穿孔
風は強く吹き続け、小屋を軋ませる。揺れ動く炎を見つめつつ信盛の心も揺れる。助介たちは今頃船に取り付いた頃か。
堺港の見張りは外から侵入する大型の船は警戒してるはず。だが港内に浮かぶ小舟には気付かないだろう。転覆させた漆黒の舟底が海上にあるだけだ。
むしろ帆船に残ってるやも知れぬ見張りに、気付かれる可能性がある。流血沙汰に成らねばよいが。
船に見張りが居ても警戒は外に対してだろう。船底の中央に穴を開ければ前後左右に傾か無い。
緩やかに浸水し見張りが気付いた時には、修理するべき場所も分からず、手の打ちようが無いと想定している。
上手く見張りを掻い潜り、船底に穴を開けられるかどうか。
失敗した場合は堺で中古を新造艦の3倍の値段でも買うかとも考えているが難しいだろう。上様も購入交渉はしているはずだ。
それでも入手していない以上、商売道具の船は現地の船長に売る権限が無いか、売った後に鉄砲の様に、日本が独自に建造する事を危惧しているかであろう。
それならば台湾の先のフィリピンまで客として乗せてもらい、伝手を頼って造船所を探して2倍の値段ぐらいなら購入出来るのではとも考えている。
(※フィリピンは1542年にスペイン皇太子フェリペの名からフィリピナス諸島と名付けられる。1580年頃には7000からなる島々の主要な部分をスペインが押さえていて、スペインのアジア交易の中心地となっていた)
しかし、とも思う。その買い付けに行って戻ってくる半年〜1年が惜しいのだと。
戻ってから操船に慣れて、さらに半年では様々な予定がずれ込む。その間にもエウロパのアジアでの伸張は進むであろう。だからこそ今帆船を手に入れたいのじゃ。
・・・
そんなことを考えて過ごしていると、戸を叩く音が聞こえる。
「助介にて。只今戻りましてござる」
戸を開けて迎え入れる。
「よく戻った。首尾は如何程じゃ?」
「船底の中央に穴を半尺(15cm)ほど開けました」
ぱっと顔を見ると肩で息をしている。
「出来した!助介よ。全員無事か?」
「はい、水が船倉の5尺(150cm)位まで入った所までは確認してござる。それ以上居ると発見されると思い舟ごと離れたでござる」
「そうか、大儀であった。もう舟が要らないのなら小屋に入れてしまおう」
皆して2隻とも小屋に入れ終わる。
「石鹸と微温湯を用意してあるゆえ、炭を落とすが良い」
そう言って、水を張った盥に薬缶の湯を注ぎ入れる。
助介と配下達が顔と腕と背中を互いに石鹸を付けて擦って、汚れを拭いていた。
「3名程足りないようだが」
「後始末と、港の様子を探るため残して来てござる。動きが有ったら報告にこちらに戻りまする」
ワシは盥の水を入れ替え、火で炙っていた串刺しの干物とお茶を勧める。皆で焚き火を囲み、串焼きを頬張り茶で喉を潤す。
「皆ご苦労であったな。見張り達は船内にいたのか?」
「船の中心辺りに3人まとまって花札に興じておりました」
船中に潜入して見張っていた者が言う。船の中心辺りに居たのは揺れが少ないからで、花札とはカルタであろう。
「船倉に5尺ほど浸水した所で船を離れた時に、船員はまだ事態に気付かずと言う所か?」
「その通りでございます」
「ウム、上出来じゃ!後は追加の報告待ちよな。してどのようにして船底に穴を開けたのじゃ?」
「船内に入った者が丁度よい箇所を見つけて、船底を3度叩き外から応答して再度3度中から叩いた所に、穴を開けていってござる」
「なるほど、場所決めは内外から確認か。穴自体はどの様に開けたのじゃ?」
「場所が船底ゆえ、まずは足場と手を固定出来るように、『コの字』の釘を周りに数本打ち込んでござる」
「道理であるな」
「はい、それから作業舟と船底を縄で結んで、伝い進めるようにしてござる。船底で作業する者に工具と空気樽を3人で届けまする。作業は足場に掴まりながら、先ずはキリで細い穴を開けて、徐々に太い穴を開ける工具に変えていってござる」
ワシは細かい指示はしていなかったが、これが現場の知恵と言うものだろう。
「道具は全て回収してあるか?」
「はい、舟を固定した縄は切って堤防に残した見張りが回収し、コの字の足場釘も抜き取り回収してござる」
「上出来じゃ、では後は報告を待ちつつ順番に寝ておこう。朝になったら門から堺内に戻ろうぞ」
「畏まりましてござる」
「証拠になりそうな舟は後々解体して燃やし、コの字の釘と穴を開けた工具は融かしてしまえ」
「ハッ!」
水中作業で疲れたのか皆次々に雑魚寝する。ワシと助介も横になって眼を閉じつつ外の様子を伺っている。
吹き付ける風も徐々に弱く風向きも変わりつつある。
・・・




