パエリアと九鬼嘉隆
料理班と分かれて、残り5人の方に付いていく。道具やら素材を買うらしい。革素材や穴を開けたり縫ったり貼り付ける道具を買っていく。
そう言えばあとで靴を洗わせねば。
次いで釘やらを材木。買い込んでいる。彼らの作りたい物を書いて貰った一覧を見たが、よく分からんかった。実際に形にして貰った方が分かりやすいだろう。
他に職人が多く集まる所などを見物し、料理班と出会したので合流する。
時間も昼ごろじゃし、料理を作る事・作りたい物を作る事・各自の靴を洗って干すように伝え、屋敷に戻らせる。
ワシは護衛を1人連れて港の引き揚げ現場へと向かう。
屋台や見物客に遠巻きに囲まれて、空樽の積み込みは続けられている。
近くによると助介が気付いてワシに近寄ってくる。
「状況はどうか?」
「大樽は詰め終わり、隙間に小樽を詰めている段階にて。
堤防の先端2箇所から試しに引いて充分動かせるようなら引きずり出す予定にござる」
外側に出張っている堤防の先を見る。堤防の外の岸から桟橋が距離を開けて、堤防の先端に向けて何本か設けられている。
一箇所から引くと岸に当たるので、常に2箇所から引いて最終的に砂浜まで引き揚げる。引き揚げは大勢の人足や音頭を取る馬廻り衆で、お祭りの様になろう。見物客からも引手に加わり、場の一体感が出る。
多分上様がそんな状況を見逃すはずも無い。遠見の見物から引き揚げの難所に来たら、自ら音頭を取るかも知れん。
「上様は近くで見ておろう?警護の手は足りてるか?」
「ハッ!専属の忍びが周囲の見物客に紛れて居ります故」
「綱引きが難所にくれば上様が音頭を取る可能性がある。誰もそれを止められぬであろう。その時は助介達も警戒に付いてくれ」
「承知にござる」
当然の様に助介は答える。側使えをしていた故、上様の行動はよく理解して居る。
上様は祭り事が好きだ。相撲の興業や、城の普請に使う巨石を曳く作業なども自ら音頭を取って祭りのようにし、参加した者には褒美や労賃を払う。
「鉄砲で遠くから狙撃や近場からも何が飛び出すか分か
らんでな、難儀じゃがよろしく頼む」
「ハッ!」
ではの、とワシは現場を離れる。影の身が人目の多い場所に永く居るのは不味いでな。屋敷へと戻る。
屋敷の中に入ると船員達が靴を洗ったり、作業台など作って居た。先ほど注文したかなりの材料が荷車で届けられたのだ。
料理班は大鍋で米と魚介類を炊き込んでいる。風変わりな香りがするが食欲をそそる。
名を聞くとパエリアと言い、色を付けるために紅花を使って居る。料理本に作り方と分量が記載されていて、米を使う料理の中から選んだらしい。
出来上がるまでの間、次に上様に会った時に確認することを思い返す。
会計、カルバリン砲、マラリアの事など……
と考えていると、門番がワシの所にやって来る。
九鬼嘉隆殿が訪ねて来たらしい。こちらに案内して貰うように伝える。
嘉隆殿はワシの姿に一瞬戸惑いを感じた様だが、無かった様に話し掛けてくる。
「お久しぶりです、信盛殿。お元気そうで何よりです」
「嘉隆殿も働き盛りで、これからも期待出来そうじゃな」
「木津川口の海戦の際は貴重な意見のお陰で、大勝させて頂きました。改めて感謝申し上げる」
第一次木津川口の海戦で織田の水軍が大敗した際に、ワシがその状況を検分し報告を上様に上げている。嘉隆殿は上様から次は勝てる船を作るように命令されていた。
鉄張りにすれば燃えない事は解っていたが、巨額の費用が掛かる事に悩み、ワシの所に何度か足を運んでいる。
そこで石山本願寺が織田家の喉に刺さる骨であること、
海戦の推移などを詳細に説明したのだ。
その上で費用の掛かる鉄張り大船の建造を嘉隆殿は上様に献策し、了解を得て鉄甲船に大砲を揃えて第二次木津川口の海戦で毛利水軍を打ち破っている。
以後小禄ながら織田水軍の大将である。
「なんの、嘉隆殿が正しく判断をした結果よ。ワシは精々助言止まりじゃ」
「感謝はいずれ形にして返礼するつもりです」
「そうか、では何か有ったら頼むでな。所で上様から何処まで話を聞いておる?」
「スペイン船の修理と複製、量産ですな。塩飽衆や水野家、津島衆や熱田衆とも協力するようにとも」
「ウム、各衆がおって取りまとめ大変だろうが、今後の
織田水軍の中核となろうしな。よろしく頼む」
「ハッ、で水野家を加える様に口添えされたのは信盛殿と聞いておりますが、やはり気にされてますか?」
「しておらんと言わば嘘になろうが、まぁ織田家が西に
重点を移して居る中で、東の尾張や知多半島に残った者があまり良い目を見て居らんじゃろ。それを補う意味も含めてな」
「相変わらず広く気配りされておりますな」
「なに、性分じゃ。恨みを残す様な事が有っては後々面倒になるだけじゃでな。所で忙しい身で今日来たは、それだけではあるまい?」
「船大工なども呼び寄せましたが、忙しくなるのはもう少し先。それまで防波堤の有る方にエウロパ人の宿舎を作ってくれと有閑殿から頼まれましてな」
「なんと、有り難い。だが船大工で家も造れるのか?」
「船の仕事が無い時は普通に大工もしております故。宿舎にはどの様な形を望みますか?」
形か、考えてなかったな。これは住む者達の希望を聞かねばならぬ。
もう飯も炊き上がったようで、飯の合間に聞くことにする。
「丁度良い、飯も炊き上がったで、一緒にどうじゃ?スペインの米料理ぞ、パエリアと言うらしい」
「それは面白そうですな、是非!」
フフ、茶道に足を踏み入れた者の性よの。珍しい物には飛びつくわい。
嘉隆殿を誘って、組み上がった作業台の周りでもう昼飯を始めて居る者達に、宿舎を作ってくれる嘉隆殿を紹介する。
宿舎の形を皆で決めるので、シエスタまでに考えてくれとも伝える。
徳川幕府下で家督争いが起きた際に、九鬼家は内陸の地に移封されてと活躍の余地が有りません。ここでは活躍してもらう予定です。




