第60話「血の呪い」(1)【挿絵あり】
再び立ち上がり、ベルの道を阻むレイリー。
戦いの末に、彼女が語ることとは?
改稿(2020/09/20)
ベルは、再生したレイリーと対峙していた。レイリーを包み込むオーラは、ベルを赤く染め上げる。ベルのその姿は、まるで全身に血を浴びたかのようだった。
倒れ込むベルを見下ろすレイリーは、冷たく凍るような瞳をしていた。彼女は無言のままベルに近づく。
「…………………」
ようやく意識がハッキリしてきたベルは、今自分が置かれている状況を、冷静に分析し始める。さっきから信じられないような出来事ばかりが続き、ベルには分からないことが山ほどあった。
なぜ、レイリーはあの時 腐炎の壁を超えて来たのか。あの時腐炎に倒れたはずのレイリーがなぜピンピンしているのか。さっきベルを襲った衝撃は何だったのか。
到底ベルの脳のスペックでは処理しきれない、謎の事態が続いている。
「……どこ行った?」
ふとベルが視線を上げると、そこにレイリーの姿はなかった。辺りを見回しても、彼女の姿はない。本気を出している彼女の気配は、近くにいればすぐに感じ取れるはずだった。彼女の身体から溢れる赤紫のオーラは、隠しても隠しきれない。
だが、彼女はもういない。得体の知れない脅威の敵“レイリー”を相手にするよりも、一刻も早くエミリアを救い出すのが先決だ。
レイリーがいなくなった今こそ、階段を上るチャンス。そう思ってベルが身体を少し動かした、その時だった。
「ぶはぁぁっ‼︎」
ベルは大きく口を開けて、赤い血を吐き出した。彼が動いたその瞬間、さっきと同じような衝撃が立て続けにベルの身体を襲った。
1発で意識を飛ばすほどの威力を持った攻撃を、ベルは何発も連続で浴びせられた。普通ならすぐに意識を失って倒れるはずだが、ベルは辛うじて意識を保っていた。
意識を失えば、自動的に悪魔アローシャが目を覚ます。それはベルが心から望まないこと。アローシャに身体の自由を奪われたくないという、その強い意志だけが、ベルの意識を留まらせていた。
気づけば、目の前にレイリーがいる。先ほどまでと同じように、彼女は冷徹な顔でベルを見下ろしていた。
彼女が攻撃を仕掛けた瞬間が見えたわけではないが、レイリーがベルに攻撃を仕掛けて来たのは明白だった。彼女は、まだベルには見せていない他の能力を隠し持っている。今までの出来事からして、そう考える他ない。
「……………………」
ベルは言葉もなく、ただレイリーを睨みつけている。言葉を発する代わりに、ベルは頭の中で考えを巡らせた。
そして、ジャケットの内ポケットから星空の雫が入った瓶を取り出そうとする。
「ぐっ……‼︎」
指1本動かそうとしただけで、身体中に激痛が走る。ベルは思わず声を上げるほどの激痛に耐えながら、その手を瓶に伸ばした。このままでは勝ち目はない。回復したところで勝ち目があるかどうかは分からないが、体力がないよりマシだ。
苦労して掴んだ瓶を、やっとの思いで目の前に引っ張り、ベルはその栓に手を掛けた。もうすぐこの痛みを消し去ることが出来る。藁にもすがる思いで、彼は瓶の栓を開けた。
「⁉︎」
その時、ベルは何かに気がついた。星空の雫は透き通った小瓶に入っている。その小瓶をまじまじと見つめて、彼は気づいた。痛みで頭が回らないため気づくのが遅れたが、明らかに小瓶の中の水かさが減っている。
星空の雫は、誰もが欲しがる貴重な液体。そのことはベルにも分かっていた。分かっていたからこそ、その液体を使う時は、いつも慎重に1滴ずつ垂らしている。使う度に、星空の雫の残量をしっかりと記憶していた。
それなのに、星空の雫は前回使った時より明らかに減っている。
前に使った時。それは3日前、気絶したレイリーを目覚めさせるために使った時だ。それ以来使っていないはずなのに、星空の雫の水かさは大幅に減っていた。
この事実から考えられることは山ほどあるが、今最も優先されるのは、星空の雫を飲むこと。どれだけ考えようが、今のベルには良い考えは浮かんで来ない。考える事を諦めたベルは、星空の雫を数滴口に垂らした。
「お前もしかして………」
復活したベルは、レイリーと星空の雫を何度も見比べた。ベルが星空の雫を所持している事を知っているのは、この町でレイリーだけだ。それだけでなく、彼女は信じられないような復活を遂げた。頭をスッキリさせてからもう1度彼女の顔をよく見てみれば、顔や髪の毛に付いていた煤までも、綺麗さっぱり消えているようだ。
レイリーは、星空の雫を使って回復したに違いない。問題は彼女がどうやって小瓶をくすねて、雫を飲んだのかと言うこと。
「かはっ‼︎」
ベルが考えを巡らせていた時、再び身体に衝撃が走る。全てを打ち明けたレイリーはもう仲間ではない。彼女には、ベルに手加減する理由がなかった。
レイリーは隠していた力を解放して、ベルの行く手を塞いでいる。明らかに彼女の攻撃は激しさを増しているが、なぜだかどこか加減している感じもした。彼女が全ての力を解放して戦いに臨んでいるのならば、ベルはとうに意識を失って敗れているはずなのだ。
何度も猛攻を受けながら、ベルは考えを巡らせていた。レイリーは確実に星空の雫を使って、回復している。どうやって彼女は小瓶を盗んだのか。しかもその小瓶は、元あった場所に戻されている。
ベルの気づかないうちに、レイリーは最低2回以上は彼の胸元に直接触れているはずだ。実際レイリーは2度以上ベルに接触しているが、それは彼女が回復した後のこと。
少なくともベルの知る上では、回復が必要な時にレイリーがベルに接触した事はないはずだった。
「かかって来いよ」
彼女の黒魔術について、1つの目星をつけたベルは、ある行動に出る。
変化したベルの姿を見たレイリーは、一瞬固まった。ベルはレイリーの真似事をしていた。彼女が赤紫のオーラに身を包んでいるように、ベルは赤い炎で全身を覆った。全身を包むほど大きな魔法陣を足元に出現させ、さらに右手を上げて頭上にも魔法陣を展開させる。これにより、ベルの全身は炎に包まれた。
それは全方向からの攻撃をカバーする、炎の盾だった。 腐炎の温存を考えたベルは、火事の家から吸収した赤い炎を出現させていた。
「それにしても暑ちーな」
ベルは轟々と燃え盛る炎に包まれ、レイリーの出方を伺っている。レイリーを見つめるベルの額には、汗が滲んでいた。
ところが、レイリーが攻撃を仕掛けてくる様子は一向に見られない。彼女もまたベルの出方を伺っているようだ。
「ビンゴ!やっぱ、あの時お前は腐炎に倒れた。なのに今ピンピンしてる理由は、星空の雫を使ったからだ!今攻撃して来ないのは、火傷しても回復出来ないから。違うか?」
ベルはレイリーとの距離を詰めると、炎の中から彼女を殴りつける。ベルの拳はレイリーの腹部に直撃し、拳がまとっていた炎が、彼女の衣服に燃え移る。
すると、途端にレイリーは取り乱した様子を見せ、慌てて炎をはたき消した。
「ぐっ………」
ベルは攻撃の手を休めなかった。一転して優位に立ったベルは、容赦なく攻撃を続ける。ベルは次々と炎の拳を繰り出した。レイリーは攻撃を受ける度に、慌てて炎をはたき消している。
「仲間を裏切った分、俺を殴った分、そして俺を邪魔した分……」
ベルが攻撃を続けていると、忽然とレイリーの姿が消え去った。ついさっきも同じようなことが起きた。
しかし今度は違う。ベルはすぐ、背後の気配に気がついた。
「………………お前、もしかしてとんでもなく速く動けるのか⁉︎」
ベルの予想した、レイリーのもう1つの能力。
それは、人間離れした驚異的な“速さ”だった。見えない攻撃、気づかれないうちに盗まれた雫。全てがそれを示唆している。
「…………………………通常人間は1種類の黒魔術しか、悪魔から借りる事は出来ない。それは代償が大きいから。大抵の人間は、2種類以上の黒魔術を手にすることを諦める」
レイリーは、ベルの問いに答え始める。
「でも、それが出来ないわけじゃない。大きすぎる代償を払えば、絶大な力を手に入れることが出来る。私はアスタロトと、大きすぎる代償を条件に契約をした。あの時、私はその代償の大きさを見誤っていた。その代償は“呪い”として私に残った」
自身の黒魔術について説明しながら、レイリーは歩き回っている。
そして、ベルが吐血した地点の前に立つ。
「“血の呪い”として」
レイリーは屈むと、右の人差し指で、床に吐かれたベルの血液を拭い取る。それから、彼女はそれを舐めた。その時、ベルには彼女の尖った犬歯が見えた。
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ぶつかり合うベルとレイリー。レイリーの黒魔術、そして彼女自身に隠された秘密とは!?




