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腹作りと胸のつかえ

手を離されてワシはその場にへたりこむ。


林殿は居間の奥にダダッと駆け込み、腰帯に刀を差してワシの前にダンと立ちふさがる。

まるでワシを守るかのように、いつでも居合いの一閃を繰り出せる構えを見せて。


ワシを締め落とそうとしたり、守ったり忙しい爺だ


「今更この老いぼれ首が必要と申すか?」

男はハッと片膝つく。

「否でござる、上様の命はお二人の動向を追い真意を探れでござる」


「真意を探るだけなら、今までのやり取りで十分であろう? 何故姿をあらわした?」

「真意を確かめた上で織田家の為になるようなら、お2人の配下として動けと」


「先ほど命を頂くとか申してなかったか?」

「それはお2人に極秘任務に就いて頂く為、世間的には死んだとする意味でござる」


「極秘任務とな?」

「それについて詳しく話ますので、お近くに寄ってもよろしいでござるか?」


「ワシは構わんが」 やっと声がでた。

林殿が居合の構えを解かないので、近寄れないらしい。


「林殿!本当に命を取る気ならいきなり襲って来てますぞ」

「それもそうよな」そう言うと林殿はノロノロ奥へ引っ込んで刀を置いて戻ってきた。


ワシの方はへたり込んでからは、そのまま横になっている。動かざることローマ人の如しだ。

「お主は緊張感が無いな」

「先ほど誰かさんに首を絞められて昇天しそうになったからな、涅槃仏ねはんぼとけというやつよ」

林殿にひとまず嫌味を言っておく。


林「昇天? そうじゃ、こやつ『お命頂きたく』などと、老い先短い爺の寿命を縮める事をホザキおって!」


矛先をすり替えた!

さすが元上様の側仕え、上手いものである。

しかもか弱い爺の位置取りで説教かましおる。

そのままゴロンと横になり、2人でハの字を作り男を迎える。視線の十字砲火である。


的になった男は「その節はどうも失礼したでござる」と言いつつ嬉しげに近寄って片膝立ちでしゃがむ。

「楽にしたら良かろう。それとも上様の使者の前であるから、ワシも正座して聞いたほうが良いかの?」

全く起立する素振りも見せずに一応聞いてみる。


「いえ、その必要は無いでござる。

先ほどの胸襟を開かせる手管は、情報を扱う者が手本とすべきもの。感服した次第にござる」


盛「そうか? フン、まぁ話は長くて急ぎでもなかろう?少し楽にせよ」

「拙者も配下を抱える身にて、崩しすぎる訳にも」といいつつ胡座をかく。少しこちらに合わせたという所か。


「その方、名はなんという?」

「拙者のことは助介とお呼びくだされ」


「助介よ、忍びの頭のようだが武器は持たんのか?」

「ハッ、こちらにござる」


それはあまりにも細長い金属の棒であった。

助介は2本を右手に持ち、カチカチと器用に打ち付けて言った。


「こちら頂いてよろしゅうござるか?」

余っていた漬物に箸を向ける。

「好きなだけ食べるが良い(ワシの物でないがの)して、それは金属製の箸よな」


「普段は箸として持ち歩いてござる。他人に見られても怪しまれぬのが良いのですよ。

非常時は棒手裏剣として投げつけまする」


若くして小頭を務めて優秀なのかもだが、どうにも頼って良いものやら判断つかぬ……



パリパリ……咀嚼音を聞いてワシも空腹を感じる。

「助介よ、今出張って来てる配下は10人ほどか?」

「良くお分かりで、今日は増員も含め総員12人ですが、普段は8人でござる」


「ワシと林殿も含めて14人か、ずっと話続けて腹が減ったな。

その方の手下に夜食を全員分買うて来て貰えんかの? 釣りは不要じゃ」


30食分ほどの銭を渡す。

助介の瞳孔が一瞬開いたように見えたが、すかさず棒手裏剣を両手に持ち「カン!」と甲高い音を鳴らす。

戸口がすっと開いて別の男が現れ、助介から指示と金を受け取ってサッと外へ出て行った。


視線を移すと林殿は赤ら顔で目を閉じている。

さっきの騒動で疲れと酒が身体に回ったのであろう。

(全く年甲斐もなく無茶するからじゃ、飯が届いたら起こしてやろうかの)


そういえばさきほど飯代を多めに渡したら助介め、少し驚いていたが、もしや折檻状の『蓄財ばかりしおって』を信じておるのか?


・・・


程なく男が大きな鍋を持って戻って来る。魚や野菜が盛りだくさんのおでんである。

あと魚やイカの干物などもある。大人数で食べるにはちょうど良さそうだ。


「助介よ、配下全員に行き渡るようしておろうな?」

「ハッ、役目柄、全員同時に同じものを食す事はできませんが、満遍なく届けるようにしてござる」


「ならばよい、食い物の恨みは恐ろしいでな。一人でも不満を持つとそこから情報が漏れて、総崩れなどと味わいたくないからの」

「まさしく、ごもっともにて。情報という形の無いものを扱う以上、成果はその隊全てのモノ。

役務上で必要な食事は同じにしておりまする」


「うむ、助介は若いがよく差配しておるようだの。して林殿も起こしてくれんかの」


林殿の寝起きの機嫌は分からんので、助介にやらせる。君子危うきに近寄らずだ。

助介が「林殿、林殿!」と軽く足元を揺する。


「ウーン、ウムウム、なに、寝ておった訳ではないぞ、某は目を閉じて思案をしておったでな」

また嘘か真か分からぬことをサラリと言う。喰えない爺である。


「さぁ、林殿、まずは腹をしっかと作って上様の命を聞きましょうぞ」


ワシと林殿で台の上の鍋を囲む。

助介は「恐れ多いことでござる」と一緒の食事を辞退しようとする。

「これから同じ情報を取り扱っていく仲間であろう?」と言うと、助介は深く頷く。林殿もウムと異存は無い。


「ではまず拙者が毒味を」と例の箸で大根と竹輪を一口ずつ囓る。それから3人それぞれ好きずきに箸を伸ばす。


「出汁がよく効いておるな」

「馴染みの屋台でしてな、この時間帯は味がしっかと染み渡ってござる」

「この竹輪は原料はナマズかのう?」

など他愛のない事を話しつつ、やがて腹づつみを打つ程に食った。


さてと落ち着くと、「腹が膨れた所で『腹を召されよ』など某は死んでも嫌じゃぞ、みっともないからの」と林殿が切り出した。

「最初の『お命頂く』は冗談でござる。

コッソリ聞かせて頂いたお2人の話があまりに途方もなく、胸高まる物がありまして。拙者も劇的に登場せねばと思った次第にござる。平にご容赦下され」

と折り目正しく手をついて頭を下げている。


「したが、驚きのあまり心臓が止まったら如何するつもりだったのじゃ?(特に林殿が!)」

「お2人の様子は遠くから常に観察しており、お話の興じようからまだまだ一働き頂けるとの判断でござる」


「万が一ということもあろう?」

「その際は涙ながらに報告し、上様から『済まなんだ』の言葉と共に、お二方の赦免と名誉回復がなされる手筈でござった」


「『遠くから常に観察』と申しておっな。

佐久間殿は高野山に上ったことを公にしておったから、居場所は掴みやすかろうがな。

追放を言い渡された後、某は周りに知らせず直ぐにここに隠れ住んだのじゃ。

某の様子を観察しておったとは追放前から予めに忍びを待機させておったという事!

追放は上様が意図的にということか?」

コクリと頷く助介。

「なんと!」と瞑目する林殿。


「ワシ宛の書状は公家衆の前で面子を潰されて、ついカッとなって口述筆記されたものが、そのまま届いたという所か?」

またも頷く助介。


目を瞑ると、上様が怒りのままに不満をぶちまけて、若い右筆が真面目に全て書き取る様子がありありと思い描ける。


しかし、と疑問に思うこともある。

上様は己の面子を大事にするが、配下の面子も同時に気に掛ける。

叱責するにも、聞く必要がある者だけ個室に呼んで罵倒するのだ。

いわゆる説教部屋で、恐怖そのものである。


説教の後は同僚同士で慰めあったり、他山の石として自己を磨く為に参考にしたものだ。

まだ織田家の皆が一つの軍団で切磋琢磨していた時はそうだったし、それが上手く機能していたのだ。


それが今や重臣はそれぞれ方面軍に分かれ書状でのやり取りが増えて、上様に対面し直々に言葉を交わすことが減った。


書状では相手の様子や話の要点がどこかなど分かりづらくなる。気持ちの齟齬が大きくなりやすいのだ。

これが組織が大きくなることの代償か


目を開けると、林殿がワシを見て来る。

「ワシ宛の折檻状が作成されておるときに林殿がもし上様のお側におったら直ぐに書状を出したか?」


林殿は寂しそうに首を横に振った。

「某ならしばらく間を置いてから、『書状は書き上がって直ぐに送る手配は済ませました。

受け取った佐久間殿は喧嘩を売られたと思うやもしれませんが、本当に送りますか?』と確認したろうよ。

叱責を受ける覚悟でな」


「林殿が若様の右筆に移られた後に、同じような事をできる者はどれほどおったのかの?」

「尾張から付き従った者も減ってたからな。新しくついた者は皆若く優秀だが、上様の叱責を恐れるばかりでな。

側仕えも交替制での、間が悪いと停める者もなくそのまま出される事もあろうよ。

たとえ織田家に亀裂をもたらす危険性に気づいたとしてもな」


胸やけしそうな話だが、ストンと胸のつかえが一つ取れた気がした。

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