骨抜きモールス
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と、内容についての記録の一編。
あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。
くっ、くっ、くう〜……はあ、こんなもんか。
やっぱり現役時代より、固くなったかなあ、身体。長座体前屈、前だったら上半身べったりくっついたのに、ちょっとさぼったらこれだもん。柔軟しなおそっかな、本気で。
つぶらやくんはどう……って、ちょい、ちょい、ちょい! 固いなんてもんじゃないから、それ! すねと膝の間がやっとって……ちょい、ちょい、ちょい! 背中押してあげるから、もうひとふんばり!
ほら「にゃ〜」よ「にゃ〜」。鳴きながら、ゆっくりゆっくり。
別に猫のマネしろってわけじゃないわよ。この「にゃ〜」って声、力が抜けてリラックスするって話よ。身体が固い人ならね。
どう痛い? こんぐらいにしとく? はい、お疲れさん。
説教したくはないけれど、もう少し身体を柔らかくした方がいいかもよ。自分の時間優先っていう気持ちは分かるけど、いざって時に身体の固さからケガして、しばらく動けません……なんて悲しいでしょ?
とかいうと、今度はむきになって、がんがん柔軟するようになるでしょ。君は昔から意地っ張りで、負けず嫌いだからねえ。けど、度が過ぎたら過ぎたで、今度はおかしな目に遭う可能性も出てくるかもよ。
そんなことを思うきっかけになった、私の体験談。聞いてみない?
さっきも話した通り、私は昔、身体が柔らかかったのよ。運動部に入っている訳じゃなかったけど、小さい頃から柔軟運動が好きっていう、自分でいうのもなんだけど、変わった子だったわ。
教室で、座りながら自分のうなじに足を引っかけることから始まって、どこかの奇術師めいたあやしの動きも体得したわね。あの頃は、他人にできないことができると、英雄扱いだったから、私も調子に乗って、次々と大道芸を披露していったの。
けれど、ある日。友達の一人に注意されたわ。「あんまり目立ちすぎることしてると、要らない注目を集めちゃう」って。
調子に乗っていた当時の私は、その言葉を鼻で笑ってた。「持たざる者が、やきもちを焼いているんだ」と。
注目される自分が第一。諫言を容れられるほどの度量なんて、この頃はみじんもなかったから。
そんなある日の学校からの帰り際。私は通学路を少し外れた場所にある公園で、柔軟トレーニングをしていたわ。
学校から真っすぐ家へ向かっても、着くまでには二十分以上かかる。私のショーがクラスを越えた噂になり始めている時期も手伝って、家へ帰るまでの間にも、なまらないようにしておきたい。「人知れず修行している自分、えらい!」っていう気持ちがあったのも、否定しないわ。
そうして自分の芸に凝っていた私の耳に、防災無線による、定時の音楽チャイムが聞こえてきたわ。私の地域は「赤とんぼ」だった。
仮にも私は女の子。あまり遅くなると、親が心配する。
聞きなれたメロディをバックに、そばに転がしたランドセルを拾って立ち、足やおしりについた砂を、ポンポンとはたき落とし始めた時だった。
メロディを流し終えた後に続く、テレビの砂嵐に近い音。いまだ電源が入っている証拠で、いつもはほどなくぷつりと切れる、無線の残滓。そこに聞きなれない音が混じってきたの。
モールス信号、ととっさに感じたわ。「トン」の短音と「ツー」の長音。それらが複雑に混ざった音だったの。
私にモールス信号を聞き取れるような、知識はない。いったいどんな意味があるんだろうと立ち尽くしていたけど、突然、足に踏ん張りがきかなくなって、私は勝手に、両膝を折っちゃったわ。そのままおしりもつけちゃって、はからずも、その場で正座しているような格好に。
けど、その姿勢なら、おしりに敷かれてしまうはずのふくらはぎが、「ずん」と沈んでしまったの。まるでふかふかの枕に、腰をかけてしまったみたい。
無意識に、あてにしていたおしりの置き場所を奪われ、バランスを崩す私。とっさに両手を後ろについて、のけぞり切るのは止まったけど、膝から先の両足に力が入らない。
おそるおそる、足の先を見て、私は悲鳴をあげちゃった。
ふくらはぎ、すね、足首……そのいずれもが、半紙のような薄さの皮を残して、ぺしゃんこに潰れてしまっていたの。
ぴったりのサイズだった靴も、外れて転がっているのが、見て取れた。そこに収まるべき主人は、猫柄の靴下を残して、消えてしまっていたの。しかも、痛みが全然ないんだ。
膝だけじゃ立てない。歩けない。帰れない。そして、モールス信号はいまだ続いている。
この公園は、民家からも少し距離を取られている。全力で叫べば、誰か来てくれるかしら。
私が声を張り上げようとした時、無線からのモールス信号が、ふっと止んだわ。とたん、両足の感覚も戻る。自分のおしりの重さを、確かに感じる、ふくらはぎの感触。すねや足首や、その先の足も、おしりと地面の板挟みになって、かすかなしびれを覚えたわ。
助かった、と言えるのかしら? 私は肉と感覚が足に戻るや、とるものもとりあえず、家へと取って返したの。
自分の部屋に戻ると、あの時、確かに存在しなかった両足を、何度もぎゅっ、ぎゅっとマッサージしちゃったわ。
翌日。昨日のチャイムでおかしいことがなかったか、クラスのみんなに聞いてみたけれど、望んでいたような答えは得られなかったわ。あのモールス信号じみた音、どうやら私しか耳にしていなかったみたい。
それからというもの、私が一人になる時を狙いすまして、あのモールス信号らしきものは聞こえてきたわ。そして私は、文字通りの骨抜きになる。
被害は足だけにとどまらない。場合によっては、腰や胸、頭さえも、「すっぽり」と中抜きされた。もちろん、身体を支えられずに倒れる羽目になったわ。
頭の時は、本当に気持ち悪いの。引力が働いていないみたいでね、ふわふわと左右に揺れる視界を見ながら、ゆっくり床に倒れていくの。
頭の重さもないから、床にぶつかる時の痛みもない。「かさっ」という音がして、これ以上目線が下がらなくなって、「ああ、倒れたんだ」とようやく実感できる。そんな有様。
モールス信号の仕掛け人も、あの日の公園で学んだのか、私は声を出すことができなかったわ。床に敷かれた反物のように、ただ身を横たえるしかない。そして、人の気配がすると、モールス信号は止まり、奪われた身体も戻ってくる。
どうにか、この異常事態を分かってもらいたかったけど、いつ来るか分からず、いざ人が来れば姿を消してしまう変調を、どう訴えればいいのか。
私はストレスを募らせるばかりだったわ。
不本意ながら、例の事案に慣れ始めてしまった、数ヶ月後。
私は日直や委員会の仕事があって、少し遅くまで学校に残っていたわ。どうにかそれらをこなして、昇降口を出たとたん。
モールス信号。ほどなく崩れる、私の姿勢。でも、今までとは段違いの症状だった。
体全体が、のっぺりとした状態で横たわっていた。ただ寝転ぶより、ずっと目線が低くなって、手のひらも肌色の池のようにぺらぺらの状態。もちろん微動だにできず、きっと私は干物のようになっていただろうな、と感じたわ。
モールス信号は、まだ止まない。もう慣れっこになっていた私は、早く誰かが来てくれないかと、ため息をついたわ。実際に出たのは、「こひゅっ」という喉の音だけだったけど。
「あっ」と頭上から大きな声が響いたのは、それからほどなくしてからだったわ。
なんだ? と思っても、私には首をもたげるだけの、筋肉がない。辛うじて、視線を上に送ろうとした時。
ぐわん、と視界が揺れる。平べったくなっている身体に、かすかな衝撃が走ったわ。
何かが降ってきたの。私の身体の上に。
目の前で何度かバウンドして、ようやく動きを止めたそれを見て、息をのんじゃったわ。
それは、大きなテレビだった。つい最近買って、この昇降口の真上、四階のところにある視聴覚室に置かれているはずの、60インチ越えの大画面。
それが私の目の前に転がり、自慢の液晶に無残なひび割れを被っている。
「人が倒れているぞ!」と、追いかけるように声が降ってきたわ。ほどなく、私の身体に骨が戻る。ぶつかったと思しきところは、もう全然痛みがない。
先生方が駆けつけてきた時、私はすぐに保健室へ運ばれ、救急車にも載せられる。病院で検査も受けたけど、異常なしとのことだったわ。
あの骨抜きのモールス信号。もしかしたら、防災訓練だったのかも知れない。
本来ならば、あのテレビに直撃して、ただでは済まなかった私の身体。その被災を防ぐためのね。