第58話「レイリー」(2)【挿絵あり】
放たれた腐炎は壁の如く、レイリーの前に立ちはだかる。腐炎の壁は、ベルを取り囲むように立ち昇っていた。ベルに攻撃を仕掛けたければ、この壁を通り抜けるしかない。
「っ⁉︎」
次の瞬間、ベルは背後に気配を感じた。振り返るとそこにはレイリーの姿。ベルに気づかれたことを知ったレイリーは、不満そうな顔をしている。
ついさっきまで炎の壁の向こうにいたはずのレイリーが、一瞬にしてベルの背後に現れた。一体どうやって炎の壁を越えて来たのだろうか。
「何やったか知らねぇが、俺はお前には負けねーよ」
ベルは両手を開くと、ちょうど深呼吸をする時のように、その手を即座に身体の内側へ向けて、交差させた。
すると、ベルとレイリーを取り囲む腐炎の壁に変化が起きる。
「⁉︎」
ベルの動作が終わると同時に、高く立ち昇った炎が内側へと流れ出す。まるで波のように、腐炎がベルとレイリー目掛けて流れ込んで来る。
それは逃げ場を作らない、ベルの完璧な攻撃だった。四方を囲まれたレイリーは、大人しく腐炎に飲み込まれれるしかなかった。渦を巻くように流れ込んだ茶色い炎は、2人の黒魔術士を完全に呑み込んでしまった。
それは敵の隙をつき、確実にダメージを与える大技。逃亡と言う名の旅の途中で、ベルは確実に黒魔術の腕前を上げていた。
しばらく経って、次第に腐炎が勢いを弱めていく。“死の炎渦”は捨て身の黒魔術。自分もろとも炎の壁で敵を囲い上げ、逃げ場をなくした上で、四方から襲い掛かる。そのため、その近くにいる術者も間違いなくダメージを受けてしまう。
だがベルにその心配はなかった。新たに腐炎を発生させたベルは全身を腐炎で囲んで、流れ込んでくる腐炎の波と相殺させていた。炎が鎮火した後そこにあったのは無傷のベルと、床に倒れこむレイリーの姿。
「後悔するのはそっちの方だ」
倒れ込んだレイリーを見て、ベルは勝利を確信した。彼女が赤紫のオーラをまとった時ベルは得体の知れない力を感じたが、レイリーに本領を発揮させないまま、この戦いを終わらせることが出来た。
倒れたレイリーの姿を見てみれば、彼女を包み込む赤紫のオーラは跡形もなく消え去り、煤だらけになった顔で、気を失っている。真っ白なその髪の毛までも、黒く汚れてしまっている。まだまだレイリーの実力については不明な点も多いが、憑依によって得られた力には敵わないようだ。
本来であれば、この炎の渦をまともに受けてしまえば命の保証はない。レイリーから最初に攻撃を受けた時のように、ベルも手加減していたのだ。
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結婚式をぶち壊すための戦いは、まだ終わっていない。始まったばかりだ。礼拝堂では、月衛隊と反抗勢力が激しい戦いを繰り広げている。バーバラたちは、召喚された魔獣に苦戦を強いられていた。
物陰に隠れたアレンは、しきりに何かを月衛隊のいる方へ投げては、また隠れてを繰り返している。アレンが何かを放り投げてから一定時間経過すると、召喚された魔獣たちの付近で、大きな音と共に爆発が巻き起こる。
どうやら、バーバラがアレンに爆弾を持たせたようだ。この戦いにおいて、アレンは大きな役割を担っていた。いずれにしても、無邪気な子どもに爆弾など持たせるものではない。爆発により魔獣が吹き飛ばされる様子を見て、アレンは満面の笑みを浮かべている。その純粋過ぎる心からは、サイコパスの素質さえ伺える。
リリはアレンと同様物陰に隠れて、ピストルを撃っている。彼女にとってピストルなんて物騒なものを触る機会は、これが初めてだった。バーバラに使い方は教わったものの、この緊迫した状況下では何度も撃つ手順を間違いそうになるし、彼女の放つ弾は全然敵に当たらない。さらに服装は動きにくいウエディングドレスという始末。彼女がこの戦いで役に立つことはなさそうだ。
一方で、バーバラは的確に魔獣を仕留めていた。彼女たちが戦いたいのは月衛隊であるのに、大量に召喚された魔獣のせいで一向に近づくことが出来ない。今は地道に魔獣を片付けるしか、方法はなかった。
バートとランバートは、次々と魔獣を斬り倒す。1度 召喚士を退けた実力は伊達ではない。ランバートの力強い剣撃は魔獣の骨をも叩き斬り、バートの素早い剣は、次々と魔獣の息の根を止めていく。バートのその活躍は、彼がベンジャミンと戦った時とは比べものにならなかった。ベンジャミンが圧倒的な力を誇っていただけのことかもしれないが、今の彼は軽々と敵を倒し続けている。
バーバラたちの前に壁のように立ちはだかっていた魔獣の姿も少なくなって来たその頃、月衛隊の隊列から大柄の男が姿を見せる。ベンジャミンだ。
「お遊びはこれまでだ」
この歯止めの効かない混乱の中でも、冷静さを欠かないベンジャミンがゆっくりと前進する。バートとランバートと交戦した時や、ベルとレイリーと交戦した時とは違い、今の彼は武器を携えている。
それはとても大きな剣だった。その刃はベンジャミンの胴体ほどの大きさがあり、たとえそれが剣ではなかったとしても、十分な殺傷能力を得られるほどの代物だ。普段あまり見ることのないベンジャミンの武器を見て、月衛隊の誰もが息を呑んだ。
大剣を握りしめる彼の腕には無数の血管が浮かび上がり、その手は怒りで震えている。誰も見たことのない隊長ベンジャミンの本気が見られるのか。月衛隊員は恐怖と期待を同時に抱いていた。
ベンジャミンの発するただならぬ雰囲気を感じたバーバラたちもまた、息を呑む。彼の実力が他とは比べ物にならないことくらい、その様子を見ているだけで分かる。かつてない怒りを覚えた修羅は、今まさに襲い掛かろうとしていた。
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その頃ベルは教皇を追うため、階段を登ろうとしていた。ベルの行く手を塞ぐ敵はもういない。残る敵はエミリアをさらった教皇のみ。エミリアの身体を引き寄せ、一瞬にして偽りの花嫁の正体を見破った教皇。彼との戦闘はレイリーの時のようには、上手く行かないだろう。
教皇もまた、その能力の片鱗しか見せていない。彼を倒すことが出来るかどうかはベルには分からない。未知の敵にただ挑むのみ。それがベルの遂行すべき任務だ。
「かはぁっ‼︎」
それは、ベルが階段に1歩踏み出したその瞬間の出来事だった。急に身体中に衝撃が走り、ベルは階段の麓に倒れこんだ。確かに目の前には何もなかったし、誰もいなかった。ベルは気が動転していた。彼はあの瞬間に何が起こったのか全く理解出来ないでいる。
ただその衝撃はかなりのもので、ベルは攻撃を受けた瞬間気を失いかけた。一瞬にして意識が飛んでしまうほどの衝撃。これも教皇の力の一部だと言うのだろうか。遠く離れた場所から敵を攻撃する圧倒的な黒魔術を、教皇は持っているのか。
「んん………?」
一瞬気を失いかけて目を閉じていたベルが薄っすら目を開くと、そこには誰かが立っていた。ベルが大きく目を開いた瞬間、彼の予想は大きく裏切られることになる。
瞳に飛び込んで来たのは赤紫の閃光。ベルが倒されたのは、決して教皇の力などではなかった。
「言ったでしょ?後悔するって」
ベルを見下ろすのはレイリーだった。その身体はピンピンしており、ベルの魔法に倒れたことが嘘のようだ。それだけでなく、彼女の身体は、再び赤紫の怪しいオーラに包まれている。
再びベルに立ちはだかるレイリーの眼光はさらに鋭くなり、殺意を剥き出しにしているかのようにも見える。あの時レイリーは確かにベルの攻撃に倒れたが、今こうして、もう1度立ちはだかっている。
未知の敵“レイリー”との戦いは、まだ始まったばかりだった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
再びベルに襲いかかるレイリー。この戦いの行方は…⁉︎




