第8話「レッド・パラダイス」【挿絵あり】
レッド・パラダイスに現れた3人組の正体とは……?
「ハワードさん。今日は何のようですかな?」
突然店に入って来たいかにも悪そうな3人組に、1人の老人が近づいていった。さっきまでカウンターにいたこの老人は、この店の店主なのだろう。
「決まってるだろ?飯食いに来ただけだよ。
………なんだよ」
ハワードは老人の質問に答えると、なぜか不快そうな表情を浮かべた。何かあったのだろうか。
「ハハハ、そうですよね。ではお好きな席にお座りください」
「何笑ってんだ?フザケんなよ、じいさん。何で俺がここに来てやってるか分かるか?」
「ど…どうしてでしょう?」
普通の客と同じように老人が接客しようとしていると、ハワードは鋭い眼光で老人を威圧し始めた。何かがハワードの機嫌を損ねたのだ。
しかし、老人にはハワードが怒っている理由が分らなかった。
「俺はな、ここに指名手配書が貼ってねえから、来てやってたんだ。それなのに何の真似だ?俺は指名手配書が大嫌いなんだよ。あれを見る度にクソ保安官野郎の顔が浮かんできやがる…」
ハワードは怒りの理由を明かした。確かに彼はアドフォードの有名人だったのだ。それも悪い意味で…
店内を見回してみると、今店に入ってきた3人の指名手配書が壁に貼り出されていた。
“ロック・ハワード 暴行・殺人・強盗 賞金500万ポンゴ”
“P・A・パー 暴行・強盗 賞金100万ポンゴ”
“シザーズ・バント 暴行・強盗 賞金80万ポンゴ”
3人は指名手配中の極悪人だった。
その様子を見ていたファウストは、自分が追われる身だったことを思い出す。野次馬たちに追われているだけではなく、彼はリミア政府から追われる身なのだ。
彼は、急いで店内を見回した。もしもファウストの名が記された指名手配書が貼り出されていれば、このバーに留まることは出来ない。
しかし、いくら探しても“ファウスト”と書かれた指名手配書は店内に見当たらなかった。ファウストがアドフォードに侵入してから、まだ1時間近くしか経過していない。指名手配書を張り出すのにも、時間が掛かるのだろう。
「いえいえ、そんな」
「じゃあ何で手配書が貼ってあんだ?あぁ⁉︎」
ロック・ハワードは苛立ちながら、老人の胸倉を掴んだ。
「レ、レイモンド保安官が貼って行ったんです」
「チッ!こんな店出てってやる!」
ロックはそのまま老人を突き飛ばすと、入り口の方へ向き直った。
「お?可愛い女じゃないか」
ひとまずこれで一件落着と思いきや、ロックは入り口のすぐ傍に1人きりで座っていた少女に目をつけた。それは、さっきファウストが目を留めた少女だった。
少女は1杯のコーヒーを飲んでいた。ロックの声は彼女にも聞こえているが、彼女はそれが自分に向けられたものだとは夢にも思っていない。
だが、大柄のロックが近づいている事に気がつくと、彼女はようやく視線を上げる。そこには厳つい顔のロックが立っていたが、彼女は面倒を避けるためにすぐ視線を逸らした。
「なあ姉ちゃん。ちょっと遊ばないか?」
「飴ちゃんあげるからさあ」
“はーっ。ツいてないわ。なんでこんな怖そうな人たちから声かけられなきゃいけないのよ!”
少女の望みとは裏腹に、ロックたちは彼女に声を掛けて来た。どうやら、彼女はロックたちの好みの見た目をしていたらしい。彼らは少女の席を囲むように立っているため、彼女はしれっとこの場を抜け出す事も出来ない。
「ごめんなさい。私待ち合わせしてる人がいるので。それに、飴嫌いなんです」
彼女は咄嗟に嘘をついた。本当は待ち合わせしている人なんて存在しない。ただ一服しようと、立ち寄っただけなのだ。このような面倒な事態に巻き込まれるとは夢にも思わず、彼女はただ気軽にここに立ち寄っただけだった。
「なんだ、姉ちゃん男いんのか」
「その男より良い思いさせてやるから、俺の女になれよ」
リーダー格のロックが気色の悪い笑顔を浮かべて、少女に顔を近づけた。
「だ、誰がアンタの女になるもんですか!私はそんな軽い女じゃありません!」
「威勢の良い女は好きだぜ。言っとくがな、姉ちゃん。これは提案じゃあない、命令だ。俺の女になってもらうぜ」
少女を囲む3人の男は途端に怖い顔をして、少女に詰め寄る。店内にいる者は誰1人として、彼らは止めようとはしない。みんな指名手配犯を怖がっているのだ。
「もう!何なのよ!私はこのお店の料理を好きなだけ食べられるまで、ここから一歩も出ません!」
少女はここで、さきほどとは違った言い訳をする。完全なる思いつきだ。
「構わなねーぜ。ほらよ、好きなだけ注文すればいい」
少女はとにかくこの場を切り抜けるために、思いついた事をすぐ口にしていた。
それはこの場を切り抜けるための作戦と言うより、純粋に彼女の願望だった。彼女は今お腹を空かせているのだろう。
「え?ホント?じゃ、じゃあ…」
咄嗟に思いついた要求が受け入れられると思っていなかった少女は、一瞬固まってしまう。
状況を呑み込んだ彼女は自分の食欲に従い、テーブルに置いてあるメニューを手に取った。
「あのぉー!すみませーん!注文いいですかー!」
「……ご注文をどうぞ」
少女が大きな声で呼び掛けると、すぐに彼女のテーブルにさっきの老人が駆けつける。この店のマスターである老人は、とにかくロックたちの機嫌を損ねないようにするのに必死だった。
「えーっとレッドバーガーひとつ、それとパラダイス・キスひとつ、デューン・ステーキに、グリル・チキン、あとはアドフォード・ピザ!それに〜ウエスタン・レッド・フェットチーネに、デビル・カレー!えっと、えっとそれと…(以下省略)」
少女はメニューを見ながら、興味を引いた品物を次々と注文して行く。いくらお腹が減っているからと言って、彼女はそれだけの量の食べ物を胃袋に収める事が出来るのだろうか。
「お、おい……」
「何?好きなだけ注文していいんでしょ?」
動揺している男たちを見て、少女は憎たらしい笑顔を見せる。
「何を気にしてるんだ、シザーズ。俺たちは札付きの悪党だ。そんなもん払うわけねえだろ」
「あ、そっか」
最初から彼らに金を払う気などない。今まで彼らがこの店を利用している時も、料金は払って来なかったのだろう。つまり、少女がどれだけ注文しようが、彼らには何の影響もないのだ。
少女の注文のあまりの多さに、厨房は慌ただしく動き始めた。料理が運ばれてくる回数が増えるたびに、男たちの貧乏ゆすりは激しさを増して行った。
「チンタラしてんじゃねえぞ」
「す、すみません!」
ロックに胸倉を掴まれると、ウェイターは分かりやすく狼狽える。早く彼らにこの店を出て行って欲しい。店内の人間が抱く思いは1つだった。
1時間ほどして、ようやく全ての注文がテーブルに並べられた。すでにロックたちは我慢の限界を迎えていて、分かりやすくイライラしている。彼らは早く少女を連れて、この店を出て行きたくて堪らないのだ。
あまりにも量が多すぎて、少女の注文した料理は1つのテーブルに収まっていなかった。周囲のテーブルを3つほど組み合わせてようやく全ての料理がテーブルに収まっている。
大量の料理を注文した張本人は、テーブルに料理が届き始めた頃から、美味しそうに料理を頬張っていた。テーブルの上に並んだ料理は、次々と少女の胃袋の中へと消えて行く。
少年ファウストは顔を綻ばせながら、そんな少女の様子を眺めていた。店内には緊張感が漂っているのだが、その中でファウストと少女だけはなぜか心に余裕を持っていた。
少女の食いっぷりは誰から見ても、明らかに良かった。彼女は美味しそうに料理を頬張り続け、運ばれて来た料理はみるみるうちに無くなって行く。死ぬほどお腹が空いているのか、それとも彼女が大食いなだけなのか。
「もう我慢ならねえ。行くぞ姉ちゃん」
「これでも、私を連れていくの?」
強引に腕を掴まれた少女は、ニンニクのスライスが挟まった歯を見せながら笑っている。直前にニンニク料理を平らげていた彼女の口からは、きつい臭いが放たれていた。彼女はわざと下品な行動を取り、ロック達から逃れようとしていた。
「ふざけんじゃねえよ、行くぞ」
しかし、彼女の行動でロックの考えが変わる事はなかった。ロックは少女のか弱い腕を掴んだまま、強引に連れ去ろうとする。
「あの…オッサンたち。そういうことやめたら?カッコ悪いよ。アンタらが好きなだけ食べると良いって言ったんだから、男ならそのくらい待つでしょ普通」
「何だお前、姉ちゃんがさっき言ってた男か?お前、俺たちが誰だか分かって口聞いてんだろうな?」
その時、一部始終を見ていたファウストがようやく立ち上がる。凶悪犯ロック・ハワードに歯向かう者は数少ない。久しぶりに他人に反抗的な態度を取られたロックは、目の前に現われたファウストを睨みつける。少年はすぐ、3人の男たちに囲まれた。
「うん、誰?」
屈強な3人の男に囲まれても、ファウストは一切恐る素振りを見せなかった。それどころか、彼は笑顔を見せている。
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町の悪党と対峙するファウスト。一触即発の危機を切り抜ける鍵を、少年は持っているのか!?