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水野守隆

 鬱蒼(うっそう)とした雲の拡がる夕刻に水野守隆殿は参られた。


 信辰に案内されて入室する。そのまま信辰も同席する。昔も今後も信辰にはワシの成し様を視て、代役も務めてもらう積もりじゃ。

 守隆殿は少し浮かぬ顔をしつつ寝台側へにじり寄り、久方ぶりの挨拶をする。

 

「信盛様、災難続きで昨日は汗を出してうなされて居りましたが、もうご加減も宜しい様ですな」

「守隆殿、ワシはもはやそなたの上役では無いのじゃ。様付けは勘弁してくれ」

 

「では信盛殿と呼ばせて頂きまする。病気はもう宜しいので?」

「ウム、昔の怪我がぶり返したようでな。今朝意識が戻ったが明日には動ける様になりそうじゃ」

 

「左様でしたか。お身体お大事にして下されませ。今回の帆船の検分と造船の件、我ら常滑衆を信盛殿が推挙下さったと上様から聞いて居ります。心配り頂き有難く存じます」

 

「なに、ワシのほんの罪滅しよ」

「罪滅ぼしなどと、信盛殿に何の罪が有りましょうや。我が義父・水野信元殺害に関しては上様の許可を得て家康殿が主導した事でしょうに」

 

「そこは同意する。じゃがワシが兵糧の搬入を上様に讒言して、信元殿を窮地に陥れたと思う者も多いぞ?」

「搬入の事実が有ったなら信盛殿が上様に報告するは配下として当然の事。義父の配下の一部が成したことならば、上様から義父に以後無き様にと注意で済む話です。それを殺害にまで至ったのは上様と家康殿の間で合意が有ったと見るが自然にて」

 

「信元殿の死でワシがその遺領を引き継いだ事から、ワシが黒幕と考える者も居よう?」

「当時は声高にその様に口にする者も多うござりました。が既に信盛殿の本拠地は近江に移っておられた。石山本願寺の包囲や各地への増援で忙しい信盛殿に、知多半島に知行が増えた所で構っている余裕など無かった事、配下であった私も存じてます。その後の突然の折檻状からの出奔、次いで家康殿の配下で有った水野忠重の水野領の受領の流れを見れば誰が黒幕か、分別のつく者には明らかで御座いましょう」

 

「守隆殿からその様に聞けてワシの憂いも少し晴れた心地よの」

「信盛殿を疑う者は流れの読めぬ短慮者のみですよ」

 

「ワシの憂いが減じても、守隆殿の憂いを晴らすは難しそうじゃの」

「大きな流れに抗うのは無駄にござれば……」


  

 かつて武田家が強大であった時徳川家はその矢面に立ち、上様と家康は配下共々一丸となって立ち向かわねば成らなかった。

 それが長篠の戦いで武田の脅威を大きく討ち減らした結果、織田家と徳川家の間に位置する東尾張衆と知多半島を領する水野家の価値が減った。そこに大物は不要、いや邪魔となった。その排除に両家の合意が合った。


 その流れに水野信元殿の暗殺、佐久間家への不当な扱い、林家の追放が有り、その先には水野守隆殿の排除もある、と守隆殿も読んで居る。

 だからこそやる気を無くし京都で茶会三昧で韜晦(とうかい)しておる。

 

「信元殿に佐久間家と林家の流れの次は自身に降り掛かると視ておるか?」

「流れには逆らえませぬ……」

 

「時流を視るに情報は欠かせん。其方の茶会三昧も無駄では無かろう。じゃが流れを少し変える為に汗もかいては如何かの?」

「それが此度の船の件であると?」

 

「一環じゃな。がまずは流れの大元を変える事じゃ。同盟者の間に挟まれて苦悩して居る其方の立ち位置、そっくりそのまま家康に渡してやれば如何かの?」

「??それはどの様に!?」

 

「織田家と徳川家だけで考えておれば抜け道は無い。が現在北条家は織田家への従属の用意がある。更に宿敵の武田勝頼からも和睦の打診が届いておる。まぁ実質従属じゃな。どれも成るかは条件次第じゃ。だが畿内を押さえ内に敵も無くなった織田家に、対抗できる単独勢力など日の本に無いからの。毛利家が西国大名を纏めれば抗せるかもじゃが、今までの遺恨も積み重なって纏まるまい」

「そうなれば徳川家は周りを同盟国に囲まれますな!」

 

「そうじゃ。さすれば家康の粗探しは其方だけで無く分散する」

「一筋の光明が差した想いにござる……」

 

「じゃが気を抜いてはならん。家康は敵に対すると同様に、同盟者の足元にも穴を掘りおる。其方の領地常滑(とこなめ)は知多半島の西に位置し河口を押さえておる。造船と海運で其方は織田家に貢献できようが、まだ足元に不安が残る」

「確かに……」

 

「其方の地で作る常滑焼きがあろう?」

「素焼きで余り価値が高いとも思われませんが……」

 

「逸品ではなく高価で無いのが良いのじゃ。大物焼きは良くして居ろう?」

「得意でござる」

 

「此度の内乱では不作が起きた後に何の手当もされず畑を棄てた民が京に流れ込み、秩序不安と疫病で更に混迷が増したであろう?」

「公家衆からもその様に聞き及びまする」


「衛生の悪化は何が因でその結果はどうじゃ?」

「流民が路上で糞尿を垂れ流すが因で、疫病の蔓延が結果にござる」


「そうじゃ。京に流れこんだ民へ秩序維持の為に幕府や朝廷より無償で食が提供されたであろう?」

「ハッ、同時に私兵として使われた者も多かったとも」


「ウム、一度只飯を貰うと流民は畑に帰らん。追い払っても路銀を渡しても戻ってくる。命を安売りして私兵に成り下がる。因を絶たねばならん」

「因ですか……不作を和らげるでしょうか?」


「それも一つじゃ。外国からの新しき食物の種を植える手じゃな。今買い付けに行っておる。だがそもそも不作が起きて京に雪崩込んだ民に米を与えるなら、流民になる前に先に米を運び込めばどうじゃ?」

「流民とならずに次の収穫まで食い繋ぎ、畑を守る……」


「そうじゃ。大量に運び込むには船が一番じゃ。其処に守隆殿たち海運衆が貢献するのじゃ」

「確かに大きな貢献となりますな」


「そして人の集まる町は金も物も廻って景気がよいが、疫病も流行り易い。糞尿の処理が不味き場所は特にな。そこで守隆殿よ、常滑で土管を作ってみんか?土管を繋げて地下に埋めて糞尿を海まで流すのじゃ」

「町から海までですか!?」


「途方も無いほど土管が必要じゃろ?」

「途轍もなく大きすぎて考えたことも有りませぬ……」


「エウロパの元になったローマ帝国では1500年前には街に飲水用の上水道と糞尿用の下水道が完備されておってな。未だに使っておる所も在るそうじゃぞ」

「とんでもなく遥か昔の遠い異国の話にて糸口が掴めませぬ……」

 

「それが近くにも実例が有るのじゃ。高野山の厠は水で川に流しておる。その高野山で聞いてまだ見ておらんが飛鳥寺の西門の外に直径7寸(21cm)長さ2尺(60cm)程の土管が有るそうじゃ」

「エウロパからすると奈良の飛鳥寺とは、グンと身近になりましたな」

 

「そうじゃろ、どうも代々の朝廷は下水管を敷設しようとした様で各地にその跡はあるのじゃ。が内乱やら銭の問題、土管の数が揃わずで中途半端になって居った様じゃの」

「内乱や銭は上様次第でしょうが、数なら揃えられまする。登り窯を改良し焼き室を大きくし試しておる所にて」

 

「ハハッ、茶の湯三昧だけでは無かったと言う所か」

「はい、何やら天命を受けたような心地にござる!」

 

「ウム、織田家の公共土木に深く食い込み、上様に常滑は守隆殿以外の余人に替えがたしと思わせるが良いぞ。それが其方を守ろう」

「深遠なるご配慮感謝致しまする。このご恩は必ず報いますぞ」

 

「いずれは頼るかも知れん。その時は頼むでな」

「ハッ、お頼り下され」

 

 その後は信辰も交えて3人で甘酒を酌み交わしつつ、土管の深さや規格の特許出願の事、飛鳥寺まで見にいく手順、上様がワシらに会いに来た経緯や今後の展望などを語り合った。ついでに家康の腹黒さや昔話に花を咲かせた。

 このような場面では家康も役に立つというものよ。

 

 外を見遣ると鬱蒼としていた雲は霧散し月が煌々と輝いていた。

水野守隆は知多半島常滑城主で一時信盛の配下だった。水野本家の信元の娘婿。本能寺の変では婚姻関係にある細川親子にさえ見限られた、明智光秀に従った織田家中で珍しい行動を取った人物である。その心中は如何ほどだったか? 1598年に秀吉の追及で自害した茶人。

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