沈没
いつの間にか転寝していたようだ。
石鹸で手顔を洗いながら男が助介に報告している。
「ご苦労であったな。船は完全に沈没したか?」
「ハッ、沈みましてござる」
「見張りの3人は逃げ出せたか?」
「無事脱出しております。書類などを抱えて船長に報告に向かいました」
「船長らの様子は如何であった?」
「大きく嘆いて、どうしたものか思案している様子でございました」
良しっ!! 上手く行った!
徐々に静かに差し込む朝日を頬に感じながら、第一関門を無事通過した喜びが体内に湧き上がる。
意気上がる心持ち同様に、台風一過で空も晴れやかである。
「門も開く時間であろう。堺に戻るぞ!」
「ハッ!」
堺の町並を通る。昨晩の台風の後始末で人々は忙しなく動いている。屋根が飛んだ家もあるようだ。
織田家の屋敷の門をくぐる。門番に確認する。
「何か変わった事は有りましたかな?」
「屋敷には問題有りません。港の方が騒がしいようですが」
早速自室に戻り、堺の代官である松井友閑殿への書状を認める。
エウロパの船が沈んだ事、友閑殿が状況を確認し船団の長と話す事、長が沈没船をどうする予定か確認する事、捨てて行くなら新造船の値段の八割から始めて十五割までで購入を申し出る事、大砲も共に沈んでいるから渋るかもだが置いて行くなら場所を塞ぐので迷惑料を日々請求する事、積み切れない荷物や船員も織田家で預かっても良い事、大砲も購入代金に含むと明記した契約書を交わす事など。
松井友閑殿とは顔なじみであり、今回のこともワシと上様から書状を受け取っていて、事情を分かっている。
ワシが石山本願寺を包囲中に堺を訪れた際にも情報交換なども行っている。上様の元右筆であり本願寺や他の大名と外交を行っており、財務にも詳しく堺の代官も遺漏なく熟す。
今回の船買い取りに適任であろう。
書状を助介に渡し有閑殿に届けてもらう。
上様への報告は買い取りが進んだ段階で出す。
漏れている事は何かないかと思案していると、助介のもとに町人風の男が寄ってくる。港に残した配下の1人だ。
「船団の様子はどうじゃ?」
「台風で日程が遅れた事で、急いで荷物を積み込んでおります」
「沈んだ船の様子は分かるか?」
「帆柱が水中に見えるほどでした。横斜めに傾いているようです」
見えるという事は引き揚げやすく、また場所も塞いでいる事になり迷惑料を請求しやすい。
「堺の代官殿と話し合っていたか?」
「永らく話し合うて居りましたが、2人して屋敷に入って行きました」
交渉に入ったという事だろうか。
エウロパ人も自力で船を引き揚げる事は出来るだろう。
が予定外の事故でこれから機材を揃えて、人数を掛けての引き揚げは大赤字であろう。
そこで織田家から買い取りの申し出があれば、船団長も上への報告も通しやすかろう。
十中八・九は上手く行くと思うが、織田家を警戒し過ぎている場合は駄目になる可能性もある。
後は有閑殿に任せるしか無い。
昼過ぎに有閑殿から書状が届く。新造艦の十二割で大砲付きで買うとの契約は成ったようだ!
置いて行く荷物は織田家が適正値で買うこととなる。
それでも乗艦しきれない船員が出て来る。いよいよワシの出番だ!
手荷物をまとめると助介達と共に沈船の現場へ向かっていく。




