妙覚寺での会見
出発を言い渡された林殿は大忙しである。あれもこれもと荷造りしだす。着物や書状、保存食等々。
特に書状が多い。思い出の数々であろうか。
「秀貞、多すぎる!お前が乗る馬に抱えておける分量までじゃぞ。お前の元の屋敷から残っておる物を取り寄せるで、貧乏そうな服など捨ておけ。」
「こちらの書状は他家からの勧誘の証拠でございまする」
「聞いておる。もう既に断ったモノばかりであろう。価値もない。
あと、お前の代わりの死体を、後で助介が手配するでな。息子が戻ったら火葬を行う。不要品は薪と一緒に燃やしてしまえ!」
「ハッ、了解です」
林殿は今回の任務にあたり助介より渡された銭20貫と脇差しと書状、と他に数点の書状を風呂敷に包み袈裟懸けに結ぶ。ついでに深めの笠を渡される。
ワシはと言えば坊主姿で、来た時の荷物に3点を追加するのみ。元より人目をはばかり笠を頭に被っている。
残った雑炊や食材などは上様のお供や助介の配下達の腹の中か手荷物となっている。
「では、戻るぞ、今日のことは他言無用ぞ!」
「ハッ!」
余分なものは捨ておいて、任務の有る場所へ移動する。織田家の真骨頂である。
馬に乗り一宿した家を見やる。
京の外れの古ぼけた隠れ家で林殿は織田家の行く末を見守るつもりだったのだろうか。
奥の山の方では山菜も取れそうだ。
鷹狩りにここまで来た態でワシらを上様は連れ戻しに来たのかもな、と考えながら馬を進める。
馬上の林殿は笠を深く被って、その想いは分からない。
上様はと見ると、先に進んで供の者と談笑している。機嫌は良さそうだ。
一時間ほど進んだ頃に、妙覚寺についた。
(京での上様の定宿だな。あと偶に本願寺か)
兵も二〇〇人ほどが警護している。なにかあったら、京都所司代から増援も来るだろう。
馬を降り妙覚寺の門をくぐった。使用人が馬を受け取り、藁で汗と汚れを落とす。
上様のすぐ後をワシらは付いていく。馬廻り衆がそれぞれ散っていき、上様が「奥だ」と言うので大広間の先の小部屋へ上様とワシと林殿と助介、4名が入る。
襖は閉められ、障子越しに部屋全体に陽の光がさし込む。
「喉が乾いた。茶をくれ」
待っていたかのように襖の向こうで足音が近寄り「お持ちしました」と言う。
普段は小姓が側につくのだろうが、今日は助介がお盆を受け取り、急須から4人分の茶碗を満たしていく。毒味を済ませて助介は部屋の隅へ移動し正座する。
「さて、こうして近くで会うのも久しぶりだのう」と上様は茶を半分ほど飲む。
「ハハッ、上様に置かれましてはご機嫌麗しく執着至極に存じます」
ワシら二人、声を揃えて平伏する。ゴトンと前で音がする。「面をあげよ」
そろそろと上体を起こすと上様が横になっておる……
「ローマ式だったか?いや佐久間流と呼ぶべきかの?」と昨晩の報告書を手元に置いてニヤニヤしている。
機嫌良すぎるにも程があるなぁ。
「ほれ、そのままでは頭が高いであろう?余がしておるのじゃから、客のお主らもつきあわんか、の?」
「ハッ、それでは」と思い切ってワシは横になる。
「いや、それは余りにも……」と抵抗していた林殿も、やがてワシに続いて横になる。
「昔はよくこうやって悪童らとくっちゃべっておったら、守役のお主らが目ざとく見つけては説教してきおったの?」
「そのような事もありましたな」
「今や懐かしいモノですな」
「余も若かったの、今は爺共を気遣う身じゃ」
「上様に気遣わせてしまうとは、某も老害と言われてしまいますな」
「なんの、常勤は無理でも時々手伝うて欲しいのよ」
「と言うと公家相手でしょうかな?」
「秀貞はそうなるな。10日以内にお主の葬儀を家族だけで執り行い、家族は呼び寄せるが良かろう。
家族宛の手紙は助介を通して渡すように手配する。
こちらに来たら、京都所司代の村井貞勝の元にお主と共に預けようと思う。
あれも過労で何度か倒れておるで、助けてやって欲しい。それで良いか?」
「畏まりました」
「さてと、信盛の方は話が長くなりそうじゃでな、
先に甘いものでも食おうぞ」




