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好きだなんて、言わないで。

作者: きなこ

ある日姉が死んだ。不幸な事故だった。

無関係の人にとっては新聞の地方の三面記事に載るような、平凡な出来事。


姉の婚約者と結婚することになった。

家と家の婚約だったから。


嫌いじゃなかった。

お兄ちゃんみたいに思っていた。

お姉ちゃんとの最後のお別れの時、泣き崩れた私を抱きとめてくれたのもあなただった。


もうあれから2年。

多分私は進まなければいけないのだろう。

でも、吹っ切れるわけない。

だから、そんな顔で私を見ないで。


お姉ちゃんとあの人が愛し合っていたかは分からない。仲は良かったけど、政略結婚ではあったから。

でもお互いを尊重しあっていた。

その2人を眺めるのが好きだった。

私を見つけると温かい顔で笑って、おいでって呼んでくれるのが好きだった。

決まって私は駆け寄って、大好きな2人に抱きついていたっけ。


ごめんなさい。

吹っ切れていないの。


あなたの目にいつしか燃えるような情がこもったのを知っている。

私は別に鈍感なわけじゃない。

見て見ぬ振りをしているだけ。

彼のお友達にはやれやれとか思われているみたいだけど、それは違う。


ごめんなさい。

受け入れられないの。

分かってる。これはわがままだって。


知ってるの。

本当は唇にキスをしたいと思ってるって。

でも、とぼけている私を尊重して頰で我慢してくれているって。


多分、私はあなたが好きなんだと思うの。

でも、お姉ちゃんも大好きなの。

あなたを受け入れることはお姉ちゃんがいないことを認めることなの。


悲しそうな顔、させたくないの。

私が悪いって分かっているの。


でも、忘れたくないのよ。




ある日の夜会で、テラスに出た。

豪華絢爛な華々しい空間はいささか息苦しい。

冷たい空気を吸い込み、一息ついた。

素晴らしい庭園を視界に入れて、とある記憶がフラッシュバックする。

とても幸せで愛しくて悲しいそんな思い出が。


『お姉ちゃん…』

漏れた言葉は涙でかき消された。

せっかく綺麗に化粧してくれたのにぐしゃぐしゃだ。あとでやってくれた侍女たちに謝らなくては。


心配したらしい、男性に声をかけられた。

肩に手を添えられて顔を覗き込まれる。

何か問いかけられるが、泣いてぼうっとした頭にはあまり入ってこなかった。

近いとは思ったものの、ビクともしない手に困ってしまう。

段々と近寄ってくる男に、足は下がっていく。距離が詰められてついに背中が壁にぶつかった。怖い。

怪しい闇が見えるその瞳が怖かった。

手が伸ばされる。触られる背に、足に恐怖を感じた。抵抗するけれど怖くて上手く動けない。

助けて。あの人の顔が浮かぶ。

テラスに迂闊に出てはいけないと、両親や彼やお姉ちゃんに口酸っぱく言われていた。

約束、破っちゃった。


また雫が一粒落ちる。


そこで、私の名前を強く呼ばれた。

ぐいっと肩を引き寄せられる。

予想外に強い力だった。


「私の婚約者に何か?」


初めて聞く声だった。驚いて見上げる。

男を睨み付ける眼差しは見たことないものだった。この人は、誰?


冷たい一瞥を男にやると彼は私を見つめる。

先ほどの怖い顔はなかったが、随分と苦い顔をしている。

頰に伝う涙を親指で優しく拭うと腕を引いた。有無を言わさぬ強めの腕は珍しい。


パーティー会場を横切り、馬車に乗せられた。いつもは向かい合わせに座るのに、横に座らされた。黙り込んだままの彼の名前を呼ぶ。3度目の名で、彼はこちらを向いた。


深い目の色に私は呑まれる。


今日は彼の初めてが多い。

吸い込まれるように彼を見つめていると距離が詰められていることに気付かなかった。


口に柔らかい感触がある。


目を見開いた。ゼロ距離にある顔は、あいも変わらず綺麗なものだ。

陶器のような肌も、長い睫毛も、煌めく青の目の色も、とても美しい。

化粧をしたら傾国も夢じゃない。

しかし、唇は思ったよりも薄く、カサカサしていた。


唇は何度も重なる。いつのまにか彼の腕は腰に、反対の手は頭に回っていた。

引き寄せられた体は彼の膝に跨る。

力の強さに驚いた。

反射的に逆らった体でも彼はビクともしない。こんなに強く抱きしめられたことなどなかった。


口付けの合間に私の名前が呼ばれる。

囁くような、求めるような、縋るような、何とも呼べないその声に私の胸はぎゅっと掴まれた。

苦しくて、切なくて、でもどこか求められていることが嬉しくて彼に身を委ねていた私に気付かなかった。


馬車が止まる。


ハッとした彼は気まずい顔をしていた。

融かされたままの頭でぼんやりと見つめる。

離れようとした彼を腕で引き留めた。


「ごめんなさい。もうちょっとこのままで。」


彼の胸に顔を付ける。昔よりも随分しっかりとした胸板に、月日を感じた。

しっかりと支えてくれた腕、大人びた相貌、深みを得た声色。

全部変わってしまった。


それでも、私を見つめる眼差しは変わっていなかった。


私は変化を恐れていた。

しかし、変わらないものもあるのかもしれない。


顔を上げる。


心配そうに見つめていた視線。

それにお姉ちゃんが重なった。


「大丈夫か?」

「え。あっ…」


先ほどの出来事を思い出した。

体が震える。どうしようもなく、怖かった。

ぎゅっと抱き寄せられて背中をポンポンと叩かれる。

馬車に乗ってからのどこか色を感じる接触とは異なり、私をあやすようなものだった。

懐かしい。

お姉ちゃんもよくこうしてくれたっけ。

震える腕を彼の背中に回す。

これ以上なく安心するその場所で私は泣いた。しゃくりあげても、泣き声をあげても、優しい声は変わらない。

大丈夫、大丈夫と紡がれる言葉を私は信じられた。


お姉ちゃんを忘れる必要はないのかもしれない。彼の隣にいる限り。

今までとは異なる意味で、何かに解放された気がした。



そう確信して、私は意識を手放した。

婚約者視点や、後日談、過去などが書けたらいいなあと思っております。

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