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第65話「星屑の泉」(2)【挿絵あり】

「ここは星屑の泉。人々が幻のオアシスと呼ぶ場所じゃ。普通の人間には、この場所を訪れることは出来ない。限られたごくわずかな人間しか、この場所を探し出すことは出来ないんじゃ」


 星屑の泉。ベルには全く聞き覚えのない名前だった。星屑の泉と言う言葉を聞いた途端、ベルの視界がなぜだか(かす)んだ。


「じゃが不思議なことに、お前さんはこうしてここにおる。なぜだか分かるか?」


 ブルーセの質問に対し、ベルは首を傾げるだけ。そんな質問の答えを、ベルが答えられるはずがなかった。


「それはお前さんが空っぽだからじゃ。人間以外なら話は別じゃが、ここに来ることが出来るのは、空っぽの人間のみ」


 ブルーセの言っていることは意味不明だ。


「さっき目が霞んだじゃろ?知識を得れば得るほど、星屑の泉は人間の目から見えなくなる。だから、記憶を失くしたお前さんのような人間だけがたどり着ける。そういうわけで、お前が何者であるかを教えないんじゃ」


「教えてくれよ」


 難しいことばかり口にするブルーセに対し、ベルは眉をひそめる。

 ブルーセはベルの頭を混乱させるばかりで、何も教えてはくれない。ベルに知識を与えないために、ブルーセはわざと分かりにくい伝え方をしているのかもしれないが、それはベルを混乱させるだけだった。


「お前さんが何者か。それは最後に教えてやろう。それを知る前に、お前さんが知るべきことを知った後でな」


 ブルーセの言葉は、再びベルを惑わせる。


「お前さんはこれから旅に出る。そのために必要なものを授けるとしよう」


 そう言ってブルーセが取り出したのは、彼が着ているのと全く同じローブ。今起きていることが全く理解出来ていないベルは、とりあえずそのローブを受け取り、そのまま着用した。薄汚れた囚人服は、砂色のローブに隠された。


「それだけではない。優しいわしから、さらにプレゼントがあるぞ?」


 笑顔を見せるブルーセは、懐から美しいガラスの小瓶を取り出して立ち上がった。何かしようとしているブルーセを、ベルはただ観察している。


 ブルーセは透き通った泉の前まで歩くと、先ほどと同じように座り込んだ。そして栓を開けると、ガラスの小瓶を美しい泉の中に突っ込んだ。


「よし、これでいい」


 泉の中から取り出された小瓶は、青く輝く綺麗な液体で満たされていた。その液体の輝きは、人間を魅了する不思議な美しさを秘めていた。

 泉の水を小瓶に収めたブルーセは、その小瓶に栓をして、大事そうに握りしめる。


「ほれ」


 再びベルの前に座り込むと、ブルーセは青く輝く美しい小瓶をベルに手渡した。


「?」


「プレゼントだと言っておろう!他人の好意は黙って受け取るもんじゃ」


 ブルーセはもどかしそうにそう言うと、青い小瓶を無理やりベルの手に握らせた。抵抗する理由もないベルは、そのままその美しい小瓶を受け取る。


「それは星空の雫。1滴舐めればあら不思議。どんなに大怪我をしても、綺麗さっぱり元どおり。折れた骨も、開いた傷も、全てなかったことになる。持っておきなさい。いつか必ず役に立つ時が来るじゃろう」


 ベルが所持していたことに、誰もが驚いた星空の雫。ベルはこうして星空の雫を入手していたのだ。

 あの小瓶に入った液体が星空の雫だとすれば、目の前の泉の水は、すべて星空の雫だと言うこと。星屑の泉は、本当に誰もが求める幻のオアシスだった。


「さて、残るは知識だけじゃな。いよいよお前さんも空っぽでなくなる時が来た。空っぽでなくなる準備は出来ておるか?」


 再び立ち上がったブルーセは、またよく意味の分からないことを言い出す。

 わけも分からず口を開けているベルを見て笑うブルーセは、泉の奥の方へと歩いて行った。


 いびつではあるが、泉は丸い形をしている。今ベルは泉の近くに座っている。ブルーセは泉を挟んで、ベルと対面する位置に歩いて行った。泉の奥から、一体何をしようと言うのだろうか。


「ベル・クイール・ファウストよ。お前さんが失くした記憶を授けよう」


 ブルーセは立ち上がり、杖を右手に持って両手を高く掲げた。杖は青い輝きをまとい、先端にある青い宝石は、さらに輝きを増したように見えた。


 すると、星屑の泉の水がまるで意思を持った生き物のように動き出す。まるで蛇のようにうねり出した水は、噴水のように立ち上る。泉の上には微細な飛沫が散り、その空間にベルの様々な記憶が映し出される。無数の水滴が、スクリーンの役割を果たしているのだ。


 10年前炎の包まれた夜、牢獄で過ごした孤独な日々。“お前は罪を犯した”とベルに告げる謎の人物。

 まるで映写機のように、失われたベルの記憶が目まぐるしく移り変わっていく。


「うぅ………………」


 ベルの頭の中に、失くしていた16年分の記憶が一気に押し寄せる。そのあまりの情報量の多さに、ベルは頭を抱えていた。

 ブルーセが一体何者なのかは分からないが、彼はベルの失くした記憶を全て持っていた。

 この時すでにベルの視界は悪くなっていた。それは、ベルが空っぽではなくなり始めていることを示していた。


「追加サービスで、お前さんの知らなかった情報まで与えてやろう」


 ブルーセが両腕を交差させて再び開くと、星屑の泉はいつにも増して輝いた。

 その時、それと同時に古びた分厚い本がどこからともなく出現し、何百ものページが勢いよくめくれ上がった。


 やがて、“伝説の魔法使い 終焉の鐘”と言う文言のあるページで本の動きが止まる。

 そしてその書物は、星屑の泉に沈んでいった。


 魂を吸い込まれてしまいそうなほど美しく、青い輝きを放つ泉からは、先ほどと同じように映像が映し出され続ける。


挿絵(By みてみん)


 しかし、すでにベルの目に映る星屑の泉は、霞んで見えなくなり始めていた。それを理解していたブルーセは、泉に映し出された映像を直接ベルの頭の中で再生する。それはとても鮮明なものだった。


 ブラック・ムーン事件の真犯人がヨハン・ファウストであること。ブラック・ムーン事件の直後、悪魔アローシャが暴走し、とある事件を起こしたこと。ベルの中の悪魔アローシャと共謀して脱獄したのは、悪魔ベルゼバブであったこと。

 アムニス砂漠の先には、警備が手薄な国境の関所があること。そこまでたどり着くための道のり。


 最後にベルの頭に飛び込んで来たのは、彼の右掌にある印。小さな丸を六芒星が囲み、さらにそれを大きな丸が囲んだ赤い印。


 炎の印。ベルはその忌まわしき印を見ただけではない。その忌まわしき印により、自分の中に眠る悪魔アローシャの力を使えることを知ったのだ。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


ベルがどうやって星空の雫と、あの砂色のローブを入手したのかが明らかになりました!


一体ブルーセと言う老人は何者なのでしょうか。その正体は、近いうちには語られません笑笑

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