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第62話「夜明けの炎」(2)【挿絵あり】

「ついに悪魔に身体を乗っ取られおったか‼︎そもそも今まで自由に動けていた事の方が不思議だがな」


 一目で分かるベルの変化を目の当たりにした教皇は、すぐに彼の中の悪魔が目覚めた事に気がついた。


「さすがは教皇様。デタラメのエセ宗教を世界に広めただけでなく、その目まで節穴とは恐れ入る」


 アローシャはポケットから小瓶を取り出し、星空の雫を口にした。

 そして、教皇に近づいていく。


「ま、待て。その小僧はワシの毒に倒れたはず。なぜ無事でいる?」


「私の炎を侮るな。体内に入った気化毒は全て焼き消し、身体に回った毒も、星空の雫で綺麗さっぱり消し去った」


「星空の雫だと?なぜそんな貴重なものを持っている?それに月の教えは決してデタラメなどではない!現に悪魔は、月の力を恐れているではないか‼︎」


 教皇にとって、月の教えを否定される事は、受け入れがたい侮辱。


「そんな事をお前に話す義理などない。そして、悪魔が恐れているのは月の力などではなく星の力だ。ごちゃごちゃと抜かしているが、お前が信仰し、力を分け与えられているのは月などではなく、アスタロトだ。月の女神アスタロト。その毒も、アイツから授かったものだろう?」


 ルナト教に力を授けし悪魔アスタロト。アローシャはその悪魔をよく知っているようだ。


「ええいうるさい‼︎お前が悪魔だろうが何だろうが関係ない!ワシは先の帝国時代から、この世界を見て来たのだ。古くから人々を正しい方向へ導いて来た!何人(なんぴと)もわしを否定することなど、許されん!」


 教皇は激昂する。彼はセルトリア王国建国前から存在する人ならざる者。あまりにも長い年月を生きてきた事が、彼の考えを狂わせているのかもしれない。


「エルバ帝国か。思えばあの帝王も愚かだったな……正しい方向へと導いて来ただと?私は知っているぞ。ルナト教は今こそ世界的な宗教になっているが、初めはそうではなかった。最初はただ、お前が生き永らえるためのデタラメだったではないか」


 セルトリア王国建国前に存在した、世界一の大帝国エルバ。人間よりも遥かに永い時を生きてきたアローシャは、当然その存在を知っていた。今や世界中の人々の考え方の根底にあるルナト教の始まりをも、悪魔は知っていた。


「ワシはもはや神に等しき存在!悪魔など恐れるに足らず‼︎」


「愚か者め。家畜からオーブを取り出す力、そのオーブを自分の寿命に加算する力、リヴィーラ(変身を解くなど、敵の本来の姿を明らかにする力)、洗脳、テレキネシス、そして毒。お前の使う力は全て、アスタロトから与えられたもの。これだけの種類の黒魔術(グリモア)を使えるのは、お前が人より多くのオーブを有しているから。ただそれだけのことだ。その力は、悪魔には遠く及ばない」


「うるさい、うるさい、うるさい‼︎」


 真実を突きつけられ、追い詰められた教皇は完全に冷静さを失っていた。正気でなくなった教皇は、暴走を始める。


 教皇はベルと戦った時と同じように杖を掲げ、容赦なく毒の雨を降らせた。

 だが、そこにエミリアを傷つけまいと言う考えは一切ない。毒の雨は、エミリアにまで降りかかる。


「きゃぁっ‼︎」


 エミリアは飛んで来る毒の雨に、思わず目を閉じた。


 しかし目を開いてみると、目の前に広がるのはただひたすらに真っ赤な景色だった。アローシャはエミリアの身体を業火で包み込み、毒を完全に排除するシールドを生成していた。もちろんその炎自体が彼女を傷つける事はない。


 アローシャ目掛けて飛んで来た毒の雨ももちろん、跡形もなく焼却される。教皇がどれだけ毒の雨を振らせようと、業火の盾を打ち破ることは出来ない。


「………もうどうでも良い」


「何だって?」


 その小さな声は、アローシャの耳には届かなかった。


「こんな町も、ルナト教を信じる者たちも、もうどうでも良いと言っておるのだ‼︎全て消えてしまえ……ワシの前から、全て消え去ってしまえ‼︎」


 教皇は完全に正気を失っている。ベルを嘲笑っていた頃の彼の姿はもうどこにもない。今の彼は、何をしでかすか分からない危険性を孕んでいた。


 息を荒くした教皇は杖をさらに高く掲げ、頭上に毒の球を作り始めた。毒の球はこれまでとは比にならないほど巨大さを増して行き、やがてその重さに耐えられず、垂れ下がり始める。


「まさか…………」


 アローシャは、教皇の思惑をすぐに理解した。月の塔の上から見えるのは、米粒のように見える民家の群れ。壁のように(そび)える山々。


 そして、教皇の頭上には巨大な毒の球。


「全てを毒で消し去る。この町ごと毒に沈めてやる!さすれば貴様も無事ではいられないはずだ!ハハハハハハハハ!」


 もはや教皇は、冷静な判断が出来ない状態に陥っていた。この町の1番高い所から大量の毒を流し、全てを毒の中に沈めてしまうつもりらしい。


「毒の海か……この町はまるで、そうなるために造られたかのようだ。まさか、そのためにこの町を作ったとでも言うのか?」


 水を張れば、湖にもなりそうなルナトの町。この町は周りの土地より数百メートルも低く掘られ、外界から隔てられた、孤立した地域となっている。


「ハハハハハハハハ‼︎その通りだ。この町は不測の事態を考慮して作った。少しでも都合の悪いことが起きれば、ワシが全て消し去る事が出来るようにな!たとえこの町の信者が全員死のうと、ワシは無数のオーブを手にする事が出来る‼︎永遠に近い生命を手に入れ、この町は地図上から永遠に消え去る。全て計画通りだ‼︎」


 ルナトは、教皇に利用されるべく作られた町。ルナト教もまたしかり。現在はどうであれ、初めは私利私欲を満たすために作られた、空虚な教えだった。


「時に人間とは悪魔より恐ろしい存在となる。お前は悪魔よりも悪魔のようだ。どうしてそこまで生き永らえたい?愚かな人間よ」


「永遠こそ全てなのだよ。すでに永遠の生命を持つお前には、分からんだろうな」


 冷静さを失いながらも、教皇は自身の信念を忘れていなかった。彼にとっては、永遠の存在になる事こそが全て。これまで彼の取って来た行動は全て、永遠の存在になるためのもの。


 全てを曝け出した教皇は杖を捨て、両手を広げた。すると頭上の毒の球はゆっくりと下降し、やがて教皇の身体を包み込む。毒の化身となった教皇の身体からは、とめどなく毒が溢れ出した。


 溢れ出した毒はじわじわと流れ出し、ベルの身体を操るアローシャの足元に到達しようとしていた。毒はこの屋上から溢れ出し、やがては街全体を毒の海に沈めてしまう。


「“永遠”は人間が手に入れられるような代物ではない。“永遠”を手に入れた者と、そうでない者の力の差を思い知るが良い」


挿絵(By みてみん)


 アローシャは片膝を立ててしゃがむと、流れて来る毒にその手を触れた。

 そして、赤々と輝くその手から、徐々に拡大する毒の海に火の手が広がる。最初は小さかった火の手も、あっと言う間に大きくなって、流れて来る毒を呑み込んで行く。


「ああぁ、あぁあああ……‼︎」


 最後の秘策を呆気なく打ち破られた教皇は、口を開けて呆然としている。“毒の海”は、多量の魔力を消費する教皇にとっての奥義。永遠を持つ者と持たざる者とでは、力の差がありすぎる。


「ワシは永遠の存在となる!誰にもその邪魔はさせんぞ!」


 徐々に小さくなっていく毒を見て呆気に取られていた教皇だったが、魔力を振り絞って、毒の勢いを強める。

 アローシャの業火により、広がっていた毒は、すでに半分以上が消え去っていた。それでも、新たに生成された毒がひっきりなしに押し寄せる。教皇は何が何でも、この町を毒の海に沈めたいようだ。


「見ているだけで愚かしい」


 溜め息をついたアローシャは、手加減することなく、一気に毒を燃やす業火の勢いを増した。教皇が限界を超えた力で放出し続ける毒の波は、この時すでにアローシャの後ろまで広がって、月の塔の上から落ちそうになっていた。このままルナトは毒に沈んでしまうのか。


「一体どうなっているんですの?」


 その直後、エミリアの身体を包む業火がひとりでに動き出し、打ち寄せる毒の波にぶつかった。

 エミリアは屋上の端に立っており、そこからであれば、毒の波を食い止める事が出来る。黒魔術(グリモア)の根源であるアローシャにとって、離れた位置にある炎を操るのは難しい事ではない。


 業火が壁のように立ち昇り、円形の屋上を取り囲む。360度全方位に広がる毒の波は、業火の壁によってせき止められた。

 円形に広がり高く聳える火壁は、毒の波を搔き消しながらゆっくりとその半径を狭めていく。真っ赤な壁にぶつかる紫の波が、美しいコントラストを生み出していた。


 やがて、業火の壁は教皇を閉じ込める。


「何⁉︎


 あ……あがぁぁあああっ‼︎」


 業火の壁は火柱となり、教皇の身を燃やしていく。


「私がお前に永遠を与えてやる。地獄の業火で、その身を永遠に焼かれろ」


 地獄の業火は、教皇の身体を容赦なく燃やし続ける。その身を焼き尽くす炎からは、様々な音が聞こえて来た。それは、長い年月の間に教皇に利用された魂が解放される声のようでもあった。


 そろそろ夜が明ける。


 教皇の身体を火種に勢いよく燃え上がる深紅の火柱は、ルナトの町を囲む山々から顔を出した朝日と重なって見えた。

 太陽の光に照らされた炎は、息を呑むような輝きを帯びた。そこから放たれる光は、まだ薄暗い町をイルミネーションのように飾り付け、辺り一面を輝かせた。


「これが芸術と言うやつか………」


 心なき悪魔さえも、その光景に心を奪われた。エミリアもその景色に心を掴まれていたのは、言うまでもない。今までの様々な恐怖は払拭され、アローシャとエミリアはその美しい光景を、ただ眺めていた。


 しばらくすると、業火は徐々に小さくなっていき、煙へと姿を変えた。その場に残ったのは、燃え尽きて全身真っ黒になった教皇の亡骸。


 真っ黒に焦げた、肉片のこびりつく骨。それが、数百年人間を超える存在として君臨して来た教皇の最期の姿だった。


「降りるぞ、お嬢さん」


「へ?」


 教皇の最期を見届けたアローシャは、エミリアをお姫様抱っこして屋上から飛び降りる。


「きゃあぁぁぁぁぁ!」


 突然の出来事に、エミリアは悲鳴を上げる。アローシャはエミリアを抱えて、無言のまま月の塔を駆け下りていた。それは、普通の人間には到底不可能な芸当だった。


 彼は月の塔の側面を伝って、一気に地面を目指した。300メートル超えの建物から駆け下りれば、普通の人間は死んでしまう。

 地面に到達する直前、アローシャは地面に向かって勢いよく業火を放出して、その勢いを相殺した。


 アローシャのコントロールする炎は万能で、ベルとエミリアの身体を傷つける事はなかった。アローシャが放出した業火はクッションの役割を果たし、2人は無傷で月の塔の麓へと着地した。


「騎士様?どうされましたの?」


 着地した瞬間、アローシャは意識を失って倒れ込んだ。今度はベルが目覚める番だ。


「ん………………あれ?俺こんなとこで何して……」


 目を覚ましたベルは辺りを見回す。周りでは町民がベルの方を見て、何やら騒いでいる。ベルたちが塔から降りて来たのを目撃していたようだ。


「またか………」


 間髪入れず、ベルは全てを理解する。

 ベルゼバブと戦った時ベルの意識は保たれていたが、今回は違った。死にかけていたベルは、意識を保っている事が出来なかったのだ。

 アローシャが何をしたのかはベルには分からないが、隣には無傷のエミリアがいる。とにかく、無事にエミリアを救い出す事は出来たのだ。


 頭の整理を終えたベルは立ち上がる。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


教皇であろうと、悪魔には手も足も出なかった。吸血鬼の正体は暴かれ、教皇は死んだ。この町が抱える闇は払われたのか……?


次回から2話に渡り、ルナト編の締めです。

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