カルバリン砲
朝起きてそっと船員たちの部屋の襖を開ける。畳のある部屋で毛布を被って雑魚寝している。
(※当時は畳が寝具・ベッドマットの代わり)
まぁしっかり寝れておるようじゃの。いきなり言葉の違う国で裸にされて、町中を連れ回されて疲れておるだろう。今暫く寝かせておこう。
庭に出て顔を洗い手拭いで身体を拭く。今日も外に出歩くには良さそうな天気じゃ。助介達も出て来て身体を拭く。
「どうじゃ、辺りにこちらを探る者など感じるか?」
「沈没船の方は物珍しいのか遠巻きに見物したり、何を
してるか聞いてくる者もおりまする。船の引き揚げと
答えてござる」
「フム、それでは今日あたりには屋台が並ぶかも知れんの」
「有り得そうにて。屋敷周りは特に怪しい動きはござらん」
助介たちは持参の物しか食べぬだろう。屋台は外で働く者や見物客が利用するぐらいか。人数は多いから商売にはなるだろう。
「そうか、何か不都合な事は起こりそうか?」
「警備の目も置いてますので大丈夫かと。それと増援を
受けまして、信盛殿の方に4人付けられまする」
「それは助かるの。町中で因縁付けられて斬りつけられるなど有っては大事じゃからの」
「しっかと眼を行き渡らせまする」
「ウム、頼む。さて飯にするか」
朝飯を手早く済ませ、握り飯など持って助介たちは港へ
向かう。ワシも茶を飲みつつ、昨晩描いて貰ったカルバリン砲を眺める。形からすると前装式であろう。
後装式のフランキ砲は後方上部の開口部から砲弾と火薬を収めた子砲をはめ込み、楔を打ち込んで砲身に固定する。
事前に子砲を多数用意しておけば、撃ち終わった後は
砲身の角度を変えずに子砲を入れ替えるだけで良いので
速射が可能になる。
反面、子砲のはめ込みの密閉が完全では無く、隙間から熱風が漏れ出て威力が落ち、事故も多い。圧力に弱く大口径には向かない。飛距離も伸び悩む。
対してカルバリン砲の絵は、砲身がスッキリと槍の様に長い。作りが単純と言うことは頑丈で熱風漏れが少ないと言う事。青銅を流し込む型さえ作れれば大量生産に向くであろう。
問題は世界中から集めた金を積むスペイン船に対して、製造するブリテン(イングランド)が海賊行為をして、スペインと開戦の危険が高い事、そしてブリテンはアジアへの足がかりがまだ無く、直接購入が難しい。
(※スペイン語でアジアは Asia 、音としてはアシアに近いですが アジア と表記します)
敵対的である以上ブリテンからスペインにカルバリン砲が渡る事は少なく、マニラまで出向いても手に入れる事は厳しいだろう。
などと思案しておると、船員と通詞達が揃って起きて来た。言葉を覚えるため、不安に思うことにすぐ答えるため、通詞達は付き添っている。
「お早う、よく眠れたか?」
「ハイ、船の中よりは快適デス。」
「船ではどの様に寝ておった?」
「網を柱の間に結びつけてその上で寝たり、通路の隙間で寝てまシタ」
吊った網の上か、波に揺られて余計に酔いそうだが慣れだろうか?
「畳の上で寝るのは固くなかったか?」
「イイエ、寝やすかったデスヨ」
どうやら はい は シ で、いいえ は ノ と言っているようだ。シ は (肯定の)そう に近い感じか、 ノ は 否か。少し音が似ているから覚えやすい。
「そうか、それは良かった。まずは顔を洗ってくると良い」
皆して井戸へ向かう。その間もカルバリン砲の絵を見続ける。
ふと顔を上げると、絵を描いてくれた者が見ている。
「飛距離を伸ばしたいのでスカ?」
「距離もだが命中率も上げたいのじゃ」
「砲の内側に螺旋の溝があると真っすぐ飛ぶそうデス」
螺旋の溝、根来衆の者が言っておったな。沢山弾を撃って螺旋の溝が出来た銃は、命中率が高いとか。
ただ螺旋の溝が出来るのは千本丁に1丁の割合らしく、そんな偶然に期待できんなとワシの興味は途切れた。
「その溝は偶々できるのか?」
「イエ、約10尺(30cm)で1回転する浅い溝を彫りマス」
「浅い溝か……彫るのは大変そうだな」
「ハイ、100年ほど前に考えられたネ。作るの金が掛かりマス。弾を押しこむのに力が必要デス」
溝に密着させるために、大きめの弾を押し込まねばならぬという事か。
カルバリン砲には溝は無く、砲口は握り拳ほどらしい。そこで皆の飯が届いたので、話と思考は中断する。
船員たちはムシャムシャと米を食べておる。
「米にも慣れておるようじゃな」
「スペインでは米料理もよく食べらてマス」
「スペイン以外から来た者も多いはずだが?」
色々な地域の者を選んだ。6人はスペイン以外からだ。
「船の料理長はスペイン料理を作りますシ、マニラでも米を食べますカラ。皆慣れたネ」
「そうか、では今日から料理班は町で材料を買って皆が
食べられる物を作ってくれんか?材料代はワシが出すでな」
「了解デス」
卵と牛乳も追加するように言っておく。
ゴンサロは会計として料理班に付いてもらう。これで料理班4人とその他5人に分かれ、それぞれに通詞1人と護衛2人が付く。
「それから全員についてじゃが、自分たちがこれから使う物は、それぞれ自分の金で買って来てくれ。自分で作れる物があるなら、材料や工具も買ってくれ。役に立ちそうなものならワシが金を出そう」
「ハイ!」
今の ハイ! は通詞を通さず、船員たちが日本語で応え
おった。ワシが シ・ノ を覚えたように彼らもハイ・イイエを覚えたのだ。
「それと今日は2班で分かれて行動する。1人で勝手に動かぬようにな」
シエスタの時間は屋敷に戻るように、あと報告書も持ち歩く様にとも付け加える。鉛筆も渡しておく。
まぁ、今日も町に慣れて貰う為の外出である。徐々に慣らしていくと言うやつじゃ。
ワシは人数の多い方に加わる。護衛にも通詞にもなれんが揉め事の仲裁は得意である。多少は役に立つ。
屋敷を出て暫くして料理班とその他班は分かれる。
船員たちは異世界召喚されて、その知識を元に自分たちの生活を改善し日本を進化させる存在。
大金を積めば元の世界から、希望の品を取り寄せる技能をもつ。
信盛はそんな彼らの知識を自発的に出させて、活用していく異世界側の代官的な位置づけ。
当時在った物を利用する方針に変わり無し。




