第59話「力なき戦士」(2)【挿絵あり】
「邪魔だ!」
ランバートの身体は、ベンジャミンの視界を一瞬だけ塞いだ。
しかしながら、一瞬視界を塞いだだけで、ランバートは簡単に振り解かれ、弾き飛ばされてしまう。ベンジャミンは勢いを落とすことなく、バーバラのもとへ駆けて行く。
「隙だらけだ!」
次の瞬間、バーバラの真似をしたバートが力強く叫んだ。ベンジャミンが視線を下ろすと、彼の左脚にバートの剣が突き刺さっていた。その剣を握っているのは、もちろんバートだった。
それを見て、ベンジャミンは思わず溜め息をつく。彼らは必死に攻撃を仕掛けて来るが、そのどれもがほとんど意味をなしていない事に、気づいていない。月衛隊がこの場を制するのは、時間の問題だった。
「?」
だが、バートは執念深かった。
彼がベンジャミンの左脚に突き刺した刃は礼拝堂の床まで届き、そこに刺さっている。 ベンジャミンの動きは、これによって制限されてしまっていた。左脚が床に固定されてしまった。
それでも、ベンジャミンにとってそれは大した問題ではなかった。彼にかかれば、細い刃の1つや2つ、容易くへし折ることが出来る。
ところが、ベンジャミンはそれさえも億劫になってしまっていた。圧倒的な実力差のあるザコキャラには、これ以上付き合っていられない。それがベンジャミンの心の声。
「終わりだ……」
一刻も早くこの場を鎮圧したかったベンジャミンは、ある行動に出る。
なんと、巨大な剣を力づくで投げつけたのだ。ベンジャミンの胴体ほどもある巨大な大剣が、彼の手を離れて、滑空している。
大剣は、空中をまっすぐに進む。ベンジャミンが力一杯投げたその巨大な刃は、ダーツの矢の如く飛んで行く。
その目指す先にいるのは、バーバラ・ハワード。敵の司令塔を真っ先に消してしまうことで、敵陣の総崩れを起こさせる。それがベンジャミンの狙いだった。
「やめて……」
リリは口を覆った。彼女はベンジャミンのすぐ傍にいたが、どうすることも出来なかった。か弱い女の子が、筋骨隆々の巨漢を止めることなど出来はしない。他の同志たちもベンジャミンの攻撃を防ごうとするが、すでに遅かった。
「ぎゃあぁぁぁ!」
その直後、バーバラが悲痛な声を上げた。それを機に、同志たちに絶望が広がる。ベンジャミンが投げつけた大剣はバーバラの身体に命中した。その凄惨な光景を前に同志たちは言葉を失うが、バーバラの命が奪われてしまうことは、辛うじてなかった。
バーバラは本能的にその刃から逃れようと、動いていた。必死に逃げようとしても、ベンジャミンの大剣はバーバラの左脚に直撃した。
彼女の左脚は、膝から下を完全に切断されてしまった。切断面からの出血はひどく、早く手当をしなければ命の危険もある。悲痛な叫び声を上げながらも、バーバラは上着の裾を破り、止血を試みた。バーバラは肝の座った女性だ。
ベンジャミンの想定通り、反抗勢力の間に絶望の雲が広がり始めていた。ランバートたちの表情が歪んでいるのが、見て取れる。彼はこのままランバートたちを抑え込み、完全に制圧するつもりだ。
「諦めろ。お前たちでは私には勝てん」
ベンジャミンは左脚に刺さる剣をへし折ることはせず、引き抜いた。
そして、引き抜いた剣を乱暴に投げ捨てる。
勝利を確信したベンジャミンは、ゆっくりとバーバラの方へ歩き出す。その時だった。
「っ⁉︎」
突如としてベンジャミンが足を滑らせて、豪快に転倒した。一瞬の出来事に彼は戸惑い、辺りをキョロキョロと見回している。反抗勢力の人間は、誰も攻撃を仕掛けていないはずだった。
すると、ベンジャミンの視界にあるものが飛び込んで来た。それは泥に汚れた白いドレス。
視線を落としてみると、彼の足元には、リリのドレスの裾があった。リリが近くにいたことを気にも留めていなかったベンジャミンは、思わずドレスの裾に足を引っ掛けてしまったのだ。
純白のドレスを真っ赤な血が染める。ベンジャミンは流血していた。人間離れしたベンジャミンでも、血は流す。
ポタ、ポタと真っ白なドレスに血液が垂れ続けている。同志たちの攻撃はベンジャミンの勢いを衰えさせずとも、確実にその身体にダメージを蓄積させていた。
当の本人が大丈夫だと思っていても、身体は違う。ベンジャミンは、自分自身の身体をよく理解出来ていないのかもしれない。それを裏付けるように、ベンジャミンは肩で呼吸をしていた。
「あは、あはははは……」
ベンジャミンの鬼のような形相に睨まれたリリは、ただただ苦笑いするのみだった。
ふとした拍子にピストルを手放してしまった今のリリには、抵抗する術が何もない。そんな彼女に出来ることは、笑ってこの場をやり過ごすことだけ。
「勝ち負けを決めるのは、お前じゃない」
その時、バートの冷ややかな視線がベンジャミンに送られる。
ベンジャミンが気づいた時には、目の前にバートとランバートがいた。彼らは2人とも剣を手にしており、それをベンジャミンに突きつけている。
傷を負ったベンジャミンを見下ろす2人の戦士。傍から見れば、それはベンジャミンが圧倒的不利な状況に立たされたようにも見える。
「生意気な。無力な男2人に何が出来ると言うのだ!」
ベンジャミンは2人の戦士を鼻で笑った。彼らは敵を見下ろしただけで、勝った気になっている。
“勝ち負けを決めるのはお前じゃない”
確かにそうかもしれないが、ベンジャミンの実力で勝敗を左右することは十分に可能だ。
期せずして倒れたベンジャミンは、何事もなかったかのように立ち上がろうと、両脚に力を入れる。武器さえ手にしていないものの、無力な剣士2人を相手にして勝てるだけの実力は有している。ベンジャミンはすぐに彼らを片付けるつもりだった。
「くっ………」
立ち上がろうとしたその瞬間、ベンジャミンの身体に激しい痛みが走る。
彼は再び倒れこんだ。いくら屈強なベンジャミンと言えど、蓄積された痛みには逆らえない。これまでもランバートから不意打ちを食らったり、レイリーから殴られてベンジャミンは痛みを感じたことがある。
しかし、この時彼が感じた痛みは、それらとはレベルが違っていた。それは、今までベンジャミンが感じたどんな痛みをも凌駕する痛みだった。ベンジャミンの思いと裏腹に、身体が悲鳴をあげ始めていたのだ。
「誰が無力だって?」
2度も倒れたベンジャミンを見て、彼がしたのと同じように、ランバートはベンジャミンを鼻で笑った。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
無力な戦士の前に倒れるベンジャミン。次回は再びベルVSレイリーです!お楽しみに!




