悪夢
「あと、こちらは船員達の料理上手が作りました。ビスケットです。1ヶ月ほどは保存が利くそうな」
ワシは上様と有閑殿に1袋づつ中身を開いて渡す。
「話し込んで喉も乾いたな。茶をくれ」
側使えが人数分の茶を用意する。
「では毒味はワシが致しましょうぞ」
「拙者も手伝いまする」
ワシと助介で1袋から1枚づつ取り出し口にする。
続いてその場の皆にも振る舞われる。
上様は甘いもの大好きじゃが、皆に配るのも好きである。
「ウム、以前ポルトガル人に貰った物より味にコクがあるの」
「先ほど作ったばかりにて。材料に卵や乳も加えて居る様です」
「美味いの。庶民も食べられる様にしたいぞな」
「それが、砂糖だけでなく小麦粉も高いので」
「小麦を挽く手間が掛かるということじゃな」
「左様にて。水車で石臼を回して小麦を粉にすれば良いかと」
「水車、川か。川並衆が五月蝿くない所がよいな。有閑よ、淀川で良い場所は無いか?」
「そうですな、堺だけでなく京にも提供することを考えれば上流の京に近き所が良いかと。船が通過せぬ所に纏めて設置が、眼が行き届くかと存じます」
「場所は任せる。職人はこちらで手配しよう。いずれ全国で同様に作ろうから、手順は纏めて置いてくれ」
「畏まりました」
やはり権力者の胃袋を掴むと話が早いな。
「干しブドウや胡桃を入れるとまた味が変わるとも申しておりましたな」
「ブドウか、産地は甲斐国かの」
「ですな。やはり一つの商圏に組み込まねば、欲しい物も手に入りづらい状況です」
「フフン、天下統一を急ぐ理由がまた一つ増えたの」
「ハッ!仙洞御所の目処も立ちましたので、早められましょう」
「後は船と砲待ちかの」
「船は半分ワシの手を離れましたが、砲は鋳物衆と相談ですな。して北条殿は正月に安土を訪れますか?」
「氏政が来る様じゃの。突っ込んだ話が出来そうじゃ」
「それ迄には強気に交渉出来る様に、諸々形にして置かねば成りませんな」
「ウム、その方らの働きに期待しておる。足りぬ物は伝えて来い。こちらで手配する故」
「ハハッ!」
「特に信盛、お主は自分で解決しようと頑張り過ぎる。
金と人手がかかる案件も多い。不足あらば余か有閑に伝える様にの」
「有り難きご配慮、心します」
「ウム、では報告は豆にせよ!」
「ハハッ!」
その後はそれぞれが手順や疑問点を確認し合い、夜更けに解散した。
それから数日して船も引き揚がり、助介の手下達も戻り嫁候補達もやって来て所帯が増えた。パティオの1棟も出来上がり、蔵屋敷も手狭となったので皆で引っ越す。
暗闇に目を覚ます。助介が危急を告げる。パティオが炎上している!
部屋を出る。襲い来る矢と吹き矢。脇差しで何本か払いのける。矢羽が風を切る音に振り向く。
鏃が緩く回転しながらワシに向けて迫る。咄嗟に払い除けたつもりがすり抜けた。
ワシの眼下で矢羽の回転が徐々に遅くなりそして止まる。左脇腹が熱い。貫かれた。これは助からぬ。
「助介よ、上様の元に戻れ!」
足音と共に痛みも消えていく。意識が薄れる……
屋根の高さから下を見下ろす。年老いた僧形の男の周りに皆崩れ伏している。次通殿も討たれた。建物が焼け落ち押し被さる。
何者の手によるものか?
気持ちとは裏腹に視点は跳ぶ。
引き揚げられた帆船も焼き討ちされて炭に!
マニラから買ってきた帆船も同様に!!
視点は跳ぶ。
譲位の話は進まず、織田家の成長の芽を潰された上様は疑心を強くした。和議を交渉中の大名に武力で押し切る方向へ舵を切る。
長年の宿敵武田家を滅亡に追い込み、京へ凱旋。
1582年、朝廷より好きな官職を選ぶよう三職推任された矢先。天下に手がかかった所で。
深夜に炎の中、大軍に囲まれて上様と次いで若様が討たれた。将来の織田家を支えるはずの多数の近習も無名のままに消えた。
織田家の成長の起点が全て潰された。
視点は跳ぶ。
織田家の軍団長らが後継者争いを繰り広げ、一旦鎮まる。が20年も経つと天下は家康の手に転げ落ちる。
キリスト教を禁教にし鎖国体制をとる。遠国の外様を疲弊させるが為に、江戸まで徒歩で家臣団ともども参勤交代を強いる。
太平は250年ほど続くが、その間に諸外国との技術格差が拡がり圧力を受けて開国。しかし恨みを残した外様大名が外国からの武器を手に江戸幕府を打倒。
天子様を頂点にした日本は戦前の予測を裏切り清・ロシアを戦争で下し、大陸に領土を獲得するが諸外国に警戒される。
挙句に倒した清・ロシアの後釜の革命家共に多数の間者を中枢に送り込まれた日本とアメリカは、世論を煽られついに激突。惨敗した日本は配下に組み込まれ……
1980年、砂糖に不自由する事なくカステラでも何でも庶民が買えるようになる。
400年も経ってからか。
不自由の中の自由……
歴史の修正力が掛かった未来。
信盛が今作で成した事は灰となり、それ以降は現代へ続く歴史そのものとなる。




