8
「力になるって、どうしてきみがそんなことするんだい」
「信用できないって?」
うん、とアリアは頷く。ユリウスにはアリアを手伝う理由がない。無償の優しさを信じられるほど、アリアは子供ではなかった。アリアの返事に、ユリウスは長い藍色の髪を掻くと、困ったような表情になって黙り込んだ。
「なんだか、お前には俺に足りないものがある気がするんだ。俺はそれが知りたい。上手く言葉にできないけど、それが理由じゃだめか? 」
しばらくしてユリウスの口から出てきた言葉は、とてもアリアを納得させるものではなかった。しかし何故かアリアは直感で、この人は信用できるとも感じていたのだ。この瞬間、アリアは自身の中で繰り広げられる感情と理性の壮絶なせめぎ合いに戸惑っていた。
ーーなんのメリットもなく助けるなんて信じがたい
彼は自分に足りないものを探したいと言っていた。それは十分彼にとってメリットではないか。
ーーそもそも魔術の使えない彼に利用価値などあるのか
エーヴィが「裏町で負けなし」と言っていた。それは彼が十分に強いからだ。
ーー万が一彼が自分をはめるつもりだったらどうする
全力で切り抜けるまで。そもそもすでに八方塞がりであるから彼に頼るほかに道はない。
理性が問いかけるもっともな質問にアリアは脳内で回答していく。どれも自分の行動を正当化する為のこじつけのような気がしてならないが、アリアの「感情」は信じられないほど頑固でしぶとかった。最終的に理性が根負けし、アリアが直感に従って動くことを了承した。アリアにとってこれはおそらく生まれて初めてのことだった。
ーーでは、最後に己に問う……あの男をそこまで信用できる理由はなんだ
理性が捨て台詞のように放った質問にアリアは言葉を詰まらせる。本当はその理由をアリアは知っているが、言葉にすることがどうしてもできなかった。なぜなら、それはこじつけの理論ですらない、本当にただの子どもじみた感情だからだ。かろうじて動く脳細胞を総動員して、アリアは自身の思考に決着をつけるため、問いに答える。
……お兄様に、ユリウスがお兄様に似ているから。なぜか、彼を見ると安心できるから。不安な気持ちが、少し和らぐから。
本当に馬鹿らしい。どんな言い訳をしようと結局くだらない過去の記憶にすがっているだけだった。だけど、言葉にしてみるとそれは抗いがたい効力を持っていた。その力に突き動かされるように、アリアの口がゆっくりと取り返しのつかない言葉を発しようと動きだす。
「わかった、ひとまずはきみを信じてあげるよ」
言ってしまった。アリアは一気に後悔の念に狩られたが、同時になにかをやりきったかのような安堵感も抱いていた。
「で、とりあえずの作戦は?」
一度走り出すと、抵抗もなくすらすらと言葉が滑り出す。アリアは投げるようにユリウスに問いかけた。ユリウスはまた優しそうな笑顔を向けると、その口で作戦を告げた。
「さっきの男を仲間に引き入れよう」
突拍子も無い作戦に、しかしアリアは実現可能だと感じてしまう。
「いいよ。その作戦、乗った!」
そうしてアリアの人材確保作戦は、不確定要素を孕んだまま第2段階に進んだのだ。