第68話「暴食の再来」(1)【挿絵あり】
突如として現れたベルゼバブ。ベルたちは無事でいられるのか⁉︎
改稿(2020/09/28)
ベル、リリ、アレンの3人は車を捨て、暗い森の中をひたすら走っていた。彼らが進むのは、最初ベルがベルゼバブの姿を目撃したのとは、反対の方向。
もはや彼らはどこに進んでいるのか分からなくなっていたが、今はベルゼバブから逃げることが最優先だった。たとえ森からルナト側に戻ることになっても、暴食の悪魔からは逃れなければならない。
「ベルゼバブがいるってどういうこと?」
「森の奥にベルゼバブがいたんだよ!とにかく今は逃げるぞ。アドフォードで散々痛めつけたのに、あいつピンピンしてやがった」
ベルはアレンを抱きかかえて走っている。信じたくはないが、それはたしかにその目で見た真実だった。決めつけることは出来ないが、あのベルゼバブは幻ではなかったように見える。
「もう私たちに追いついたって言うの?一体どうやって私たちの居場所が分かったのよ!」
「知るかよ!見たもんは見たんだ!あの時の俺の黒魔術でも、ジェイクさんの秘策でも倒せなかったってことだ」
ベルは焦りを隠せなかった。ベルゼバブはベルがアローシャ以外で、初めて対面した悪魔。その鬼のような形相は、片時もベルの脳裏を離れない。ベルが1年前、一時的に記憶を失ったのもベルゼバブが原因であり、アドフォードにいる時もあの悪魔は何度もベルを苦しめて来た。
「追いつかれたらどうするのよ!」
ようやくリリもこの絶望的状況を理解し始めていた。苦労を重ねてようやく追い払ったはずの悪魔が再び姿を現し、すぐそこまで迫っている。
「その時はその時だ‼︎全力で戦ってやる!」
冷や汗を流しながらも、ベルは力強くそう言った。追いつかれずに逃げ切れることが1番だが、もし追いつかれたその時は、戦うしかない。
もしかしたら勝機はあるかもしれない。こんなことを言うのは彼の本望ではないが、アローシャが目醒めればチャンスはある。
「おいおい……」
ベルは目の前に飛び込んで来たものを見て、言葉を失う。突然3人の視界に赤い光が飛び込んで来た。その光の正体は、あの“呪いの椅子”を燃やすアローシャの炎。そこに現れたのは、紛れもなく呪いの椅子だった。ゴーファー邸にあったはずのディア・サモナーが今そこにある。
「何よあれ………」
呪いの椅子をその目で見たことのないリリは、その異様な光景を前に息を呑む。アレンもまた、その禍々しい存在に恐れを抱くのだった。
「逃げても無駄だ小僧」
それでも走り続ける3人の耳に届く声があった。それは3人とも聞き覚えのある声。しゃがれた独特の声。
「いつか必ずお前を殺す。次会う時はお前が死ぬ時だ。覚えているか?」
ベルはその声にハッとし、立ち止まる。その台詞はベルゼバブがベルに放った言葉。悪魔の空間で見事ベルゼバブに打ち勝ったベルが聞いた言葉だった。
その言葉を聞いたベルは意を決して、抱えていたアレンを地面に下ろすと、後ろを振り返る。
3人の背後に立っていたのは、紛れもなくベルゼバブそのものだった。ベルがさっき見た姿の通り、傷1つなくピンピンしている。その嫌気の差す顔ももちろん健在で、3人を不快にさせた。
「おーこわ。悪魔様もお暇だな。1人の人間をここまで追い回すなんてよ。よっぽど俺たちに負けたのが悔しいんだろ?」
ベルゼバブから逃れられないことを悟ったベルは、気持ちで押されないように、強気な態度を取った。ベルゼバブに自分が怯えている様子を見せるわけにはいかない。強がった自分を演じることで、ベルは自分を勇気付けていた。
「悔しいのではない、許せんのだ‼︎」
目の前にいるベルゼバブは言動までベルゼバブそのもの。それは彼が本物であることを裏付けていた。ついに3人に追いついたベルゼバブは決して幻などではなく、本物の悪魔だ。
「俺たちはアンタと違って忙しいんでね、アンタに構ってる暇はねえよ」
「おっと、逃さんぞ。お前は生きて俺から逃れることは出来ん‼︎」
ベルはそのまま直進するも、当然ベルゼバブがそこを通してくれるはずはなかった。
「まだその身体は自由が効くようだな。アローシャは閉じ込められてばかりか。それでは鬼宿の扉に閉じ込められていた時と何ら変わらないじゃないか」
道を塞ぐベルゼバブは、ベルの前をうろうろしながら何やら呟いている。鬼宿の扉。それは教皇の口からも聞いた言葉。悪魔とオズを隔てる扉のことだ。
「何ブツブツ言ってやがる……さっさと決着つけようぜ」
そのつぶやきをベルは気にも留めなかった。今はベルゼバブの発言を細かいところまで分析している余裕はない。
「まあそう焦るな。心配せずとも、お前のことはゆっくりと殺してやる」
「……………」
ベルはベルゼバブに違和感を抱いていた。普段ならこの悪魔はすぐにでもオーブを食べようと襲い掛かってくるはず。だが、彼が今すぐ襲い掛かって来る様子は見られない。
「そんなに悠長に構えてると、あの時みたいに痛い目みるぜ?」
「どうせハッタリだ。この短期間での成長など、たかが知れている。人間ならば、なおさらだ」
ベルゼバブはベルのハッタリを瞬時に見抜く。悪魔の言う通り、ベルの実力はアドフォードにいる時とさほど変わっていない。変わったことと言えば、新しい技をひとつ、ふたつ覚えたくらいだ。
「アンタがそうしてる間に俺たちがまんまと逃げ切る可能性だってあるぜ?そうすればアンタの手が届かないところまで逃げてやる。ほら、悪魔が入れない場所とかあるんじゃねえの?知らねーけど」
さっきからベルは思いつきで発言を続けている。もちろんベルには悪魔から逃げ切る自信などないし、悪魔が侵入出来ない場所なども知らない。
「俺の手の届かない場所だと?そんな場所をお前は知っているのか?」
「せ、聖なる何とかみたいな……そんな感じのところには入れないんじゃねえの?」
痛い所をつかれたベルの口調は、一気に勢いをなくした。ベルゼバブの言う通り、そんな場所は知るはずもない。
「ハハハハハ、そんな場所はまだ知らないようだな。安心しろ。お前がその場所にたどり着く前に、そのオーブを頂いてやる」
ベルゼバブのその言葉は、そういった類の場所が存在することを暗に示していた。
「アンタなんかに捕まってたまるか。その、聖なる何とかみたいな場所に絶対たどり着いてやる‼︎」
「お前がどこまで逃げようが知ったことではない。対象をどこまでも追いかけることの出来る仲間が、俺にはいる」
「仲間?悪魔にも仲間って概念はあるんだな」
「……確かに、悪魔は他の悪魔を仲間と見なすことはない。悪魔は言わば家族のようなもの。今のお前には到底理解出来んだろうがな!」
ベルゼバブには仲間がいる。その仲間を家族と呼んでいると言うことは、それほど関わりが強く、結束力があると言うことなのだろうか。
「うるせーな。それで、そんな便利な力を持った“お仲間”なんてホントにいるのか?」
「その“家族”と言うのはだな……そうだな、このオズのはじまりと結びつけて話してやろう」
ベルゼバブは早速その悪魔について話し始めた。
「今でこそ世界中に人間が存在しているが、かつてお前たち人間は“はじまりの楽園”で暮らしていた。遥か昔その楽園に、人間がひとり暮らしていた。アダムと言う人間が」
「そのアダムとか言う奴が、お前のお仲間と何か関係あるのか?」
「黙って聞け。そしてアダムは恋に落ちる。その楽園には、もう1つの存在があった。アダムは妖艶なその存在に魅了された。彼女はその名を、リリスと言った」
ベルゼバブは続ける。知識のないベルは知らないようだが、リリには聞いたことのある話だった。
「リリスは誘惑の魔女、悪魔だ。“最初の人間”アダムの存在を知ったリリスは“はじまりの楽園”に侵入し、アダムと関わりを持つことになる」
「そのリリスって奴がお前の頼れるお仲間ってことか。そいつがどこまでも追いかける能力を持ってるんだな」
「そうだ。リリスの力を持ってすれば、どこまでもお前を追いかけることが出来る」
「その……聖なる何とかって場所でもか?」
「神、信仰。そんなものは人間の願い、理想の対象でしかない。悪魔を信仰する人間だって少なからず存在する。お前もよく知っているだろう?本当の聖域など、この世界にはほとんど存在しない」
それを聞いて、ベルの脳裏に真っ先に浮かんだのはルナト教だった。ルナト教はまさしく、悪魔を信仰する宗教だった。彼らは月の神だと言っているが、その正体は月の女神アスタロト。そもそもこの世界に、神や天使はいるのだろうか。そんな疑問がベルの頭に浮かぶ。
「…………やっぱやめた。俺はアンタから逃げたりしない。アンタなんか怖くも何ともない」
ベルは唐突に態度を一変させる。
「フン。貴様のその自信は、一体どこから湧いてくるのか……いいだろう。お前がそのつもりならば、俺がこの場でそのオーブをいただこうではないか」
ベルゼバブは被っていたフードを外した。
「本当の俺と戦いたければ、その椅子に座れ。本気で相手をしてやる」
ベルゼバブがそう言った瞬間、ベルの背後に呪いの椅子が現れた。この椅子に座れば、再びベルはあの真っ暗な空間に転送され、ベルゼバブを倒さない限り閉じ込められてしまう。
「悪いがそれは遠慮する」
「いい判断だ………」
見栄を張りつつも、ベルの判断は懸命だった。1度あの空間でベルゼバブと戦ったことがあるが、この悪魔は胃袋を爆破されてもすぐに元どおりの状態に回復していた。椅子の先に繋がっている空間で戦うのは、頭の良い判断とは言えない。
今まで襲って来ることもなく長々と話を続けるだけのベルゼバブだったが、それももう終わり。ついに戦闘態勢に入ったベルゼバブの腹部は一瞬にして膨張し、体内で生成されたものが口まで上ると、そこから茶色い炎が溢れ始めていた。
「それしか出来ないのか?そんな汚い炎は屁でもないね」
ベルは余裕をかましている。ベルゼバブが腐炎を吐き出そうとしているのは一目瞭然だが、炎の黒魔術でアローシャの炎に勝るものはない。アローシャの魔法陣を使えば、簡単に吸収出来てしまう。
「もう手加減はせんぞ。ここがお前の墓場だ‼︎」
ベルゼバブが自らの腹を叩くと、ありえないほどに開かれた口から、腐炎が飛び出した。アドフォードを包み込んでしまった腐炎よりも量は少ないが、それは人間1人を相手にするには十分すぎる量だった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
ベルたちの行く手を阻むベルゼバブ。リリとアレンを護りながら、ベルはベルゼバブに打ち勝てるのか!?




