侵入者と雑炊
信盛が屋敷に入ると、台所ではお釜から湯気が盛んに出ていた。米の炊ける匂いがする。
土間を上がって囲炉裏の側に戻ると、上に昨晩のおでんの鍋が吊るされている。こちらも湯気を出してうまそうである。助介が鍋をかき回している。
「うまそうだな、助介よ」
「残り物にございますが、味を足してご飯も
入れて雑炊にする予定でござる」
「うむ、所でそなたの配下は夜は睡眠を取れたのか?」
「4時間ずらして3交代で取っております」
「ならば問題ないな」
グツグツグツ
・・・
カンカンカン
小さく澄んだ金属音が遠くから聞こえて来る。
ドカドカドカ
馬だろうか、何やら近づいて来るような。
タン、タンと弾むような足取りで、数名が
戸口に向かっているようだ。
「おい、助介、誰かがやって来た様だが」
微笑む助介、動ぜぬ護衛。
「邪魔をする!」
鷹狩りの衣装をした信長、いや上様である。
手にはウサギをぶら下げている。
「何やらケチ臭い鍋を食うておると聞いてな。土産じゃ」
そう言うと側の者に渡す。
「台所をお借りします」と男はウサギの解体を始めた。
呆気にとられるワシらとズンズン迫る上様。
「上がるぞ!」
「ハハッ、」と平伏する林殿。
爺、反応速い!さすが元右筆。
などと一瞬頭をかすめるが、ワシの体も同じ言動をとる。条件反射である。
なぜ上様が!?と思うと同時に、時期を合わせたのは助介だなと合点がいった。
してやられた感はあるが、悪い気はしない。何やら胸がすく気もする。
助介が囲炉裏の側にさっと座布団を
2枚重ねて置く。
ドスンとそこに上様が座る。
「それでは食えんだろうが、面をあげよ」
ゆるゆると視線を上げていく。ここまで距離が近いのは何年ぶりであろうか。
「卵が欲しいな!」
「こちらに」と助介が藁の包みから卵を取り出し、お椀に入れてかき混ぜる。
こちらの想いをそっちのけに仕切り始める。鍋奉行の到来である。
「ウサギはまだか!」
「こちらに」助介の配下が皿を持ってくる。
血抜きもされた肉が綺麗に飾られている。
台所ではまだ作業が続いているが、そこは指摘しないでおこう。上様の演出だろう。助介かも知れないが。
次々と野菜や魚などの皿も増えて鍋に投入される。
近所の家を借り上げて、そこから来ているのだろう。
ご飯も卵も掛け入れられる。
・・・・
グツグツグツ
「そろそろ食うか!」
「では拙者が毒味を」
椀に様々な具と汁をよそり、ハフハフと息を
吹きかけ助介はグッと飲み干す。
(口の中火傷せんのか?忍びでも対処法など無かろうに)
続いて3人分の椀に具と汁をよそり、それぞれの前に差し出す。
「では、頂こうぞ!」具と汁を啜る上様。
ワシらへの信頼を示した、と言うことだろうか?
「頂きまする」ワシと林殿は同時に箸を付ける。
モグモグモグ
・・・
4人共箸を置く。いつの間にやら助介から
椀が渡されていたのか護衛のものも箸を置く。
「ゴホン、して報告書の方は?」
「見た、来た、そして鍋を食ったじゃ!
面白そうな話じゃが続きも長かろう? ここでは警備不十分ゆえ、移動してから話を聞こう。行くぞ」
「お待ちくだされ、某の息子は数日後に
ここに戻ってくるのですが」
「助介の配下を置いて行く。後で合流すればよかろう。ここには戻らん。
お主ら2人は世間的には死んだこととする。必要なもののみ、持ち出せ」
……相変わらずせっかちな上様である。




