第67話「幼き日の面影」(1)
昔を思い出していたベルは、暗い森の中にたどり着いていた。怪しい雰囲気満点の森の中でベルが見たものとは⁉︎
改稿(2020/09/27)
Episode 8: Illusion in the Dark/暗黒の幻惑
光の届かない森の中、リリは危ない運転を続けていた。相変わらず深緑色の車は必要以上に揺れながら、森の奥へと進んでいく。アレンは気分を悪くするどころか、そのアトラクションのような揺れを楽しんでいた。
しばらく過去を追体験していたベルだったが、リリの乱暴な運転によって現実に引き戻される。ベルには、これ以上大人しくこの車に乗っていることは出来なかった。
「もう無理だ‼︎お前の運転する車に乗るくらいなら、歩いた方がマシだ!」
「うるさいわね!そんなこと言うなら、ホントに歩いてもらうわよ!」
ベルの言葉は、自分が運転に慣れて来たと思っていたリリの癇に障る。リリの運転技術が最初の頃と比べて大して変化していないのは、言うまでもない。
「あぁ、そうさせてもらうぜ!」
「何よ!
……………………………うわぁぁぁぁぁぁっ‼︎」
反抗的なベルに、再びリリが言い返そうとしたその時、車に変化が起きる。突如としてヘッドライトの光が消え、3人の視界は真っ暗になってしまった。取り乱したリリは、慌ててハンドルを無闇に何度も切ってしまった。
ガッシャーン!
その結果、リリの操縦する車は何かに激突してしまった。森の中だから、おそらく車がぶつかったのは木か何かだろう。何かにぶつかった衝撃で、リリとベルはフロントガラスに思い切り頭をぶつけてしまう。
「痛いっ‼︎」
「痛ってぇーっ‼︎」
2人は同時に声を上げた。ベルとリリに挟まれるようにして真ん中に座っていたアレンは、幸いどこかに頭をぶつけることはなかった。
「……もう2度と絶対、お前の運転する車には乗らないからな!」
不機嫌な表情で、ベルは右手に炎を灯す。アドフォードの炭鉱でしたように、炎を松明代わりにして辺りを照らすつもりだ。
車の前方が炎により照らされると、車が大木と正面衝突していた事が明らかになった。ボンネットは原型を留めておらず、そこからは煙が立ち昇っていた。
「…………えへへ」
あられもない姿になってしまった車を目の当たりにしたリリは、笑ってその場を切り抜けようとする。彼女は、せっかくランバートから譲り受けた車を大破させてしまった。
「運転出来ねーなら、最初っから運転すんな」
「だって!さっきまでは上手くいってたわよ?急にライトが消えたせいよ!」
「お兄ちゃん、お姉ちゃん。喧嘩しないで!」
2人が口論していると、そこにアレンが口を挟んだ。ベルとリリは、アレンにとっては両親のようなもの。大好きな2人が言い争いをしている所を見たくないのだろう。
「………………」
アレンの主張は、その場に沈黙をもたらした。ベルが黙って車から降りると、リリとアレンも黙って車から降りる。3人が立ち止まったのは、真っ暗な森の中。天を覆ってしまうほど生い茂った木々は、どこまでも背が高く、この森を暗闇に閉じ込めてしまっている。
まだ外は明るいはずなのに、太陽の光は森の中に一切届いていない。森の中は完全なる闇に支配されていた。ベルの炎がなければ、身動きすら取れないだろう。
「ふわぁぁぁ……」
しばらく続いた沈黙を破ったのはリリ。彼女は周りの目を気にすることなく、大口を開けてあくびをしている。
「………………ルナトじゃ色々あったからな。寝ていいぞ」
リリへの当たりが強かったことを反省していたベルは、気遣いを見せる。確かにルナトで過ごした最後の日は、様々な出来事が起こった。まともに睡眠も取らず、3人は長いこと戦っていたのだ。
「こ、こんな暗くて怖いところで寝れるわけないじゃない‼︎」
リリの返事は、ベルが全く予想だにしないものだった。彼はリリからてっきり感謝されるものだと思っていたからだ。
「文句言うんじゃねえよ!ここまで来りゃ月衛隊も当分は追いつかないだろ。寝るなら今だぞ」
「分かったわよ……」
リリは不満げにベルに答えた。本当のところはもっと口論していたいところだったが、彼女は睡魔に襲われていた。
「⁉︎」
その時、なぜだか森の中がほんの少しだけ明るくなった。まだまだ暗いが、その先に何があるのかが、わずかに視認出来るようになった。木々の隙間から日差しが届いたのだろうか、これは3人にとって好都合だった。
「じー……」
森の中を薄明かりが照らすようになってから、リリはベルの顔をずっと見つめている。なぜだか彼女は不満そうな顔をしていた。
「な、なんだよ。お前が考えてるようなことはしねえよ!このエロ娘」
リリの心の内を察したベルは、光の速さで彼女の考えを否定する。
「わ、私が何考えてるって言うのよ!君の想像してるようなことは絶対ないんだから!エロガキ‼︎」
ベルに対抗して、リリも必死に否定する。リリは頰を赤らませ、足元に落ちている落ち葉を集め始めた。車の傍のこの場所で、ひと眠りするつもりなのだろう。
「ねえ。アレン君は全然眠そうじゃないけど、大丈夫?」
ふとアレンのことが心配になったリリは、隣で一緒に落ち葉を集めていたアレンに声をかける。
「うん!僕のことは心配しなくていいよ。お腹も空いてないし、眠くない!でもお姉ちゃんが寝るなら、僕も寝る!」
アレンはとびきりの笑顔でそう答える。3人の中で1番体力のないはずのアレンがピンピンしている様子を見て、リリは違和感を抱いていた。
「俺はそこら辺の様子見てくる」
「ちょっと‼︎安心して眠れないじゃない!」
「不安なら、俺が帰って来るまで寝なきゃいいだろ」
不安を抱くリリをよそに、ベルは彼女の視界から消えてしまった。ベルが去った後、なぜだか無数の目が自分を見ているような気がして、リリは眠れなくなるのだった。
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しばらく経って、ベルは車が停まっている場所から少し離れた場所を歩いていた。何が潜んでいるか分からない薄暗い森の中を、炎で照らしながら。
「…………」
歩くベルの視線の先には、食い荒らされた獣の死骸が転がっていた。そこから放たれる強烈な腐臭に、ベルは思わず鼻をつまむ。
「気持ち悪りぃな……」
そのまま進むベルの行く先には、先ほどと同じような獣の死骸がそこら中に転がっている。そのどれもが腐敗していて、ハエがたかっていた。彼の視界に広がるのは、明らかに異様な光景。獣を狩る正体不明の怪物が、この森の中に潜んでいるのだろうか。
腐敗した獣の死骸は、規則的に並んでいるようにも見えた。それはまるでベルをどこかに導いているかのようだった。
しばらく道を進んで行くと、ベルの目に光が飛び込んで来た。まだ森の外は明るいはず。ようやく森の外に出ることが出来たのだろうか。ベルは明るい気持ちで、獣の死骸をたどって行った。
「ここは…………」
光の元にたどり着いたベルが目にしたのは、懐かしい景色だった。ベルの目の前には不思議なことに、彼の故郷リオルグにある森の景色が広がっていた。
ベルたちはセルトリア王国のルナトから逃げて来た。砂漠を越えなければ、リミア連邦リオルグにたどり着くはずはない。ベルはそれを理解していたが、懐かしい光景に思わず魅了される。
「………………兄ちゃん?」
そしてベルは、さらなる信じ難い光景に目を擦る。光溢れる森の中に現れたのは、見覚えのある人物だった。
そこにいたのはベルの兄ヒューゴ。彼もまた今この場にいるはずはないのだが、ベルの目は釘付けになっていた。
「アンカー?アイリス?」
その後も、次々とベルは懐かしい顔を目の当たりにする。ベルの兄ヒューゴの傍に佇んでいいたのはアンカー、そしてアイリスと言う人物。2人ともベルの幼馴染で、彼らは兄妹だった。
「何でお前らがいるんだよ……」
ベルは信じられない光景を前に、何度も目を擦った。幼少期を共に過ごした友が、今目の前に存在しているのだ。 11年前のブラック・ムーン事件により、4人は離れ離れになってしまったが、今彼らは再会を果たした。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
森の奥に進んでいくベルの前に現れたのは、そこにいるはずのない人間たちだった……




