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第八話 奇妙なお茶会

 元々ジュリアは人懐っこい子で領地で暮らしていた時も庭師のお爺さんなんかによく話し掛けていたものだ。

 ……彼らはどうなったのだろう。処刑された家に仕えていたことで苦労をしているかもしれない。新しく領地を治める誰かがそのまま雇い入れてくれていたらいいのだけど。

 自分の安全が確保されると考える余裕が出て来て、色々な事が気になってしまう。気にしていても何も出来ないから考えるだけ無駄なことだけど、それでもかつて言葉を交わした者達が平穏である事を願わずにはいられなかった。


「お姉さま?」

「……ごめんね、大丈夫だから」


 私の様子を察してジュリアが手を握ってくれる。こんなに幼いのに私を心配してくれる気持ちが嬉しくて愛しくて、そのまま覆いかぶさるように抱き締めるときゃあきゃあと楽し気な声を上げた。


「……姉妹だとそういう感じなんだな」


 聞こえてきた声で我に返る。そうだ、すっかり忘れていたがこの部屋にはまだ紅真がいた。完全に身内だけのやりとりを見せつけてしまったのは恥ずかしい。


「べ、別にこのくらい姉妹じゃなくてもよくやるから!」


 それをごまかすようについ強く言ってしまった。実際お母様が無くなる前にやってもらった記憶がある。メイドも誰もいない、本当に二人だけの時に。


「紅真さまも仲間に入る?」

「何言ってるの!」


 ジュリアの突拍子もない発言は即座に否定せざるを得ない。思い付きで何でも口に出してしまうから子供は怖い。これが私の発言なら「馬鹿か」で済ませるであろう紅真もジュリア相手にはきつく言えないらしく反応が鈍い。


「あ、俺はいいや……」


 ただ、やや引きつった顔で断るのは失礼じゃないかと思う。その気になって遠慮なく、とされても困るんだけど。他人の目があることに気付いてしまってはいつまでも続けられなくてジュリアを解放すると廊下に顔を出しては迎えが来るのを待ち侘びている。

 その様子が微笑ましく小さな声を上げて笑うと同じような声が聞こえた。紅真も私と同じ反応をしていたらしい。顔を見合わせるとまたお互いに笑いがこみ上げてきた。

 部屋に戻ってきたジュリアが私達の様子を見て不思議そうなのが余計に可愛らしくて。

 準備ができたと梨里が戻ってくるまでの間はとても平和な時が流れていた。


…………


 梨里の先導で中庭へ向かうのは私とジュリアと紅真の三人だ。そしてその三人は何故か横一列で並んで歩いている。中心をジュリアにして左右を私と紅真がそれぞれ逃げないようにと捕まえているのだ。

 この手を離してしまえばたちまちジュリアは駆けだしてしまうだろう、それを防ぐ苦肉の策である。

 そんな理由があっても掴まっている本人はご機嫌で時々わざと足の力を抜いてぶら下がってみたりとやりたい放題だ。私一人だとうっかり離してしまいそうなので協力してくれている紅真の腰が心配になった。

 そう長くはない距離を歩いてやっと中庭へ辿り着いた。秋口の爽やかな風が庭全体を通り抜け、さわさわと音を立てて木の葉が揺れる。

 風の向かう先を辿ると東屋があり、そこに八帰がいた。

 初めて会った時は少し長めの髪を軽く結わえ、肩の前に緩く垂らしていたものだが今はもっとしっかりとまとめられていて雰囲気が違って見える。

 美しい庭園の東屋に座す若き王、それ自体が切り取った絵画のような光景だった。


「おみゃ、お待たせ致しました。紅真殿下、相理様、樹理様をお通しします」


 今度は最初に噛んでる。彼女がすらすらと口上を述べられるようになるのは果たしていつの日か。口上を受けて彼はこちらに顔を向けると優雅に笑んでみせた。


「急に呼び出してすまないな。執務の合間を抜けてきたものでこのような姿ではあるが気にしないでほしい」


 髪だけではない、衣装もきっちり着込んだものになっている。王としての仕事中はこれが本来あるべき姿なのだろう。比較対象に紅真がいるから分かりやすい。


「後でこちらにも一部回しておいてください。……全く、もう少し俺を頼ってください。兄上に及ばないのは分かっていますが少しくらいはお役に立てるはずです」

「優秀な弟を持ったことは誇らしいが、それに甘えて己の職分も果たせぬようでは兄にも王にも相応しくあるまい」

「兄上……」


 お互いを思いやる兄弟愛は美しいけど、周囲の人達のことを忘れないでほしい。何だか紅真は感極まっているし嬉しいのは分かったから現実に返るべきだと思う。いつ気付くかじっと見ていたら朱明が、それに続いて梨里が椅子を引いて座るよう促してくれたので助かった。紅真も同様に腰掛けて茶会の始まりだ。

 会話の口火を切ったのは茶会の主催者、八帰だった。


「二人共、朝から勉強ばかりで疲れたろう。それに紅真も急に教師の真似事などさせてすまないな。この茶会は私からの労いの気持ちとして楽しんでほしい」

「いえ、お気遣いなく。こんなに親切にしてもらうばかりで逆に困るくらいです」

「……兄上の頼みですから」


 こうしてにこやかに話す彼はごく普通の好青年といった雰囲気で親しみやすい。むしろ終始堅い態度を崩さない紅真のほうが威厳があるように見えるくらいだ。だからだろうか、紅真にもそれなりに親し気にしていたジュリアだが八帰の方へはそれ以上に懐いている。今日は流石に膝の上ではないが隣の席を確保して身体ごとそちらに向けている。


「八帰さま八帰さま、勉強がんばったから見てください」


 早速机の上に書き取りの紙を広げていく。八帰はそれを邪険にするでなく一つ一つしっかりと目を通しているようだ。


「どれもよく書けているな。……これは?」

「お姉さまの名前です! 紅真さまがつけたんです」

「成程、そうかそうか。教えられてすぐこれだけ書けたら立派なものだ」


 頑張った成果を褒めてもらおうとするジュリアとそれを分かってしっかり褒める八帰。それだけならとても微笑ましい光景として黙って見ていられた。


「ごほうびはありますか?」

「そうだな……どんなものが欲しい? 何でも叶えてやろう」

「待ってください!」

「兄上、一体何を!」


 紅真と発言が重なった。同じ意図があるとすぐに互いに理解する。急に割り込まれた形になるジュリアと八帰は二人してきょとんとした顔をこちらに向けている。


「何でもなんて甘やかさないでください!」

「とんでもないものを要求されたらどうするんですか。子供相手でも王が迂闊な約束をするべきではありません」


 二人掛かりで責め立てたら八帰の背が少し引いた。ジュリアは叱られる雰囲気を感じ取って八帰を盾にしようと更に距離を詰めている。


「とても可愛がってくれているのはすごく有り難いのですけど、何でも我儘を叶えてしまうと躾に良くないんです」

「そうは言ってもな……他愛ない子供の願いを叶える程度の甲斐性はあるつもりだが」

「甲斐性のあるなしではなく、王が妻でも子でもない相手に肩入れし過ぎるのはよくないと言いたいんです!」


 理は完全にこちらにある。本来なら王様相手にこんな追及はできないけど最初に気安い態度を許した自分のせいだと後悔すればいい。隙の無い正論相手にとうとう八帰も白旗を上げた。


「……分かった分かった、褒美の件はまた今度だ」

「ええー!」

「ジュリア、我儘言わないの」


 私がたしなめると八帰がジュリアを抱えて膝に乗せ、ジュリアは八帰にしがみつく。それはまさしく子が親に甘えるようなそれだった。


「随分と兄上に懐いているんだな」


 ぽつりと紅真が呟いた。彼もこんな光景は初めて見るのだろうか、発言に若干の戸惑いが感じられる。それに応えるジュリアが顔を上げた。


「だって八帰さまってやさしいし大きいし抱っこしてくれるし……お父さまみたいだもの」


 瞬間、空気が固まったのを感じた。これはどう言い繕えばいいのだろう。紅真も何と言えばいいか分からないといった顔をしている。ならば朱明はとそちらを見ると我関せずな態度で口を挟むつもりはないらしい。独特の空気の中、最初に口を開いたのは八帰だった。


「私が、父親のようだと」

「はい!」


 怒っているのか呆れているのかはたまた喜んでいるのか八帰の表情からは読み取れない。彼は外野などいないかのように膝の上のジュリアと向き合って話している。


「樹里、そなたが父と呼んでいいのはこの世に唯一人だけだ」

「お父さまのこと?」

「ああ、今はそなたと離れてはいるが親と子の繋がりは唯一無二の間柄。……他の誰かを父と例えることは、その立場を譲り渡すに等しい。それはそなたの父だけのものだ」


 真摯に向き合う彼から語られたのはジュリアだけでなく、会ったこともない私達の父への言葉でもあった。


「だから、二度と父のようだと言ってはならない。言ってしまえばそなたの父は父ではなくなってしまうのだから」


 彼はただ浮かれて子供と戯れているだけではなかった。既にこの世にいない父を尊重してくれている。「父と呼んでいいのは一人だけ」、初めて聞くがその理屈は分かる。それだけ八帰の中では「親」というものが特別な存在としてあったのだろう。

 そして彼が思いを込めて語った言葉はジュリアにも届いていた。


「……ごめんなさい」


 泣きそうな顔で謝罪の言葉を告げる。それは八帰への言葉でもあり父への言葉でもあった。

 すると途端に彼の纏う雰囲気がいつもの穏やかなものへと変わる。


「分かればいい。だが気持ちは嬉しく思うぞ」

「じゃあお兄さまはいないから、お兄さまみたいだったらいいですか?」

「構わんが……そなたの兄となるには随分と歳を食ってしまっているがそれでも良いのか?」


 父が駄目ならじゃあ兄、と呼ぼうとしたジュリアに待ったが掛かる。確かに外見で言えば二十歳程離れている彼とジュリアでは兄妹というのは苦しい。ただ歳を食っている、と自らを評した事が気になる。一体彼は何歳なのだろう。


「そういえば八帰様っておいくつなんですか?」


 ふと気になって、他意無く尋ねると彼は事もなげに答える。


「三十五になる」

「……は?」

「……じゃあわたしとは……えっと……二十八歳離れてます!」

「正解だ」


 聞いた瞬間間の抜けた声が出てしまった。だけどこれは誰だってそうなるはずだ。予想よりは十も上だったのだから。いや、このくらいならまだ若く見える範疇だ。失礼な態度を取ってしまったことを詫びようと思ったら兄弟二人が顔を見合わせ揃って頷いている。


「いや、人間と我々の違いについて教えるのを失念していたようだ」

「すっかり忘れていた。悪い」

「……違い?」


 そう言われても彼らと私達の外見に差異は無い。地方によって特定の髪色が多いのはよくあることだし目や肌の色にもおかしなところなんてない。じっと見つめて違いを探そうとしたら嫌そうな顔で目を逸らされた。八帰には笑われた。兄弟で反応が違い過ぎる。


「見ても分かるものではない。この国の者は一般的な人間の二倍程の寿命を持つというだけだ」

「えええ?」

「長生きさんなんだぁ」


 自然に受け入れるジュリアのせいで驚いている私だけが非常識のように見えてくる。子供の思考の柔軟さにはとてもついていけない。……子供からしたら十も二十も皆関係なく「年上のお兄さんお姉さん」でくくられるからか。

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