第7話「謎の救済者」【挿絵あり】
逃亡犯ファウストは、火事の現場に向かっていた……
改稿(2020/06/08)
「助けておくれ!火事だよ!まだ中にうちの孫がいるんだ!」
火事の現場レヴィ家の周辺で1人の老婆が涙ながらに叫んでいる。火元と思われる家は轟々と燃える炎に包まれていた。幸い、近隣の民家とは離れているために被害は抑えられているが、中に子どもが取り残されているようだ。
ここは都市とは名ばかりの田舎町。人口は多いものの、近くには水源も存在しない。アドフォードは乾燥した恵まれない土地だった。
暗い夜の闇を怪しく照らすように、1軒の家屋が赤々と燃え盛っていた。その家はレヴィという名の老婆の家だった。すでにレヴィ夫人宅は全体を炎に包まれており、離れている場所からでもその熱を感じる事が出来た。
町中に鳴り響いた鐘の音が、野次馬たちをレヴィ夫人宅周辺に引き寄せていた。家を燃やす炎は次第に勢いを増して行くが、アドフォードの近辺に消防署は存在しなかった。それどころか、水を汲んで来られる池や湖もない。
「こりゃ、ばあさんの孫は諦めるしかねえな」
「今から消防とか呼んでも間に合いやしねえ」
燃え盛る家の周りでは、人々がこんな会話をしていた。集まるのは野次馬ばかりで、この状況を何とかしようとする者はほとんどいなかった。
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その頃、燃え盛る家の中には1人の少年が閉じ込められていた。銀髪の少年はひどく怯えた様子で、震えていた。彼はシャツの袖で口を押さえ、煙を吸い込まないようにして何とか意識を保っていた。
しかし、炎はそんな少年に容赦なくジリジリと迫って来る。時間が経過すればするほど、少年の動ける範囲は狭くなって行った。
銀髪の少年はどうすることも出来ず、その場に力なく座り込むのであった。
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レヴィ夫人宅周辺には、どんどん野次馬が増えて行く。先ほどまでは誰も行動を起こそうとしていなかったが、徐々に行動を起こす者も現れ始めていた。何人かが、バケツに汲んだ水を燃え盛る家に必死に掛けている。近くに水源がない事を知っているアドフォードの住民の中には、こういった時のために水を溜めている者もいた。
ところが、バケツの水程度では炎が勢いを落とす事はなかった。人々の必死の行動を虚しく、少量の水は轟々と燃える炎の前に蒸発してしまった。
そんな様子を見て、さきほどの老婆は崩れ落ちた。状況からして、燃え盛る家の中に取り残されているのは、彼女の孫なのだろう。レヴィ夫人は絶望し、その場で泣き崩れてしまった。
絶望的な状況の中、フードで顔を隠した男が、野次馬の間をすり抜けて燃え盛る家へと近づいて行く。突如現れた謎の男を、野次馬たちは不思議そうな顔で見つめている。野次馬たちはその男の目的を理解出来ないでいたが、すぐに彼が燃え盛る家に近づいていることに気がついた。
「やめとけやめとけ。今さら何やったって無駄だ」
「馬鹿じゃねえのか?水も持ってない奴が何目立とうとしてんだよ」
野次馬は野次を飛ばすばかり。燃え盛る家の近くに立っているだけの野次馬たちが、少年の行く手を塞いだ。彼らは、この男がただの目立ちたがり屋だと思っているようだ。
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その頃、燃え盛る家の中に取り残された少年は、すでに意識が朦朧としていた。彼は出来るだけ煙を吸わないようにしていたが、もう限界だった。銀髪の少年は煙を吸い込んでしまっていた。最早ただ死を待つだけの絶望的な状況。このまま彼は死んでしまうのだろうか。
小さな子どもの虚ろな瞳に映るものがあった。燃え盛る炎の中、少年には人影が見えたのだ。これをきっかけに、彼は少しの間意識を保っておくことが出来た。わずかな希望が少年の意識を留めたのだ。
しっかりと、そこにはフードを被った人物が見える。その人物は少しずつ炎の中に閉ざされた少年に近づいて来る。やがて少年は、フードを被った男と目を合わせた。
フードの男の目は鋭く、言葉では表せないほど恐ろしい何かを、少年に感じさせた。目の前にいる男は決して自分を救いに来たわけではない。少年はすぐにそれを理解した。
「……………」
少年は恐怖におののくが、限界寸前の体は言うことを聞かない。ただでさえ死を待つだけの状況なのに、更なる恐怖が少年の身に迫っていた。
謎の人物との距離はどんどん狭まって行き、しばらくすると少年は不気味に笑う彼の口元さえも確認する事が出来た。それは、悪魔のような形相だった。恐怖に次ぐ恐怖が少年に襲い掛かる。体力的にも精神的にも、少年が限界を迎えようとしていた。
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時を同じくして、ファウストは燃え盛る家の裏口に立っていた。野次馬の群れを何とか抜け出したのだ。
燃え盛る家を目の前にして、ファウストは呼吸を整える。そして徐ろにしゃがみ込むと、彼は両手を地面についた。
「ようやくコイツを人の役に立てられる」
その直後、ファウストの両手を中心にして、煌めく赤い光が広がった。それは彼の右掌にあるものと似た模様をした魔法陣だった。赤い魔法陣は、燃え盛る家をすっぽりと覆ってしまうほど大きく広がった。
巨大化した魔法陣は、赤く怪しい輝きを纏っていた。ファウストが両手に力を込めると、魔法陣はより一層赤い輝きを増した。
その瞬間、燃え盛っていたレヴィ夫人宅に変化が起きた。
家を包み込んでいた赤い炎が、忽然と姿を消したのだ。炎が消えたのと同時に、地面に広がっていた赤い魔法陣もすっかり消えてしまっていた。
そこに残されたのは、真っ黒に焦げてしまった建物だけだった。黒い家から発生している煙は、次第に小さくなって行った。それに反比例するように、野次馬たちの騒ぎ声は大きくなって行った。
喧騒の中、ファウストは何事もなかったかのように野次馬たちの目の前に戻って来た。魔法陣を使って燃え盛る炎を消した彼の口許は弛んでいた。1つ事件を解決した彼は、得意げになっているようだ。
「…………お前、一体何をしたんだ?」
「別に…ただの手品の応用ですよ」
野次馬の1人に話しかけられると、ファウストは澄ました顔で笑って見せた。本心では自分の能力を自慢したくて堪らないのだが、彼は平静を装っていた。クールな方がかっこいいと思っているのだろう。
満面の笑顔で“凄いだろー⁉︎”と叫びたい気持ちを押し殺して、ファウストは再び人混みの中へと消えていった。
「……神様だ」
誰かが言った。それをきっかけに、野次馬たちは今まで以上に騒ぎ出し、ファウストの後を追って一斉に走り出した。大勢が動き出したため、自分の意思とは関係なくファウストの後を追っている者さえいた。救世主ファウストが、アドフォードの町に混乱を巻き起こしたのだ。
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その頃、ファウストは“赤土の楽園”という名のバーに逃げ込んでいた。逃げ込むようにバーに入った彼は、何事もなかったかのように、空いている席に座った。
“赤土の楽園”は入り口が開き戸で、西部劇でよく見るような酒場だった。大都会にあるような洒落たバーとは違う。
だが、赤土の楽園はただ酒を飲むための酒場ではない。この店はアドフォードの人気店で、料理も美味いと評判だった。
ファウストがふと店内を見渡していると、彼と同じくらいの年齢の少女が入り口の近くに座っているのを発見する。彼女もまた、食事を楽しむために赤土の楽園に立ち寄ったのだろうか。
その直後、入り口の扉が乱暴に開かれる。
「邪魔するぜ!」
赤土の楽園に入って来たのは、大柄の男だった。彼は店に入って来るなり、低く図太い声でそう言った。大柄の男は体長2メートルほどで、目の下には深いクマが刻まれていた。寝る間も惜しんで悪さでもしているのだろう。
その大きな身体は威圧感たっぷりだった。カウボーイスタイルのファッションに身を包んだ彼は、西部劇の酒場のような“赤土の楽園”に馴染んでいた。彼が入って来たのを知ると、店内にいる人々はたちまちざわつき始める。この町で有名な人物なのだろうか。
彼の右にいるのは身長1.8メートルほどの男。この男の身体も筋肉質ではあるが、大柄の男に比べると少し細身に見える。 そして、左側には身長1.9メートルほどの細い男が立っている。3人とも似たような服に身を包んでいた。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
逃げ込んだレッド・パラダイスでは、様々な出会いが待っていた。