上様の信用
上様が堺に来ている!
「分かった。すぐ行こう」と応えて、手早く書き付けやらをまとめる。
何か抜けている事は無いか考えつつ部屋を出る。助介が配下を10名ほど選んで同行する。
急いで来られた上様の供回りは少ないだろう。護衛は多いほど良い。
門番が大人数の移動に驚いている。何かあったら応援を頼むと伝え、外へ出る。堺政所へワシらは急ぐ。
政所の門番へ来意と『盛栄』の名を伝える。一人が奥へ伝えに走り、一人連れて戻る。
上様の側仕えである。お互いに顔を見知っているので門を通され、奥の部屋へ案内される。
上様が椅子に座って丼を掻き込んでいる。茶漬けだ。食べ終わった丼を下げさせ、開口一番に言う。
「上出来ぞ、信盛!」
「助介達の入念な準備のお陰にて」
何をとは言わない。そこは伏せる。何処から漏れるやら分からんからの。
「その後スペインの船団長との交渉や諸々の手当は、有閑殿に助けられました」
「信盛らしいの。織田家一丸で勝ち取ったと言う事じゃな」
「左様にて」
「まぁ皆、椅子に座るが良い」
側使え達が椅子を持ちだしてくる。では、と言って腰を掛ける。立ち話は腰に来るでの。
「余が参ったのはマニラで船を確実に購入できるよう、口添えをするためじゃ。金も持って来ては居るがの」
「口添えですか」
「まず、沈没船の代金は払っておるで問題はない。次にマニラで購入予定の船は1−2隻じゃったか、大砲もつけてとなると大金になろう?」
「確かに、途中で盗まれたり沈没すると面倒ですな」
「そこで船の代金は先払い3割と後に堺で8割で行こうと思う」
「3と8で11割、1割が手数料ですか」
「ウム、それに戻りの我らの船に船員は付けても、船倉は空とするのは勿体無かろう? と言って大金を持たせても危険よの」
「悩ましい所ですな」
「今回の船団長は何度も日本に来ておって、余も顔馴染
でな。長となればマニラに戻れば金は持っていよう。長からワシの信用で借りるとすれば良かろう」
「確かに! 上様の事は日本の王と見ておりますからな。船の代金と積み荷の代金を借りる事、上様の信用があれば叶いましょう!」
「マニラで金を借りると周りに知らせておけば、船員に襲われる危険も減らせよう。だが長からだけでは心許無い。よってフィリピン総督にも借りようと思う」
「総督にもですか。2重の資金元なら尚安心ですな」
「ウム、それに手持ちも隠して持って行くでな。3重じゃ」
「着実に着実に、と言うことですな」
「そうじゃな、それで買い付けの規模も大きくなるで人員も増やそうと思う」
そう言って上様が手招きする。今井宗久殿と息子の宋薫殿、あと2人が前に出る。
「今井宋薫と通詞2人を追加しようと思う、宗薫なら現地の相場にも詳しかろうでな」
「そうでしたか、宗久殿、宗薫殿、お久しぶりです」
「お久しぶり、かようにまた会えるとは嬉しい限り」
「不肖の身ですが今回派遣されて光栄です」
そう言ってお二方も椅子に座る。
今井宗久殿は堺の豪商であり、上様が畿内に入って堺に矢銭2万貫を要求した際、徹底抗戦を主張する会合衆の中で仲介を行い、上様に従わせている。以降上様の信頼は厚く淀川の通行権や生野銀山・塩の代官等任じられている。
息子の宗薫殿は歳の頃30程だろうか、これからの織田家の交易網に関わっていくに丁度良かろう。
「今回上様の到着が早く驚きましたが、淀川を下って来られましたか?」
「ウム、宗久に任せてるで川下りは安全で早い。なに、馬廻り衆は陸路追って駆けてこよう。明日には船団の出航であろう。早いに越した事はあるまい?」
「相変わらず、予想を上回る早さですな」
「それこそが相手の意表をついて企みを躱す術よ。さて長へ先触れも出してこれから向かうが、先にこちら側の話を擦り合わせておこうと思うての」
「ワシの方で信栄と護衛の守人と通詞の久通殿、会計士のカルロスの4人を派遣予定でしたが、そこに宗薫殿と通詞2人が追加で現在7人ですな。それと朝方の感触ですと、船長と航海士経験者が加わるやも知れませぬ」
「9人か。良かろう。奴隷となった者達を買い戻し草として各地に置くという信盛の話、進めよ。が忍び1人では少なかろう。助介よ、甲賀衆から2人追加出来るか?」
「ハッ、希望者より適任を2人追加しまする」
「行きの人員は11名か。少し増えるが長と相談じゃな。通詞が3人と護衛が3人おるで、3組に分かれて動けるな。帰りはそこに買い戻した奴隷の帰国希望者と、買い付けた品が増えよう。何を買うか優先順位も決めておこうぞ」
「ワシは印刷機と痩せた土地でも育つ食物の種や苗・本、後は利益の出るものが良いかと」
「うむ、印刷機じゃが2台以上は欲しいの。1台は分解してこちらで作れる様にしたいでの。扱いに慣れた人も欲しいぞ。2人ほどかの。あと種は食物のみならず様々なものを取り寄せよう。小さいで種類も数も増やせよう」
横で上様の右筆が書き取っている。漏れは無くなる。
「あの、可能ならば体躯の大きい馬を入れたいのですが」とは今井宋薫殿である。
「馬の大型化か、良かろう。雄雌十頭ほどと装具も併せて買おう。違う工夫が有るかも知れん」
「あと、最新の地図帳もあれば良いかと。ワシが船員から買い込んだ地図帳もあるのですが、発行年が古いのです」
「地図帳は良いな。地球儀では持ち運びに嵩張るし、日本やエウロパや交易路の国々が小さくて読み取れんでな。十冊以上欲しいぞ」
「時計も小型化が進んで居るようです。取り寄せてはみては?」とは宗久殿。
「小型時計か、あれば数を揃えよう。他に有るか?」
それぞれが思いつくものを上げ、右筆が書き上げる。購入代金の心配が無くなり、皆が控えていた物を口にする。優先順位と数量も書き加えられる。
「よし、人と物については大体よいな。長との交渉、資金の目処と船と船員の手当次第で増減しよう。現地判断は宋薫に任せよう。情報網は助介配下に任せる。三人の中から長を決めよ。誰か現地に残って取りまとめるかどうかも任せる。では次に……」
時計は1510年頃、錠前職人によってゼンマイが発明され、小型化が進む。
大航海時代で天測航法と時計によって現在経度を知るため、揺れる船内で長期間放置して狂わない時計が求められた。
1分の誤差が赤道上で28kmの誤差となり遭難・座礁につながった。
1713年イギリス政府は「5ヶ月間の航海で誤差1分以内」という懸賞条件に2万ポンドを約束し、1736年に条件に合う時計を完成させた職人が現れた。
がイギリス議会は難癖を付けて賞金を払わず、40年に渡って改良を重ねさせる。見かねた王のとりなしで賞金は払われたが、職人の死の3年後だったとか。
特許や発案の扱いが時のトップの方向性に大きく委ねられるという事例。




