第61話「塔の上」(2)
「ほんのちょっと洗脳していただけだ。“本当の自分”を隠さずにいろとな」
それを聞いてベルに思い返されるのは、教皇がエミリアに何やら囁いていた光景。ベルと教皇が会話を始める前に、すでに洗脳は完了していたという事なのだろう。
「本当の自分?どういうことだ⁉︎」
「…………まだ分からんのか。彼女が吸血鬼だったと言うことだ!」
「⁉︎」
教皇の口から、驚きの真実が伝えられる。それを聞いたベルは思わず言葉を失った。
「そんなはずはない!吸血鬼の正体はレイリーだった。エミリアじゃない!」
吸血鬼の正体はレイリー。それはついさっきベルが知った真実。彼女が嘘をついているはずはないと、ベルは思っていた。エミリアが吸血鬼であるとは考え難い。
「その通り。レイリー“も”吸血鬼だ」
「何…………言ってんだ?」
レイリーもエミリアも吸血鬼だった。ベルの頭はパンク寸前だった。
「“血の呪い”による負荷は、彼女の想像を遥かに超えていた。それに耐えかねたレイリーは、その負荷をエミリアにも背負わせたのだ」
教皇は知られざる真実を話し始める。ベルにはまだその話が理解出来ていない。
「吸血鬼は人間から生き血を吸い尽くして殺してしまうものだが、軽く噛み付いてわざと生かしておく場合もある。
軽く噛み付いただけで生かしておけば、噛み付かれた人間も吸血鬼となる。噛み付かれて誕生した吸血鬼はレイリーのように黒魔術を使う事は出来ないが、彼女のように歯が尖り、人間の生き血を吸う事が出来るようになる」
「オリジナルの吸血鬼は噛み付く事でコピーの吸血鬼を生み出し、仲間を増やす。コピーの吸血鬼の吸った生き血は、オリジナルの吸血鬼に還元される。つまり、これによって呪いによる負担を軽くする事が出来るのだ。だが安心しろ。コピーの吸血鬼に噛み付かれた人間は、吸血鬼にはならない。コピーにコピーは生み出せないのだよ」
教皇の口から、ルナトを震撼させた吸血鬼の真相が、全て明かされた。吸血鬼はレイリーだけではなかったのだ。レイリーは、偽りの友達だったエミリアにその苦痛を分け与えた。そのレイリーの行為は、実に身勝手なものだった。
「私……何を…………」
ちょうどその直後、洗脳が解かれたようで、エミリアは慌てふためいている。何が起きたのか全く理解出来ていないようだ。
いくら神と同等に扱われる教皇と言えど、その洗脳能力は万能ではない。洗脳は1度に1人しか掛けることが出来ず、その効果は6分しか持続しない。
「騎士様…………私とんでもない事をしてしまいましたわ」
エミリアは、ベルの首筋に歯型がついている事を知って、口を両手で覆った。
「エミリア、レイリーが吸血鬼だってこと知ってたのか?」
「……………知ってました。レイリーちゃんは苦しんでいたんです。苦しむ彼女を見ていられなかった。少しでも力になれたらと思って、私もその苦しみを背負う事にしたんですの」
エミリアはレイリーの正体を知っていた。知っていた上で自分もその苦しみを背負い、誰にも真実を告げずにいたのだ。
「レイリーは月衛隊から送り込まれたスパイだった。お前は利用されてただけなんだよ!アイツはエミリアのことを、仲間だなんて思ってなかった」
「まあ、そんな………………………」
しかし、エミリアはレイリーが月衛隊から送り込まれたスパイだと言うことは全く知らなかった。初めて知った真実を前に、彼女は一瞬言葉を失った。
「それでも、私レイリーちゃんを信じます。私たちに見せた彼女の楽しそうな顔は、決して嘘ではないと思うんです。確かに彼女は私たちとの時間を楽しんでいましたわ!」
真相を知っても、エミリアはレイリーを信じていた。彼女が見せた笑顔や、照れている顔。その全てが嘘だとは、彼女には到底思えなかった。
たとえスパイだったとしても、偽りの生活を彼女は楽しんでいたに違いない。エミリアはそう思っていた。
「…………ちょっと黙っててくれ」
エミリアの言葉を聞いて、ベルの中にも色んな考えが渦巻く。エミリアの言う通りかもしれないが、吸血鬼の正体を知っておきながら皆に黙っていた事は、許されざる行為だ。エミリアを問いただしたい気持ちもあったベルだが、ここで言い争いをするのは得策ではなかった。
「………………」
エミリアは悲しみを顔に浮かべた。
「まずはこのクソ野郎を倒すのが先だ‼︎」
その叫び声と共に、ベルは気持ちを切り替えた。今はエミリアを責めたりしている場合ではない。ベルは教皇のシワだらけの顔を睨みつけた。
「もういいのだな。お前に残された時間はもうないぞ?」
教皇は余裕を見せている。ベルに勝つ自信があるのだろう。
「残された時間がないのはアンタの方かもよ?」
ベルは皮肉を言って、教皇の元へ走り出す。走り出す彼の右手からは、赤く輝く魔法陣が出現していた。一気に距離を詰めて攻撃するつもりだ。
「戯け小僧」
教皇が左手を突き出すと、突然ベルの身体は進行方向とは反対に吹き飛ばされてしまった。それはエミリアが礼拝堂で引き寄せられたのとは、真逆の現象だった。
ベルは、まるで暴風に吹かれたかのように飛ばされてしまった。物体を引き寄せたり、吹き飛ばしたりする能力も、教皇の黒魔術なのだろう。教皇はたった1人で何種類もの黒魔術を操る。黒魔術士の常識は、教皇には通用しないようだ。
「面白いじゃないか!」
ベルは立ち上がる。直接触れずに相手を吹き飛ばす厄介な技を使う教皇だが、勝ち目がないわけではない。
「ブラック・サーティーンに容赦はせんぞ!」
教皇は同じ攻撃を繰り返した。
その瞬間、ベルは一気に姿勢を低くして、教皇の攻撃の回避を試みた。
その作戦は功を奏した。さっきと同じようにベルが吹き飛ばされる事はなく、同じ場所に留まっている。教皇が放っているのは衝撃波のようなもので、ある程度有効な範囲があるようだ。
「この戦いにおいて、ひと時もお前が休める暇はない!」
教皇は、ベルが体勢を変える前に同じ攻撃を仕掛けた。それは完全にベルの意表を突いた攻撃で、ベルは衝撃波をまともに受けてしまった。
「うわぁっ!」
「騎士様ぁっ‼︎」
2度も教皇の衝撃波により吹き飛ばされたベルは、かなりの距離移動してしまった。
気づいた頃にはベルの下に足場はなく、その身体は宙に浮いていた。今にも屋上から落ちてしまいそうなベルを見て、エミリアが叫ぶ。
「くっ!」
滑り落ちそうになったベルは、ギリギリの所で屋上に留まった。力の限り伸ばした左手が、辛うじて屋上のタイルの端を掴んでいたのだ。それを見たエミリアはホッとするが、ベルが窮地に立たされている状況に変わりはない。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
なんと、エミリアもレイリーもヴァンパイアでした‼︎
戦闘が始まってすぐ窮地に立たされるベル。勝ち目はあるのか⁉︎




