第61話「塔の上」(1)【挿絵あり】
月の塔最上階へと向かうベル。
その先で待っていたのは、エミリアを捕らえた教皇だった。
改稿(2020/09/21)
Episode 5: The Dawning Fire/夜明けの炎
仄暗い、雨上がりのルナトの町。いまだに上空を分厚い雲が覆っている。そんな雲よりさらに上に、月の塔の頂上はあった。
月の塔最上階へと続く階段を登りきったベルは、その先の部屋にたどり着いていた。セント・ルナト・タワーは、ベルがこれまで見てきた中でも類を見ないほど高い建造物。ここまで階段を上がってくるだけでも、一苦労だった。
ベルは息を整えながら、部屋の様子を見る。見たところ階段から続いているのはこの部屋だけで、この階に、他に部屋はないようだ。
部屋の中央には木製の立派な机が置かれていて、その上に難しそうな本が山積みにされている。
その机の奥には、同じく木の椅子。椅子には漆が塗ってあり、高級感が感じられる。どの家具を見ても、三日月十字のルナト教の印が施されている。ここが教皇の部屋であることは、間違いなかった。
ところが、教皇とエミリアの姿が見当たらない。一見したところ、この部屋には箪笥や押入れのような収納スペースは存在せず、隠れる場所はどこにもない。
すると、ベルの視界に窓が飛び込んで来た。ここから他の場所に移動するとすれば、窓を通るしかない。全部で3つある窓は、その全てが大きかった。それは人が2、3人軽々通れてしまうほどの大きさだった。
教皇が窓の先に逃げ込んだと予想したベルは、窓を開けてそこから顔を出す。
しかし、ベルの予想とは裏腹に、そこに広がるのはだだっ広い空だった。すでに日が落ちた空は、漆黒の闇に染まっている。
下を覗くと、そこには町民たちの姿。結婚式が始まった頃より混雑は解消されているが、未だに多くの人が月の塔周辺に集まっていた。
ベルは窓から首を引っ込めて、頭を悩ませた。この窓からは、どこにも行く事が出来ない。身を乗り出せば、地面に落下して死んでしまうだろう。
教皇の行方が掴めずにいるベルは、首を傾げながら全ての窓を開けて手掛かりを探した。しばらく探してみたものの、有力なヒントを得られない。
ベルは惰性で、最初に開いた窓から再び顔を出す。
「お……」
何気なく窓の上を覗き込んだベルは、そこに何かがある事に気づく。梯子だ。梯子が月の塔の屋上まで続いている。この部屋から行く事の出来る唯一の場所は、屋上だった。教皇はそこに逃げたに違いない。そう確信したベルは、慎重に窓から身を乗り出して梯子を掴んだ。
梯子を上ったベルがたどり着いた先は、だだっ広い円形の屋上だった。遮るものが何もないその場所には、びゅうびゅうと風が音を立てて吹き付けている。そこには柵のようなものさえなく、ただ平らな足場が広がっているのみ。
その中に教皇の姿があった。もちろん彼はエミリアと一緒だ。教皇は左手で長い杖を持ち、右腕でエミリアを拘束している。何やら、エミリアに囁いているようにも見える。
教皇の姿を捉えると同時に、ベルは教皇の服装が変化していることに気づいた。エミリアはいつもの服装のままだが、教皇の服装は最初に見た時と全然違っていた。
礼拝堂で見かけた時、彼は真っ白な衣服に身を包んでいた。それはまさしく結婚式に相応しいものだったのだが、今では全身黒ずくめ。手先まで隠れるほど長い袖に、地面についてしまうほどの長い裾。
結婚式の時のように顔を隠す事はなく、今は教皇の顔がハッキリと見える。髪も髭も真っ白で、髪の両サイドはツノのように跳ね上がっている。髭は串に刺さった3つの団子のように縛ってあった。
目の下には深い隈があり、その黄色い瞳は獲物を狩る野獣のよう。首元の宝石がふんだんに使われたネックレスからは、教皇の高貴さが感じられる。
「エミリアを返せ‼︎」
「………お前がベル・クイール・ファウストだな?」
「?」
「よおく知っておるぞ。ベリト監獄から脱獄して来たそうだな。この町に逃げ込んだようだが、いつまでリミア連邦から逃げていられるかな?」
教皇は、意地の悪い笑顔を見せている。教皇はただの1度も、ベルに会った事がないはず。なぜそんな事を知っているのか。
「レイリーから聞いたのか?」
「あぁそうだ。レイリーはワシの忠実なる駒だからな。お前やバーバラたちのことは、よおく知っておる」
「でもレイリーには、俺の秘密を喋ったことないぞ?」
「彼女の情報収集能力を侮るな。彼女は全て知っていた。お前についての情報は事細かく伝えてくれたぞ?」
「分かってるなら話が早い。俺は憑依によって力を得た黒魔術士だ。さっさとエミリアを返した方が身のためじゃないのか?」
ベルは大きな態度を取る。今まで会った事もない敵ならば、ハッタリも十分に有効だ。確かにベルは憑依により力を得ているが、それによる恩恵は今のところ少ない。
「ハハハ!お前がその力を自由に使いこなせていない事も十分承知だ」
残念ながら、それも教皇にはお見通しだった。彼にハッタリは通用しない。
「……………」
「ブラック・ムーン。それはルナト教が最も恐れる現象。ブラック・ムーンの夜、お前たちブラック・サーティーンはその身体に悪魔を宿した。ブラック・サーティーンは、我々が最も忌むべき存在。教皇であるワシ直々に消してやろうか?」
当然、教皇はブラック・ムーンやブラック・サーティーンについても知っていた。ブラック・サーティーンはルナト教にとって最大の敵。教皇は敵意を剥き出しにしている。
「………………」
その教皇の言葉を聞いて、ベルは冷や汗をかいた。その存在感や礼拝堂で見せた能力からして、彼の実力は相当なものだと考えられる。その実力は、明らかに今まで対峙して来たどの黒魔術士より何枚も上手のはず。
「ハハハハハ!………と言っても、今すぐにお前を消すような事はしない。その前に面白い話をしてやろう」
ベルは、教皇の言動に不快感を覚えた。
「鬼宿の扉。聞いたことはあるかな?」
「いいや」
「聖なる扉と言えば分かるか?クロス・ゲートとも呼ばれておる」
「何の話だ?何が言いたい?」
ベルには、教皇の言わんとする事が全く理解出来なかった。
「ブラック・ムーンについて教えてやろうとしているんだ!鬼宿の扉とは、悪魔の世界と人間の世界“オズ”を隔てる扉のこと。その扉を開くためには、特別な鍵が必要だ。決して開けてはならないその扉が開く時、オズでは“ブラック・ムーン”が起こる」
「⁉︎………………それを俺に話して、どうするつもりだ」
またひとつ、ブラック・ムーンについての秘密が明らかになった。鬼宿の扉。それは何人も越えてはいけない壁だった。
「まあ、憑依の契約を行う事でもブラック・ムーンは引き起こされるのだがな。つまり、お前たちブラック・サーティーンはブラック・ムーンを引き起こす忌まわしき存在。いつ鬼宿の扉を開いて、悪魔どもをこの世界に招くやもしれぬ」
「だから、俺に消えて欲しいってか?」
「その通り。だが、ワシは悪魔ではない。お前に最後の時間を与えてやろう」
教皇は、捕らえていたエミリアを、ベルのもとへ突き出した。それは、ベルが予想だにしない展開だった。
エミリアは涙を流しながら、ベルに駆けて行く。たとえそれが一瞬だとしても、まさか教皇自らエミリアを解放するとはベルは思ってもみなかった。呆気にとられていたベルだったが、素直にエミリアとの再会を喜ぶことにした。
「騎士様っ‼︎」
そのままの勢いで、エミリアはベルに抱きついた。彼女はすっかり安心したようで、ベルを力の限り抱きしめた。仲間のもとに戻れたことが、何よりも嬉しいのだ。
「エミリア。俺が絶対連れ返ってやる」
同じくエミリアを抱きしめるベル。これは戦いの前に与えられた、最後の猶予。すぐに気持ちを切り替えて教皇を倒さなければならない。
ベルがエミリアから離れようとしたその時。
「⁉︎」
なんと、突然エミリアがベルの首筋に噛み付いたではないか。ベルには何が起きたのか、到底理解出来なかった。レイリーとの戦いで、すでに混乱していたベルの頭の中はもう、めちゃくちゃになっていた。
「ハハハハハハハハ‼︎」
その様子を見ていた教皇は、町中に届きそうなほど大きな声で笑い出す。
「エミリアに何をした⁉︎」
エミリアを振り解いたベルは、離れたところにいる教皇の顔を睨みつける。最後の時間と称して、エミリアをベルのもとへ向かわせたのには、何か裏があるはずだ。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
最終決戦の舞台は月の塔の上!!
噛みつくエミリアに驚愕するベル。その真相は…!?




