親と子02
一人になった静かな小屋の中、魔法使いは実験の続きをやるかと思うが――大きな羽ばたきを聞き、小首を傾げて外へと出た。
そこに居たのは大きな翼を持つ魔物。魔法使いが創った森を守る使い魔の一匹だった。
「どうした。お前には森の守りを任せているだろう」
任を放ってまで何だと、言いつつ魔法使いは魔物の羽を撫でた。
特に酷い怪我や病気は見受けられなかったようだ。来たのは治療のためではないらしい。
『魔法使い様、どうかお助けください』
「ん?」
魔物は創造主にだけ聞き取れる言葉で哀れに鳴いた。
『魔法使い様の目がない場所で、あの人間の娘は我らに暴力を振るうのです』
「何だと?」
あの優しい娘がそんな事を?
まさか、と魔法使いはそう思えど、自らが創りだした魔物が嘘をつく筈もないと否定も出来ず、困ったように眉を寄せた。
『魔法使い様、我をお疑いですか』
「そうではない。……お前に怪我はないようだが」
『人間の暴力などたかが知れています。けれど、不快でならないのです』
「そうか……」
弱ったなと、魔法使いは肩を落とす。
『魔法使い様、せめて娘に貴方様の名を使わせないようにして頂けませんか』
「名を?」
『はい。貴方様の名を出されますと、我らは動けなくなります。ですからそれを禁じて頂ければ、逃げる事が可能です』
「ああ……なる程な」
そうすれば、娘を咎めることもなく魔物も問題なくなるなと、魔法使いはあっさりと頷いた。
「わかった。そうしよう。すまないな、私の娘が迷惑をかけた」
『魔法使い様はお変わりになられましたね』
「ん?」
『以前は我らを何より慈しんでくださっておりましたのに。今は人の子にかかりっきりで』
「はは。人間の子どもはお前たちと違って手がかかるからな」
しかしそれももう少しの事だなと、魔法使いは内心ごちる。
一人立ちはそう遠くない未来だ、と。
『では、我は任に戻ります』
「ああ。頼んだ」
森に放つ魔物は魔法使いが森を守る為に流しているものだ。
もともとこの森には魔物はいなかった。
人間がいない場所を求め、それを守る為に創り、放ってずいぶんの時が経ったなと老いない身を持つ魔法使いは深く息を吐いた。