表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/57

佐久間信盛という男

1580年(天正8年)の秋、佐久間信盛は頭を丸めて高野山の寺に居た。

この年の初頭まで7カ国に領地を持ち、織田家中で最大兵力を擁した大勢力の長であった。


それが今や身近の者は息子と側仕えが1名のみ。

この落差が怒りと恥辱と諦観の混ざって解けぬ縛りとなって、彼の心身を痛めつけた。


恰幅の良かった身体は痩せ、昔を知る者でも名乗らなければ分からない程に顔も変わった。



「何故にこんな事に……」

幾度となく胸に去来する疑問の渦。

答えを求める様に心は過去に向かう。


・・・・

そもそも信盛は幼少の信長につけられた守役の一人である。


家督継承前より奇抜な言動で家中で疎まれがちな信長を支えた。

尾張統一までの間に多くの味方が倒れ、また家中の多くが敵についた際も変わらず信長の軍勢の一翼であり続けた。

(次弟・信行と信長が対立した際には柴田勝家や林秀貞などは信行に付き、負けた後に許されて信長の家臣となっている)


今川義元の尾張侵攻に際し一族の佐久間盛重が前線の砦を死守、討ち死にしても時間を稼ぎ桶狭間の戦いに貢献している。

その後の信長の躍進につれ信盛は軍勢を率いて各地を転戦し主君を支え続けた。


信長の戦績には負けも多いのだが、形勢不利を悟るとすぐに撤退する為である。

損切りの見極めが速いのだ。


その際に最も危険な殿軍の指揮を多く任され、損害を少なく撤退する信盛は「退き佐久間」と異名を取った。


その功績により7カ国にまたがる大領地を与えられている。

が飛び地や厄介な地が多く、面倒事を押し付けられた側面がある。


信長にとって家督相続前からの悪友で子飼いの者(前田利家など)を除けば、信盛は最古参の良き同盟者で重臣で守役である。

その甘えと信頼の証が厄介な大領地の授与となる。


その思いを甘んじて受け入れ身は戦場にありながら、信盛は対立する領地内の諸勢力の調停などを行い上手く管理している。


信長を一貫して支持し続けた織田家の土台と自負していた。



その佐久間一族急転の起こりは1580年3月。

信盛の軍勢は5年間、石山本願寺を包囲していた。

そこに朝廷より講和の勅使が訪れ、本願寺側の城からの退去が実現した。


その直後に信長より佐久間親子宛の19ヵ条に及ぶ折檻状(説教)が届いたのである。


長いので要約すると

・7カ国に領地を持ち、家中最大の兵力を持ちながら、石山本願寺に5年もグダグダと包囲戦を行った

・色々試して出来ないのなら、この信長に相談すればよいのにしなかった

・武田家の三河侵攻に対して徳川家へ援軍として出したが、お前は友軍を見殺しにして自身には傷一つ無い

・朝倉家追撃に出遅れた部下全員を叱った俺に口答えをした

・与えた領地の旧臣を召し抱えず、蓄財ばかりし武士として見苦しい

・お前の息子(信栄)は出来が悪い

・よってどこかの敵を討ち滅ぼして帰参するか、高野山へと隠遁しろ



時系列関係なく思いつくまま信長が吐いた言葉を、右筆がそのままに書き取った様な書状である。


戦が一段落つき論功行賞を待ちわびる配下の家臣や国人衆の前で、これを信長の使者が読み上げたのだから堪ったものではない。

信盛の面子は大きく潰され不名誉を被る。


信盛は大いに反発し出奔する。

領地の引き継ぎもせずに高野山に上ったのだ。

織田家の仕打ちに抗議し、世間にその是非を問う意味合いもある。

またお互いに頭を冷やし、主君よりの詫び状を待つための時間稼ぎもあった。



高野山には多大の寄進をし一庵を与えられる。

そこで詫び状を待ちつつ、思い悩む日々。



その間に毛利や武田家などから接触もあり、仕官の誘いもあった。


彼らとしても忍びや周辺関係者から敵対する織田家に関して情報収集をしている。

さらに織田家の内情を知る大身の情報を引き出したいとの思惑から、約束される待遇は悪いものでは無い。


それでも信盛はその誘いの尽くを丁重に断わった。

彼にとり天下を取るのは余程のことがない限り、織田家なのである。


だが織田家筆頭宿老たる自身の「追放」は織田家の崩壊への蟻の一穴になりかねない。


信盛の放り投げた領地を受け取り喜ぶ者も、いくら功績を上げてもいつ信盛の二の舞いとなるか分からないのだ。



そして信盛の出奔から半年後、林秀貞も追放されたことを知る。

秀貞が信行擁立に動いた20年以上前の罪(その時に信長自身が許したにも関わらず)を蒸し返しての事である。



老臣はまとめて処分し、家中の一新と引き締めを信長は狙ったのかもしれない。


だがどの武将も無敗・無謬などありえない。

誰しもやり過ぎや見逃しなど身に覚えがあるのだ。


「織田家中に疑心暗鬼や他家からの調略が吹き荒れるやもしれぬ、、、」



しばらく思案した後、信盛は情報を集める。


自身の身代わりに背格好の似た者を見繕って、部屋で寝ているだけでよいからと礼金を渡す。


用意を整えた後、息子達にも数日で戻ると言い含め、さっぱりした坊主姿で伴は連れずに信盛は高野山を下った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ