第66話「炎の印」(2)【挿絵あり】
「まさかこんなところでお前に会えるとはな、10年だ。10年経ってようやく復讐出来る。お前の持ちもんなんて何も要らねえ、俺が欲しいのはお前の命だ‼︎」
ガランは笑っている。全てを失った彼は、たまたま自分を救ってくれた盗賊団と生活を共にしていた。ガランは故郷と共に、過去の自分は死んだものとして生きて来た。苦しすぎる過去に蓋をして、知らない顔をして生きてきた。
しかし、今ガランは彼の全てを奪った張本人と対面している。
「知ってるか?ヴァルダーザは今も燃えてるんだ。お前が起こした事件の後、すぐに消火活動が行われた。でもな、10年経った今でも燃えてるんだよ。お前は俺の故郷に呪いを掛けた。命で償ってもらうぜ?」
アローシャの炎は地獄の業火。それは人間の力では到底消すことの出来ない、永遠の炎。数えきれないほどの命を奪った炎は、10年経った今でも赤々と燃え続けている。
「…………じゃない」
「は?」
ベルは聞き取れないようなか細い声で何やら呟く。当然それが聞き取れなかったガランは、高圧的な態度で聞き返す。
「俺じゃない」
ベルはもう1度、ガランに聞こえるようにそう言った。
「はぁ?ふざけたこと抜かしてんじゃねえぞ!俺の故郷を焼き払ったのはお前だ!」
その言葉はガランの怒りに火をつける。確かにヴァルダーザを焼き払ったのはベルではないのだが、それはガランにとって到底理解出来るようなものではなかった。
「俺じゃない‼︎俺の中の悪魔がしたことだ!俺はそんなことしない!」
ベルはあくまで身の潔白を主張する。
しかし、それは到底ガランには受け入れられるものではなかった。ベルにどんなことを言われようと、ガランの意見が変わることはない。
「それがどうしたって言うんだ!そんなもんは関係ない‼︎俺の人生を奪ったのは間違いなくお前だ‼︎それ以上喋ったら即殺すぞ」
ガランの怒りのボルテージは最高潮に達している。ベルのガランに対する言葉は、まさに火に油を注いでいるようなもの。ベルが何を言おうと、ガランの怒りは増していくばかり。それが言い訳じみていれば、なおさらだ。
「待ってくれ!」
それでもベルは諦めずに弁明しようとする。ベルの言うことは間違っていないのだが、それを証明することは出来ないし、ガランにとって“ヴァルダーザの大火”の犯人はアローシャではなく、間違いなくベル・クイール・ファウストなのだ。
「もう十分だ。テメェの言い訳は聞き飽きた。大人しく死ね」
ついにガランはハンマーを構えて臨戦態勢に入る。今この状況でベルが無実を証明することは不可能であり、ガランの怒りや憎しみを拭い去ることもまた、不可能だった。
「…………………」
ベルは自分の思いが届かなかったことを知り、息を呑む。この時のベルには、一切戦闘経験がない。アローシャの力が使えると分かっていても、まともに戦える自信がなかった。加えて、目の前にいる敵が自分のせいで人生を狂わされた人間だと知ればなおさら、どうしたら良いか分からなくなるのだった。
「死ねぇーっ‼︎」
低く身構えたガランは、ベルの胴体を狙って巨大なハンマーを思い切り振る。重力に逆らうようにして低い位置から振り上げられた金属の塊は、真っ直ぐにベルの胸部を狙っていた。
「ぐっ‼︎」
ベルは身体を捩らせて、その攻撃を回避しようとするものの、間に合わずにハンマーによる打撃を受けてしまう。
その一撃はベルの肋骨に直撃し、容易く骨を折ってしまった。
「ハァーッハァーッ……」
肋骨を折られたベルはその痛みに苦しみながら、肩で息をする。武器を持つ者と、持たざる者。加えてベルは戦闘経験のないひ弱な少年。戦闘経験豊富な盗賊には敵わない。
「チェッ。死ななかったか。まぁいいや。じっくり甚振りながら殺してやる」
もはやガランの殺意は抑えられない。砂漠で金品や食料を奪って生活している彼にとって、人の命を奪うことも難しいことではないのかもしれない。
巨大な鉄の塊を振り回す彼の一撃の威力は、相当のものだった。経験も知識もないベルにとっては、お手上げの状況だ。
このままでは、ベルはガランの手によってなぶり殺されてしまいかねない。罪を償うべきはベルではなく、アローシャであるのに。
「俺の家族が味わったのより、深い苦しみを味あわせてやるよ!」
ガランはそう言って次の攻撃を繰り出す。振り上げられたハンマーは、ベルの腹部を目掛けて襲い掛かった。
「かはぁっ‼︎」
その一撃は、再びベルにクリーンヒットする。まだガランは攻撃を始めたばかりだが、ベルはすでに瀕死状態だった。辛うじて立っているような状態で、あと一撃でも食らえばひとたまりもないだろう。
虚ろな目になっているベルは、フラフラしながら何とか体のバランスを取っている。
「いいねえ、いいねえっ‼︎もっと苦しめ‼︎まだまだ死なせねえぞ!」
そう言いながら、ガランはハンマーを大きく振りかぶる。さっきよりもタメが長く、この一撃が直撃すれば、今度こそベルの命はないかもしれない。ベルの殺害を目論むガランの灰色の瞳は、確実にベルの頭を狙っていた。
次は頭に鉄の塊をぶつけるつもりだ。頭にあれを食らえば、ひとたまりもない。ベルは絶体絶命の状況に陥っていた。
「くっ………」
為す術を失ったベルは、顔を守ろうと思わず両手を動かす。腕をクロスするようにして、ベルは本能的に顔を守ろうとした。両の掌はガランに向けられている。
死を覚悟したベルは、思い切り目をつぶった。もはや万事休すか、そう思われたその時。
ボォォ…………
何やら今までとは違う音がベルの耳に届く。ベルが恐る恐る目を開くと、そこには顔を燃やされ踠き苦しむガランの姿があった。ガランの顔は炎に包まれ、両手で顔をはたきながら地面に倒れこんだ。
「がぁぁぁぁっ!」
ガランは声にならない声をあげている。ベルは燃え盛るガランと、自身の右掌にある炎の印を見比べた。ガランの顔面を燃やす炎は、ベルの右掌から放たれたものだ。
燃え盛るガランを見て、ただただ呆然とするベル。魔法陣の使い方すらもよく分かっていないこの時のベルは、ガランを燃やす炎を消し去ることが出来なかった。
やがて炎は自ずと消えた。ガランは気を失い、その場に横になった。
「………………」
ベルはゆっくりとガランに近づき、その安否を確認する。胸は上下しているため、呼吸はしているようだ。この時、ベルはブルーセの言葉を思い出していた。
“どんなに大怪我をしても、綺麗さっぱり元どおり。折れた骨も、開いた傷も、全てなかったことになる”
星空の雫だ。ベルは懐に閉まっておいた青い小瓶を咄嗟に取り出し、栓を開けた。
そして徐に星空の雫をガランの顔に数滴垂らすと、続いて1滴を自分の口に垂らした。
するとブルーセの言った通り、苦しみは一切取り除かれ、先ほどガランに受けたダメージが嘘のように消えてなくなった。これがベルが初めて星空の雫の効力を知った瞬間だった。
ガランはいずれ出会うはずだった命運の敵。アローシャがヴァルダーザを燃やしたという事実は消えずに残り続け、ベルが生きている限りガランは追いかけて来る。これもブラック・サーティーンとしての宿命だった。
自分の背負った十字架の重さを思い知りながら、ベルはアドフォードへと再び歩き出す。 そんな彼は、しばらく右掌の炎の印を見つめていた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
今回は新キャラ登場でした。ガランです。ガランのベルへの復讐は成功するのか? しばらくは出てきませんが、ガランは再び登場します!




