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第60話「血の呪い」(2)

「⁉︎」


「私は“力”と“速さ”の超化(バイス)を得るために、血を捧げた。血はオーブから生み出されるもの。悪魔の主食はオーブだけど、血も好む。でも、その力を得るためには、私の血じゃ足りなかった。それでも私は条件を提示して、なんとかアスタロトと契約出来た。だけど、その契約が私を苦しめた。力を使う度に、血が減っていく。時間が経てば経つほど、身体の中の血が無くなっていく」


「ある日、私は血が欲しくて欲しくて堪らなくなった。死にかけていた私は、友達を殺した。そしてその時、さらなる力を授けられていた事に気がついた」


 この時、すでにベルの顔は青ざめていた。


「私は吸血鬼(ヴァンパイア)になっていた。絶えず湧き続ける血を求める欲求。私の“力”と“速さ”は、それを満たしてくれた。誰にも気づかれずに、好きな時に血を飲むことが出来た」


 レイリーは突然カミングアウトした。彼女こそ、ルナトの町を恐怖に陥れていた吸血鬼の正体だった。つまり、マルケスを殺したのもレイリーだったと言うこと。


「レイリーが吸血鬼(ヴァンパイア)………………⁉︎」


 ベルがこの事態を呑み込めるまでには、少々時間を要した。吸血鬼(ヴァンパイア)は常に傍にいた。エミリアを護っている時も、彼女の傍に吸血鬼がいたのだ。ベルは一瞬、頭が真っ白になった。


「それだけ人を殺しておいて、罪悪感はないのか?」


 ベルは、目の前にいる人ならざる者に問いかける。レイリーは同志たちを裏切っていただけでなく、吸血鬼(ヴァンパイア)として数え切れない命を奪った、連続殺人鬼だった。


「減って行く血を補充するには、仕方無いことだった」


 数を覚えていられないほどの命を奪って来た彼女は、すでに罪の意識を感じない領域に達しているとでも言うのだろうか。だとすれば、彼女はとんでもない異常者だ。


「ふざけるなよ。人を殺して、町中の人を恐怖のどん底に陥れといて、何とも思わないってのか?」


「……………」


「……………なんで力が必要だったんだ?無理してそんな代償払う必要なんてなかっただろ‼︎」


 彼女の無言の答えから、ベルはほんの少しだけ、その気持ちを察した。このままレイリーを責めていても、何も状況は変わらない。彼女が狂気の吸血鬼になるに至った経緯を、ベルを知りたくなった。


「全ては教皇様のためだった。あの人は、幼い頃捨てられていた私を、拾ってくれた。居場所をくれた。私の神様だった」


「……………」


 ベルはある出来事を思い出していた。

 それはアドフォードでの出来事。ベルが火を消した家に住んでいた少年アレン。彼はベルのことを神様だと慕って、危険な旅について来ている。教皇はレイリーにとっての救世主だった。もちろんアレンと比べると、レイリーの方が遥かに周囲に恵まれていなかった。


「恩に報いたかった。大きな力を手に入れて、教皇様のために戦いたかった。


 ……………………………役に立ちたかったの‼︎」


 レイリーの気持ちは次第に高ぶって行き、終いには叫んでいた。その瞳には、大粒の涙が湛えられている。それは、今にも溢れそうなほど大きな涙だった。


〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓


 ある冬の夜、風雪吹き荒れる屋外に置き去りにされていたレイリー。その時彼女は10歳だった。


 毎日働き詰めの両親だったが、それでも娘を養うに足りる費用は賄えなかった。仕事で毎日家を空けていた両親。レイリーは捨てられる前から、孤独な人生を送っていた。


 ルナト教の中心地に住む信者には、一定量以上の金銭や食料・作物を礼拝堂に捧げる義務があり、それに苦しむ住民たちも少ならからず存在していた。その生活苦に耐えられなかったレイリーの両親は、彼女を育てることを諦め、ついには捨ててしまった。


 行き場を失ったレイリーは、2晩を凍える道の隅で過ごし、すでに生きる気力も失っていた。まともな食事にありつけていなかった彼女の命は、限界を迎えようとしていた。


 だが、レイリーは救われた。そのまま死んでも良いとまで思っていたレイリーを救ったのは、教皇の使いベンジャミンだった。ベンジャミンの話では、外で孤独に暮らしている少女がいる事を知った教皇が、彼を遣わせたのだと言う。そのままレイリーは月衛隊(ルナ・ガード)に迎え入れられ、安定した暮らしを手に入れた。


 あの時死んでいたはずのレイリーは、教皇によって命を救われた。その恩を必ずや返したいと言う強い思いが、彼女の中にはあった。


 そんな中レイリーは人伝に、教皇に歯向かう人間が増加していることを知る。彼女は少しでも教皇の力となるべく、強大な力を手に入れた。


 そしてスパイとなった。彼女の行動は悲しい結果を招いてしまったが、レイリーも他の人間と何ら変わらない、普通の女の子。親代わりの教皇のため、恩に報いようとした結果、彼女が背負ったのが“血の呪い”だった。


 彼女は愛のために、悪魔と契約してしまった。それも自身に呪いと言う大きすぎる負債を残す形として。恩返しをしようと言う動機は実に美しいものだが、やり方が間違っていた。


〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓


「…………………でも、許される事じゃない」


 ベルはレイリーの境遇と、その悲しき宿命を理解した。恩を返すために手に入れた力のために背負ってしまった、大きすぎる重荷。もちろん彼女の責任でもあるが、彼らを取り巻く異常な環境が、そうさせてしまったのかもしれない。


 この町では教皇が絶対的な存在であり、その教皇を取り巻く月衛隊(ルナ・ガード)が絶対的な力を持つ。彼女は月衛隊(ルナ・ガード)として、一刻も早くルナト教に貢献したかったのだ。


「そんな事は分かってる ……………………だから、絶対無駄にはしない。ベル・クイール・ファウスト。あなたを絶対ここから先に行かせない‼︎」


 レイリーの意志は固かった。大きな重荷を背負ってまで、突き通した自分の意志。今さらそれを変える事は出来ない。彼女はルナト教を、教皇を信じると、心に決めていた。


「後悔すんなよ」


 ベルは、レイリーが少し前に言った言葉を流用した。全てが明らかになった今、ベルには何の後悔も残っていない。


「………………」


 彼女の中では言葉が渦を巻いているが、レイリーはそれを口には出さなかった。静かに赤紫の光が勢いを増す。彼女も本気のようだ。


「うっ!」


 次の瞬間、ベルは思いがけない攻撃を受ける事となる。レイリーが炎の盾に臆することなく、攻撃を仕掛けて来たのだ。当然のように彼女の拳には火が燃え移っている。ベルにも大きなダメージがあったが、レイリーもそれと比にならないダメージを受けているはずだ。


「後悔はない!」


 レイリーは再びベルに向かって来る。教皇の力となる事を心に決めた彼女は、そのために命を捨てる覚悟もあるようだ。その強い意志は、ベルの想像を超えていた。


「くっそ!」


 彼女が炎によるダメージを気にせず襲いかかって来るのであれば、炎の盾の意味は弱くなって来る。


 ベルは立ち上がり、両手を地面についた。


「こっちも、全力で行かせてもらうぜ!」


 ベルは今までとは違う動きを見せる。

 彼の足元に広がる大きな魔法陣、そこから小さい魔法陣が幾つも出現し始めた。ベルを中心にして、小さな魔法陣が放射状に列を成して広がる。彼は魔法陣を配列させる事が出来るようになっていた。


 そしてその1つひとつが、天井に向かって幾重にも重なり出した。

 ベルの周囲には数え切れないほどの魔法陣が出現していた。放射状に広がった魔法陣の数々が、バーニング・ショットのように幾重にも重なり空間を埋め尽くす。異変に気づいたレイリーは、一旦攻撃の手を休めていた。


「赤い雨からは逃げられないぜ」


 ベルの掛け声と共に、広がる魔法陣が一斉に輝きを増す。辺り一面が、真っ赤に染め上げられる。レイリーはその光景を見て、不覚にも高揚した。それはまるで、辺り一面が血に染まったかのようでもあったのだ。


 刹那、幾重にも重なる魔法陣から、赤く細長い一線の閃きが現れる。それはとても細く、天から落ちる雨のようだった。

 レイリーがそれに気づいた頃には、別の場所でも赤い線が出現していた。

 そして休む間も無く、あらゆる場所で赤く立ち昇る線が出現する。絶え間なく出現するその輝きは、まるで赤い雨のようだった。


 人知れず自身の黒魔術(グリモア)の研究をしていたベル。その中で編み出されたのが、炎の雨を降らす“ブラッディ・レイン”。いくら目にも留まらぬ速さで動くレイリーと言えど、あらゆる場所で絶え間なく出現するこの攻撃を避けるのは至難の業。


「くっ………‼︎」


 炎の雨が降り注ぐこの状況でどんなに速い動きをしてみせても、ダメージは免れない。下手に動けば、レイリーは致命傷を負ってしまうだろう。このままでは、ベルが階段を上るのを止める事は出来ない。レイリーは捨て身でベルへの接近を試みる。


 接近しなければ攻撃を仕掛けることが出来ない。それが彼女の“力”の超化(バイス)の弱点。“速さ”の超化(バイス)がそれを補ってくれるはずだが、この状況下では、それも意味を為さない。四方を埋め尽くすこの赤い攻撃が、彼女の“速さ”を殺していた。


「うぐっっ‼︎」


 ボロボロになりながらもベルに近づこうとするレイリーだったが、ついに赤い雨に倒れてしまう。常識を超えた“力”と“速さ”を持つ彼女だが、体力は普通の人間と同じ。星空の雫を使えば復活出来るものの、今はベルに近づく事さえ出来ない。


「へ?」


 その直後、ベルに異変が起こる。

 周囲に広がっていた魔法陣は跡形もなく消え去り、ベルを囲んでいた炎の盾までもが姿を消していた。最強の矛と盾を失ったベルは、一瞬にして無防備になってしまった。

 魔法陣にストックしておいた赤い炎が底をついたのだ。このまま攻撃を続けるためには、腐炎(ふえん)のストックを使うしかない。


「ヒヒ…………」


 レイリーはその一瞬の隙を見逃さなかった。ついさっきまで、この場に広がっていたのは、ベルの絶対領域。一時的とは言え、今のベルは完全に無防備になっていた。

 この一瞬の隙をつけば、ベルを殺して教皇の役に立つ事が出来る。そう考えたレイリーは立ち上がろうとする。


「…………………」


 ベルは冷や汗をかいていた。一刻も早くさっきと全く同じ状況を作り出さなければ、殺されてしまう。


「……かはぁっ‼︎」


「⁉︎」


 その直後、ベルは魔法陣を広げるのを止めた。立ち上がろうとしたレイリーは、突如大量の血を吐き出して倒れてしまった。仰向けに眠るように倒れたレイリーは、大きく目を見開いて、口から血を流している。


 この時、レイリーの身体は限界を迎えていた。大きな力を得る代わりに、大きな代償を背負う“血の呪い”。力を多用すればするほど、大きな力を使えば使うほど、失われる血はそれに比例して多くなる。


 傷を負って出血している上、普段とは比べものにならないほど黒魔術(グリモア)を多用し、彼女の血は急激に失われていた。


 とっくに限界を超えていた彼女の身体は、ついに悲鳴を上げて崩れ去った。もはやその負荷に耐えきれなくなった彼女の身体は、ほとんど機能を停止してしまったのだ。


 ベルは一瞬何が起こったのか理解出来なかったが、レイリーが辛うじて生きていることを確認すると、一目散に階段を駆け上がった。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


思わぬところで吸血鬼の正体が明かされました!


次回はいよいよ教皇VSベル!


ルナトでの戦いは、一体どんな結末を迎えるのか⁉︎

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