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第58話「レイリー」(1)

ベルの前に立ちはだかるレイリー。彼女の目的とは⁉︎


改稿(2020/09/18)

 結婚式が始まってからわずか数分、礼拝堂内は手のつけようのない混乱に陥っていた。


 今日この日は、町民が総出で教皇の結婚を祝う歴史的な日になるはずだった。

 ところが、今日は別の意味で歴史的な日になった。結婚式が執り行われるはずだった礼拝堂内に、もはや新郎新婦の姿はない。今この中にいるのは、反乱を起こした少数の町民と月衛隊(ルナ・ガード)のみ。


 すでに戦いの火蓋は切って落とされた。どちらかが敗北するまで、何人たりともこの戦いを止めることは出来ない。


 ベルの前に立ちはだかるレイリーは拳を握りしめ、ベルの方へと駆け出す。


「レイリー、答えろ‼︎」


 そう叫んだ後、レイリーの強烈な一撃をすんでの所でベルは避ける。レイリーの拳をまともに受けてしまえば勝ち目はない。そのことはベルも十分に理解している。

 明らかに敵意を見せるレイリーに対して、なぜかベルが黒魔術(グリモア)で対抗することはなかった。


「黙ってんじゃねえよ」


 ベルはレイリーを問いただす。対してレイリーは一言も口を開かない。それはまるで、ベルとレイリーが初めて出会ったあの日のようだった。

 レイリーは、言葉の代わりに拳を繰り出す。攻撃する意思を見せないベルは、防戦一方だ。凶器に等しいレイリーの拳。ベルがその手を掴むことは出来ない。

 このままでは一方的にベルの体力が削られ、レイリーの攻撃がベルに命中するのも時間の問題だ。


「はぁ…はぁ…黙ってんじゃねえよ」


 すでにベルの息は切れ始めていた。目の前にいるのが普通の敵なら、ベルは多少無理をしてでも何とか反撃して見せるはず。

 だが、今対峙しているのは普通の相手ではない。彼女は、ついさっきまで仲間だったのだ。仲間だったが、現に彼女は襲いかかって来ている。

 本来ならば全力で戦うべきなのだろうが、その前にベルは、彼女が突然敵意を見せたその理由を知りたかった。


 容赦なく拳を繰り出し続けるレイリーの表情は、どこか悲しみを湛えているようにも見える。

 それでもレイリーは攻撃の手を休めることはなかった。岩塊をも粉砕する拳の雨が、ベルに降り注ぐ。


「ぐっ……‼︎」


 ついに死の拳がベルに命中してしまった。3日前、レイリーがベンジャミンから拳打を受けた時のように、彼女の拳はベルの腹部にめり込んだ。ベルは思わず膝から崩れた。


「なんで抵抗しないの……?」


 レイリーの顔には悲しみが浮かんでいる。さっきと違い、今度はそれがハッキリと分かった。


「へっ、やっと喋ったじゃねえか」


 ベルはレイリーの拳に倒れたものの、辛うじて意識を保っている。彼女の声を聞いたベルは笑顔を見せた。

 レイリーの拳は、一撃で人間を死に至らしめるほどの威力を持つ。ベルが一撃で倒れなかった。このことは、レイリーが手加減をしている可能性も示唆していた。


「何で俺たちを裏切った?」


 ベルは胸元から瓶を取り出し、星空の雫を飲んだ。

 そしてゆっくりと立ち上がる。

 信頼していた仲間から裏切られ、突然攻撃を仕掛けられても反撃しないベル。その態度がレイリーの心を動かす。レイリーの裏切りには、何か深い事情があるのではないか。ベルはそう考えていた。


「………………」


 ベルの質問に、レイリーは黙り込む。彼女はただ俯くだけで、質問に答えようとはしなかった。

 ただ、それは彼女が言葉を絞り出そうとしているのだと捉える事も出来た。


「………………」


「…………………………」


「裏切ってない」


「は?」


 長い沈黙を破ってレイリーの口から出て来たのは、耳を疑う言葉だった。言っている事とやっている事が完全に矛盾している。

 もし裏切っていないのだとすれば、ベルが教皇の後を追うのを邪魔したり、攻撃を仕掛けて来たりしないはずだ。


「何言ってるんだ?」


 彼女がバーバラたちを裏切っているのは明白。なぜ否定しようのない事実を否定するのか。


「私は……私は、最初からバーバラさんの仲間じゃない!」


「どういうことだ?」


 このレイリーの発言により、ベルはますます状況を呑み込めなくなった。分からないことの連続で、ベルの脳の処理速度が追いついていかない。


「これが本当の私」


 レイリーは手を広げて、月衛隊(ルナ・ガード)のマントを見せつける。


「何言って……」


「私は月衛隊(ルナ・ガード)に潜入してるスパイじゃない。そもそも月衛隊(ルナ・ガード)なんだ」


 レイリーは、ようやく真相を明らかにした。ベルが仲間だと思っていたレイリーは、最初から仲間などではなかった。


「逆だった。私が月衛隊(ルナ・ガード)から送り込まれたスパイ」


 月衛隊(ルナ・ガード)から送り込まれたスパイ。それがレイリーの正体だった。ベルが仲間だと思っていた彼女は、仲間になる前から敵だった。


「最初から俺たちを騙してたってことか……」


 ベルの心の中に悲哀が広がる。ベルが攻撃する姿勢を見せなかったのは、心のどこかでまだレイリーを信じていたから。今まで一緒に戦って来たレイリーは、全てが嘘だった。


月衛隊(ルナ・ガード)はあなたたちのことを全て把握していた。その上で、何もかもがあなたたちの計画通りに進んでいるかのように装った。月衛隊(ルナ・ガード)は全て知っていて、わざとエミリアを連れて行かなかった」


「全てはこの日、あなたたちの計画を肝心なところで失敗させるための、私たちの作戦だった」


 レイリーから全てが明かされた。

 たまたまバーバラの作戦が上手く行かなかったわけではなかった。最初からバーバラたちは、月衛隊(ルナ・ガード)の敷いたレールの上を進んでいたのだ。


「何で、こんなくだらないものを信じるんだ?お前も本当は、俺たちの方が正しいって思ってるんじゃないのか?」


「教皇様は私の命の恩人。なんで信じちゃいけないの?」


 このレイリーの言葉には、色んな感情が入り乱れていた。彼女は取り乱しているようにも見えた。

 彼女が自分自身を表現することは滅多にない。感情を露わにしたレイリーの様子を見て、ベルは一瞬たじろぐ。


「……………何でだ?俺たちと一緒に過ごして来たお前は、全部嘘だったって言うのか?」


 ベルは今までレイリーのことを仲間だと信じていた。長い獄中生活は、ベルの仲間意識を強くした。数字で見ればそれほど長い服役期間ではなかったのかもしれないが、多感な少年にとっての10年は、大人の10年とはわけが違う。彼の仲間を大切に思う気持ちは、誰よりも強かった。


「あなたがルナトに来るずっと前から、教皇様は反抗的な人間がいることに気がついていた。だから私がスパイになった。最初からスパイだった。だから、全部嘘」


 一転して、今度はレイリーは冷ややかに答えた。彼女はバーバラと出会った頃からスパイだったのだろう。スパイたるもの、敵に感情移入してはいけない。そもそも、レイリーにとってベルはそれほど大きな存在にはなっていなかったのかもしれない。彼女の赤い瞳からは、微塵も温かみを感じられなかった。


「…………………」


「分かったよ。お前が倒すべき敵だって」


 ベルは心を決めた。どれだけ説得しようと、レイリーの心は変わらない。もはや議論の余地はない。あとは全力でレイリーとぶつかるのみ。


「……………」


 そう言う態度を取ってくれればこっちもやりやすい。レイリーは瞳でそう語っていた。


「道を開けろ」


 ついに戦闘態勢に入ったベル。右手から真っ赤な魔法陣を開き、腐炎を放出する。轟々と音を立てながら燃え盛るくすんだ炎は、ベルの右手を包み込んだ。


「嫌!」


 それに対し、レイリーは再び赤紫の魔法陣に身を包んで魔力を高める。魔法陣が消えた後も、レイリーを包む赤紫のオーラは消えることなく輝いている。それは今のレイリーが、これまでの彼女とは違うことを示していた。

 全身が赤紫に染まったレイリーは、心なしか目つきまでもが変化したように見える。見た目からも分かるその変化に、ベルは息を呑んだ。


 今彼の目の前にいるのは、これまで見たことのないレイリー。今までの彼女は、力を出し切っていなかったと言うのか。


「上等だ。俺も舐められたもんだな」


 レイリーのその変化は、反対にベルの気持ちを高揚させた。今対峙しているのは、ベルゼバブのような悪魔ではない。それでも彼女には、ただならぬ力が宿っている。レイリーからは、ベルが今まで戦って来た黒魔術士(グリゴリ)とは比べものにならない力が感じられた。


「あなた、後悔する」


「今さら後悔なんてするかよ!」


 ベルを止めるものはもうない。レイリーの進行を妨げるため、ベルは腐炎を一気に魔法陣から吐き出した。耐えられないほどの腐臭と、燃える熱気があたりに充満する。少し離れたところで交戦している月衛隊(ルナ・ガード)やバーバラたちにも、その影響は少なからずあった。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


明らかになるレイリーの正体。レイリーは仲間たちを裏切った二重スパイだった。剛腕のグリゴリと業火のグリゴリの戦いが始まった…

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