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第四話 身の振り方を考える

「……え?」

「後宮。国王の私的な宮殿として存在し正妃や側室の他、王の子を住まわせる為の場所だ」


 思わず聞き返したら意味を知らないと思われたのか詳細に説明されてしまった。いや、それくらい知ってますから。後宮なら確かに部屋がたくさんあったのも豪華な衣装があったのも納得がいく。だけどどうしてよりによってそんなところへ私達を連れ込んだのかは納得がいかない!


「……だから後宮はやめておきましょうと、賓客殿にしてはどうかと言ったではありませんか」


 わなわなと震える私を見かねてコウマが横から口を挟む。基本的に彼は先程から兄を立てて会話の中でも静かに控えていたけれどつい口出ししたくなる程非常識だったらしい。だが諫言された当人といえば全く応えた様子が無い。


「お前が事前に知らせもなく人間を二人も拾ってきた訳だが、事情も知らぬ内から国の正式な客人として受け入れるつもりだったのか? 第一あそこを使えばたちまち面倒な輩にも知られる事となろう。その点長らく使われず放置されていた後宮なら人目につかず丁度いい」


 彼には彼で言い分があっての指示で一応筋は通っていることから下心あってのものじゃないんだろう……多分。それよりもだ、私がここへ連れてこられた時の状況をまだ聞いていない。


「私はどんな状態だったのですか?」

「それは私よりも本人に話してもらった方がいいだろう」


 促されるとコウマは面倒そうに頷きながら口を開いた。


「二日前の……まぁ明るい時間帯、気分転換に荒野に出ていた時のことだ。遠目にお前達が行き倒れていたのを見つけた」

「……意外と近所で倒れてた?」


 何てことだ。気分転換の散策で見つかる程度の場所にいたなんて。これもさっきの説明で聞いた『竜の許し』がないせいなのか。


「いや、人間が歩いて行くには厳しい距離だったかと」

「……それだとどうやってそんなところから連れてこれたんですか? 一人ならともかく二人ですよ?」


 一人だけなら背負うなり馬があるならそれに同乗させることがまだ可能だと言える。しかし子供含めてとはいえ人間二人を連れ帰るとなると言ってる事がむちゃくちゃだ。果たして本当のことを言っているのかつい疑いの眼差しで見てしまう。だけど彼は当然抱くであろう疑問を持つ私を鼻で笑う。


「竜の許しとは王家の血を引く者の許し。そして王族はどのような場所であろうと国へ繋がる道を開く力がある」

「ええ……そんな奇跡みたいなことってあるんですか……?」


 道を開く、というのもよくわからない。益々疑わしい言葉にそれ以外なんと答えるべきなんだろう。


「あるから、今お前がここにいるんだろ。今回の話にそこは重要でもないからどうでもいい」


 どうやらすっかり機嫌を損ねてしまったようだ。詳しい説明もなく打ち切られてしまった。何だか彼はさっきから私にだけ当たりがきつい気がする。何もした覚えが無いのにこれはあんまりだ。そんな彼がどういうつもりで私を助けてくれたのかもさっぱり理解出来ない。


「じゃあそんな特別な方法を使ってまで私達を助けてくれたのはどうしてですか?」

「目に付いたからだとしか」

「……はい?」

「たまたま行き倒れが視界に入って無視できなかった」


 まさかそんな単純かつ善意での行動とは思わなかった。彼がせめてもう少し人当たりの良い態度だったなら、それこそ彼の兄のような態度だったなら素直に感謝していたと思う。その兄の方はといえば何故か一人で遠くを見るような目をしていた。


「……そうだな、行き倒れを見つけたなら拾ってしまうのは、珍しくもないな」


 しみじみ語るヤツキ自身も人助けには異論はないようだ。だからわざわざ部屋まで用意してくれたのだろうけど。


「助けてくれて本当にありがとうございます。それで……その、今はお返しできるものが何も無くて。すぐにでも仕事を得て働くつもりですのでもう少しだけ待って頂けますか?」


 だからこそ助けてもらってそれで終わりとはいかない。食事も衣装もこれだけ尽くされて知らない振りをしてしまうと私は本当に惨めな存在に成り下がってしまう。何の見返りも無く単に施しを恵んでもらう事だけは我慢ならなかった。


「見たところまだ成人もしてないように見えるが、親や親類などの世話にはなれんのか」


 痛いところを突かれた。確かに十七歳の女の子が働いて返さなければならない状況は稀だ。親兄弟親類全滅くらいでしか。誰も頼れない理由、言いたくはないけどここで不誠実な事をしても利はない。むしろ後々知られた場合には最悪な事になる。問題はジュリアの前で話したくないというところなのだけど、お腹が満たされた上真面目な話に興味がないのかヤツキの膝の上で寝息を立てていた。

 今なら大丈夫だと意を決して私達が頼れる者がいない理由、荒野を彷徨っていた理由を告白した。


「成程、そのような罪があっては死罪も妥当ではある」

「父は冤罪です!」


 それだけはどうしても言っておきたい。父を知らない人にまで罪人として扱われるのは嫌だ。


「有罪でも冤罪でも今のそなたの現状に変わりはあるまい。……それに関係のない外国のこと、今この国で罪を犯したのでなければそなたを裁く権利のある者は存在しない」

「ここから他の国と繋がる事ができるものならやってみろという話だ」


 ……これはこの国に残る事を許してくれのだろう、多分。


「しかし、お前は馬鹿だな」


 受け入れられたと安堵すると私の決意を粉々にするような野次が飛んだ。こんな言い方をするのはこの場において一人だけだ。


「初めて訪れた国で当てもなく生きていけるのか」

「馬鹿は言い過ぎではあるが無謀なことは確かだ」

「それはそうですけど、宮殿を出て街へ降りたのなら仕事の募集くらいあるはずですよね?」


 畳みかける言葉に必死の反論をする。世の中には様々な仕事があることくらい私も知っている。身近に見るものでは屋敷のメイドや庭師、食事を作るコック。家庭教師も教える分野によって違う人が来ていたし野菜や花を育てるのも仕事だ。買い物に出かけた時にはそれぞれの店に売り子もいた。これだけ数多くある中で私自身に特別な技術がある訳ではないけど健康さなら自信がある。何とでもやっていけるはずだ。

 それを力説するとヤツキはコウマと顔を見合わせ頷き、机の上の私の手に自分の手の平を重ねておいた。


「難しい事は考えず、落ち着くまでここにいれば良いではないか」

「え!?」

「兄上!?」

「……どういった理由かお伺いしてもよろしいでしょうか」


 しれっと告げられた言葉の内容に私は絶句し、コウマはぎょっとして兄と私の顔を見返し、シュメイが淡々と説明を求めている。


「何をそこまで驚く。頼りのない異国の者を放り出すのは無責任ではないのか。紅真こそ拾って来たからにはそのつもりであったのだろう?」

「俺が考えていたのは精々宮殿の下働きとして雇い入れるくらいです! それをここまで甘やかしてやる理由がどこに」


 コウマの案でもきっと私は十分感謝していた。それを飛び越えての高待遇は理由が不明だからこそすぐには受け入れ難い。私にはそれをしてもらうだけの価値はないのだから。


「理由か。……私が彼女達を気に入ったと、それだけではいけないか?」


 ヤツキにとって私は随分と高く見られたようだ。こんな状況でもなければうっとりするような口説き文句である。


「それはつまり、こちらのお嬢様方を側室として迎え入れると?」


 しかしシュメイの言葉に一気に現実的な思考へ呼び戻される。気に入ったという発言といい、それなら高待遇も分かるが……妹まで餌食にする気か。まだ七歳の子になんてことを!

 どんな待遇でも妹に何かする気ならこんな場所に残れる訳がない。キッと睨み付けてやったが相手は全く意に介さない。


「まさか。そのような気があるのなら意向など窺わずに既に決まった事として告知するだけだ。私にはそれを許される力があるのだから」

「そういった気を全く持たずにいられるのも後継を求められる王として問題かと思われますが」


 シュメイの言葉がこれまでの見聞きした事情を補強する。正妃も側室も、後継も持たない独身の王。それが急にどこの誰とも知れない小娘を迎え入れるとなればこの騒ぎも当然だろう。


「……そなたの妹の為にもその方が良いと思うが、どうだろう」

「う……」

「この話を断り市井に降りたとしよう、幼い妹を一人置き去りにして生活の糧を得なければならない。生国で貴族であったというのならそれまでの暮らしとは大きく異なるであろう。急に環境を変えることは幼子の心身には悪影響があるのではないか」


 ヤツキの言い分は先程から確かにその通りだと納得がいくもので私にとって利点が多くむしろ悪い点など見当たらない。だからこそ言い分が整い過ぎていて胡散臭さと怪しさを同時に感じてしまう。それでも他に選択肢はなく受け入れるしかない。


「……では、しばらくの間よろしくお願いします」

「いずれ落ち着いて身の振り方を考えれば良い。せめてこの国について慣れてからだな」


 話がまとめられてこれからの生活は保障された。一部に納得していない人物もいるけど。

 反論を封じられたコウマがこちらを睨んできている。立場が上の兄に逆らえないのは分かるがそのうっぷんを私に向けないでほしい。


「お嬢様方に滞在してもらうのであれば後宮の専属を一人手配して頂けますか。此度は急な事でありわたくしが対応しておりましたがこれからともなると手が回らなくなるかと……」

「認めよう。人選は朱明に任せる」

「ありがとうございます」


 その間に様々な事が決められて、その手配の為か早々にシュメイが消えてしまう。王宮の事情を一切知らない私は口出しできずひたすら流されていた。癒しが欲しくてジュリアを見ると未だ気持ちよさそうに眠っている。……起きなくてよかった。

 ようやく長い長い話し合いが終わり、ひとまずこの場は解散となった。眠ったジュリアを起こそうと傍へ寄ったら何故かヤツキに制止された。


「起こすのも可哀想だ。このまま部屋へ連れて行こう」


 そう言って抱え上げて運ぼうとする。王様のすることとは思えなくて慌ててそれを引き留めた。


「あ、あの! 私が連れて行きますから!」

「しかしそなたは樹理の部屋を知らぬであろう。大した手間ではないのだから気にするものではない」

「部屋って……私とジュリアは別室ですか?」

「部屋ならいくらでもあるからな」


 目覚めるのが遅れた私への気遣いもあったのだろう、部屋があるのも本当だろう、ただこれまでの彼の振る舞いが妙にジュリアに構い過ぎのような気がして……嫌な予感がした。


「ジュリアはまだ一人で眠れないことがありますので、目覚めた時に私がいないと寂しがると思うんです! それにお世話になる身で部屋を二つも使わせるのは心苦しいです。今も人手が足りないと言っていましたし!」


 一気に建前の理由を並び立て反論する気を失くさせる。それが効いたのか少し引き気味になりつつ私の腕に手渡した。

 意識を失った人間は重い。けどこの重みすら私にとってはとても愛おしい。

 この時に目覚めてから初めて、心からの安堵ができた。ようやく、ようやくジュリアを抱きしめることができたから。

 放浪中はジュリアの前で弱音を吐けなかった。目覚めてからは状況が分からず向こうの手の内にいるから警戒心を解くこともできなかった。それらはジュリアが無事というだけで全てが霧散する。気が付いたら目から一筋涙が零れていた。


「……早く戻れよ」


 しみじみ喜びを噛み締める私に冷たい声に乗った言葉が告げられる。幸せな気分が台無しだ。恩人だけどやっぱり兄弟の弟は私にだけ厳しい。


「目覚めたばかりで気疲れもしただろう、ゆっくり休むといい」

「はい、失礼します」


 ヤツキの方は対照的に思いやり溢れる言葉を掛けてくれたのでその場を静かに退出した。

 人気のない廊下は冷え冷えとしていてかつて大勢の女性達で賑わっていたであろう頃とは程遠い。これからここに住むのだからもう少し見てみたいけど全力で体重を掛けてくるジュリアを抱いたままでは無理な話だ。

 部屋に戻ると乱れた寝具も整えられている……これもシュメイの仕事だろう。手際の良さには脱帽である。ジュリアを寝かせて装飾品を外し帯を緩めて重ね着を解く。私も同様に外していくと随分身体が軽くなった。

 特に何をすることもなく時間を余らせるかと思ったが、隣のジュリアの規則正しい寝息を聞いていると瞼が重くなってくる。たっぷり眠った後ではあっても心労が身体に休息を訴えている。私はその訴えに抗う事無く寝具の中へと潜り込んだのであった。

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