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幕間 夜間の執務室

 コンコン

 筆を走らせる音と紙を捲る音だけの深夜の執務室に新たな音が加わった。私は机から離れることなく口頭で入室の許可を与える。入室の挨拶と共に現れたのは弟だった。


「失礼致します。陛下、来期の税率について草案をまとめたものを用意しました。確認をお願いします」

「ああ、後で目を通す。そこに置いておけ」


 弟は二十歳で成人を迎えてからは王である私の補佐としてよく働いてくれている。本人はまだ到底足りないとは言うが味方ばかりとは言えない宮殿において信頼できるというただ一点だけでも大きな私の助けとなっている。難を上げるとしたら執務中は甘えがでてはいけないと「兄」と呼ばなくなることだけだ。

 その弟の腕の中には重量感のある紙束が存在し見るだけでも嫌になってくる。それを所定の位置に置かせて再び手元の作業に取り掛かる。


「……どうした。まだ何かあるのか」

「兄上」


 ……これは私的な話ということか。読みかけの書類を脇にやり話を聞く姿勢を取って言葉を促す。弟はそれを察して口を開いた。


「兄上は、あの姉妹を本当に後宮に住まわせる気ですか」

「何かと思えばそんなことか。今更撤回する理由などないからな」


 一度片付いた問題を蒸し返してくるとは思わなかった。どうもこの弟は有能で真面目ではあるが少々頭が固い。もう少し肩の力を抜けとは度々言ってはいるが性分らしく今のところ効果は見られない。


「今まで兄上はどれ程の才媛であっても頑として受け入れなかったではありませんか。それなのに行き倒れだからといって側に在る事を許すとは一体何を考えているのですか」


 確かに身寄りのない者の為の施設も制度もあるのでここに留まる理由として私が挙げたものは詭弁に過ぎない。彼女達を引き留めたのは完全に私の我儘だと弟は気付いている。


「彼女達を気に入ったというのに偽りはない。強いて言うなら……身内が勝手に拾ってきた生き物の面倒を見るのは、保護者として当然の事だろう?」

「真面目に答えてください!」


 机に強く手を着いた弟が前傾姿勢で迫ってくる。時刻も遅いのだから大きな音は控えてほしいものだ。


「私は常日頃真面目に王としての役割をこなしているのだが」

「王としては申し分ありません。それ以外は……」

「私に求められているのは『良き王であること』、それで十分だろう」


 それ以上は果たす義理はない。弟は一瞬反論に詰まるがまだ諦めてはいないようだ。


「しかし今まで国内の貴族から推薦された者達を放って外国の人間を入れるのは問題になるのでは」

「王が後宮をどのように使おうと国庫を食いつぶさない限り、何の問題になると? 貴族の推薦を全て受け入れてもそれこそ先代の有様を繰り返すことになろう」


 先代の王……私達の父にあたる人物は後宮に三十人という歴代でも異常な数の側室を持っていた。それが理由で国が荒れ国庫も浪費され、その後始末には大変苦労させられたのはまだ記憶に新しい。

 そもそも他の貴族との兼ね合い自体がまず無用な心配というものだ。


「お前も知っているだろう。私は生涯正妃も、側室も持つことは無い。子を持つつもりもない。」

「兄上……」

「元々最低限建物の維持だけに予算を回していたがそれすら即位以来余り気味だ。ここで一人二人養おうと揺るぐような身代ではない。この話は終わりだ、お前はもう休め」


 いい加減しつこく感じて話を打ち切る。弟はまだ納得がいっていないが私の言葉に逆らえない為渋々退出する。再び一人きりになった執務室で、ほうと息を吐いた。


「何一つ、偽りがないのだがな……」


 初めてその姿を見た時の事を思い出す。

 薄汚れた身の中でも輝きを失わない淡い金の髪。目が覚めてから警戒心を込めて私を見つめる鋭い青の瞳。疑いが解けて誠意をもって応えようとする一生懸命さ。

 それら全てが好ましい。

 目を閉じれば情景が浮かび上がり口の端に笑みが浮かぶ。

 それと連鎖するように思い出すのは子供の小さな手と温かな体温。高い声で笑い、疑いを知らない眼差しは私の醜い内心を見透かすようだ。

 ……それらを側に置きたいと願って何が悪い。

 この感情は誰にも知られる訳にはいかない。私は「良き王」で居続けなくてはならないのだから。王でなくなるその時まで。


「……紅真が知ったら何と言うか」


 特に弟には知られてはいけない。

 私を信頼し慕う弟。私の本心を知ってしまえばきっと軽蔑するだろう。それだけは避けなくてはならない、少なくとも今はまだ。

 深い所まで落ちていく思考を振り切り、目の前に積まれた仕事を見て現実に返る。

 今の私は王だ、私事にかまけて役目を疎かにすることはできない。


「明日以降時間を作る為にも、もう少し詰めておくか」


 折角後宮に留めることができたのだ、それが仕事漬けになっては本末転倒だ。

 茶会の一つでもするだけの時間は確保できるだろう。それを楽しみに再び手を動かすのだった。

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