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第57話「花嫁」(2)

 同志たちは全員、この日彼女のために月の塔へ乗り込んだ。仲間たちが自分のために戦おうとしてくれている。エミリアは彼らが心配でならなかった。居ても立っても居られなかった彼女は作戦を無視して、レイリーの家を飛び出してしまったのだった。


 エミリアは塔の外から仲間たちの様子を見守るつもりだった。周りに混乱をもたらさないためにも、エミリアはレイリーの家にあったローブを着て、月の塔へ向かった。

 結果的に、彼女のこの行動が作戦を台無しにすることになる。エミリアは月の塔の外で戦いの様子を遠くから見守り、仲間の帰りを待とうとしていた。


 ところが、町民の教皇に対する関心の高さは彼女の想像を遥かに超えるものだった。

 町民が月の塔に一斉に押しかけたことにより、エミリアは為す術もなく、礼拝堂に流れ込んで来てしまったのだ。それでもなお平静を装うとしたエミリアはフードを被って、式の様子を人混みの中から見守ろうとしていた。


 最終的に、教皇は隣にいるのがエミリアでない事を見破り、本物のエミリアが見つかってしまった。

 それは強い歪んだ愛情のなせる技なのかもしれない。エミリアを我が物にしたいという独りよがりで、とても強い気持ちが、彼のオーブ感知能力を高めたのだろうか。


「もうワシは、お前たちを信用することが出来なくなった」


 教皇は憂いを湛えた声で、そう言った。そこにいる誰もの表情が強張る。月衛隊(ルナ・ガード)でさえも恐怖によって固まっている。


「教皇様どうか落ち着いてください。これは全て……」


 教皇の信頼を失いたくないベンジャミンは必死に弁明しようとするが、それは教皇によって遮られた。


「婚礼の儀はワシとミス・ランバートの2人だけで行う」


 教皇が再び右手を伸ばすと、エミリアの身体が宙に浮かんだ。

 そして、彼女は教皇のもとへと引き寄せられる。エミリアは抵抗することも出来ず、教皇の目の前に引き寄せられた。教皇はそのまま、エミリアの肩を抱いた。


「お待ちください教皇様!どうか!」


「ええいうるさい!お前たちにはもううんざりだ!」


 必死に許しを請うベンジャミンだったが、怒り狂った教皇には何を言っても無駄だった。もう何人たりとも教皇を止めることは出来ない。

 バーバラたちにとっても月衛隊(ルナ・ガード)にとっても、全く予期せぬ事態が招かれた。何百年も地上に降りて来たことのない教皇。その存在はもはや伝説のようなもので、その能力や実力を知ることはほぼ不可能に近かった。


「ワシが下界に降りることは金輪際ない。これからは、この美しき花嫁と2人だけで過ごすとしよう」


 そう言い残した教皇は、エミリアを抱きかかえて、塔の上へと繋がる階段に向かった。


「クッソ、待てこの野郎‼︎」


 それを見逃さなかったベルは、咄嗟に教皇の後を追いかける。

 これにより、ベルの月衛隊(ルナ・ガード)に対する裏切りは明らかなものとなった。ベルを加入させた事は結果として、月衛隊(ルナ・ガード)の評価を失墜させることになった。ようやく、ベンジャミンはその事を強く後悔した。


 教皇に抱えられたエミリアの姿は、どんどん小さくなって行く。ベルは必死に教皇を追い掛けた。このまま教皇を逃すわけにはいかない。この結婚式だけは、新郎の思い通りに進めさせてはならなかった。


「行かせない」


 しかし、あと数歩で階段にたどり着きそうになった時、ベルの行く手を遮る人物が現れた。


「レイリー⁉︎」


 ベルの行く手を塞ぐのはレイリー。ベルの目の前に現れたレイリーはゆっくりと仮面を外し、似合わない笑みを浮かべた。

 今まで一緒に戦って来た仲間が、ベルの目の前に立ちはだかる。


「アンタたち、やるんだ‼︎」


 ちょうど同じ頃、バーバラが声の限りに叫んだ。彼女にとっても、今起こっているのは想定外の事態。

 礼拝堂はもはや収拾のつかないような混沌に包まれていた。一刻も早くエミリアを救い出したいところだが、そう簡単にはいかない。バーバラは同志に向けて、叫んだ。


 ドカーン‼︎


 次の瞬間、大きな爆発音と共に礼拝堂が大きく揺れた。混乱に次ぐ混乱。礼拝堂内の町民は慌てふためき、冷静さを完全に欠いていた。同志と月衛隊(ルナ・ガード)以外の全員が、一斉に出口へ向かって走り出す。


 門番をしていた月衛隊(ルナ・ガード)は慌てて扉を開いた。これにより、礼拝堂から町民が次々と出て行った。

 これはバーバラの計画の一部だった。大した威力のない爆弾を、気づかれないように礼拝堂に仕掛け、混乱を引き起こす。

 そして、無関係の町民を安全な外に出し、バーバラたちは月衛隊(ルナ・ガード)との戦いに挑む。異常なまでに人が集まっていたため、人混みに紛れて爆弾を仕掛けるのは至極容易なことだった。


 礼拝堂内の人口密度が低くなり始めると、一向に逃げる様子を見せない勇敢な戦士たちの姿が見えてくる。


 バートとランバートは剣を引き抜き、臨戦態勢に入っている。アレンは物陰に隠れ、何やら不穏な道具を扱い始める。

 そしてバーバラはピストルを構えて佇み、リリもバーバラ同様、ピストルを手にしていた。


 望まれぬ結婚式は、類を見ない混乱に陥った。バーバラは結婚式が混乱に陥れられるのを望んでいたが、この状況は彼女が望んだ形ではなかった。


「貴様らが無神論者か」


 果敢に立ち向かおうとしているバーバラたちの姿に、ベンジャミンが気づいた。

 ついに、月衛隊(ルナ・ガード)と無神論者が全面衝突する。お互いに詳細を知ることが出来ずにいた2組の集団が、ようやく相見える。


「エミリアは返してもらう」


 ランバートの声には、静かな怒りが込められていた。本来ならエミリアは危険からはほど遠い場所にいて、何事もなくこの日を過ごすはずだった。だのに今や大事な娘が、数百年も生きる化け物に捕らえられてしまっている。


「すでにミス・ランバートは教皇様と一緒だ。結婚式を台無しにしておいて、ただで帰られると思うなよ」


 ベンジャミンは、さっきまでの動揺を怒りに変えた。教皇からの信頼を失ったことを気にしている場合ではない。礼拝堂に残っているのは反乱を起こした愚か者たち。今は彼らを全力で排除するのみ。


「行けーっ‼︎」


 バーバラの掛け声で、戦いの火蓋が切って落とされた。今この時、ルナト教を信じる者と信じない者との、全面戦争が始まった。


 月衛隊(ルナ・ガード)召喚士(サモナー)たちは一斉に魔法陣を展開し始める。


 それと同時にレイリーも魔法陣に身を包み、超化(バイス)を発動させた。


「レイリー、どういう事なんだ⁉︎」


 ベルは目の前で起きている事態を呑み込めなかった。一緒に試験を受け、一緒に月衛隊(ルナ・ガード)に潜入したレイリー。今までの彼女は全て嘘だったと言うのか。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


バーバラの作戦は失敗し、エミリアは教皇に捕まってしまいました。


そして突然敵対するレイリー。一体この先にどんな結末が待ち受けるのか!?

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