、別の場所に飛ぶものも出よう。100羽以上に増やせぬか?」

 

「増やすのは簡単にござる。年に数回卵を産みます故」

「使い途は多そうじゃ。此度の任以外にもな」

 

「費用もさほど掛からぬ故、里に伝えておきまする」

「頼む。しかし良くそのような術が残っていたな」


「古来日の本に流れ着いた者たちから口伝や書物で僅かながらに伝わる(すべ)は無数に有りまする。が異端視され危険と看做されぬよう陽の目を見ぬものも多うござる」


「それらも特許で権利を認められれば広まるであろうな」

「仰せの通りにて」

 

 そろそろ他の者も起き出してきたようじゃ。ワシらも井戸場へ向かう。信辰が特許の事を聞いてくる。そう言えば話して居らんだな。特許とついでにワシが上様より得た蚊遣り火小型化の公案の権利話も伝えておく。

 

 さて今日は色々寄る所が多い。水で身体を清めるとするか。


(※第二次天正伊賀の乱1581.4まで残す所半年)

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