第55話「顔なき騎士」(1)【挿絵あり】
エミリア奪取作戦開始‼︎
改稿(2020/09/16)
2人の黒魔術士がベンジャミンから任務を与えられた2日後。ランバート、エミリア、バート、リリ、アレンそしてバーバラはレイリーの家に移動していた。すでにバーバラの食堂はもぬけの殻。そこには月衛隊に立ち向かうための罠が仕掛けられているのだろう。
そんな中、エミリアはベッドに座って足を投げ出していた。その膝の上にアレンが寝ている。まるで母親に甘えるかの如く寝ているアレンを見て、エミリアは優しい笑みを浮かべた。
「あら」
「わわ!すみません!こら、アレン君!」
その様子を見てリリが慌てて頭を下げる。
「気にしないでください。この天使のような笑顔なら、いつまでも見ていられますわ」
エミリアは、アレンの行動を一切気にしていなかった。少し抜けているとこを除けば、彼女は本当に非の打ち所がない女性だ。
「バーバラさん。アイツらに任せて本当に大丈夫なんですか?」
バートが口を開く。彼の両頬には絆創膏が貼ってあり、まだ完全には回復していない様子だ。
「相手はお前が敵うような相手じゃあない。だが、あの2人ならやってくれるさ」
バートに対するバーバラの当たりは強かった。
この言葉はバートのプライドを大きく傷つける。それでも、決してバーバラは彼を見下しているわけではない。同志たちの実力を把握し、その使い所を見極めているのだ。
「見くびらないでください。今の俺なら、アイツに負けたりしない」
2日前、バートは吸血鬼と遭遇した。彼はその事実を他言していない上に、自身の力に絶対的な自信を持っているようにさえ見える。
バートは2日間傷を癒すために休んでいただけのはず。あの日、彼は吸血鬼と何らかの取引をしたのだろうか。
「アンタらが想定通りに動いてくれれば、きっと上手く行くはずなんだ。規律を乱さないでおくれ」
バーバラは考えを変えなかった。彼女は、バートが吸血鬼と遭遇したことを知らない。
「バート。そろそろ行くぞ」
「はい」
その後、ランバートがバートを連れてレイリーの家を後にする。どうやら、彼らも今日の作戦において何らかの役割を担うことになっているようだ。
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一方ベルは、レイリーを引き連れてベンジャミンに報告をしていた。そこには、もちろんジム・コリーもいた。
ベルはバーバラに言われた通りの内容を、ベンジャミンに報告した。反抗勢力の具体的な素性や能力などは掴めていない。だがその中で、反抗勢力の拠点はバーバラの食堂である事を突き止めた。
ベルとレイリーは2日間、町中を探して情報を手に入れた。そう言うことになっていた。
一方のジムは、ほとんど情報を掴めていない様子。
「よくやった。拠点さえ分かればこちらのもの。その食堂に一気に畳み掛けて、ミス・ランバートをお連れする!」
ベンジャミンはベルとレイリーを微塵も疑っていなかった。それどころか、強力な力を持っている上に、情報収集にも長けた優秀な人材だと思っているに違いない。
「それはお勧めしません」
ベルはベンジャミンの作戦を否定した。おそらく、今ベンジャミンが立てた作戦は、バーバラの作戦にとって都合の悪いものだったのだろう。
「何だと?何か問題でもあるのか?」
「奴らも馬鹿じゃありません。もしかしたら、私たちの動きを嗅ぎつけている可能性だってある」
レイリーは、反抗勢力に用心するフリをしてみせる。
「もしそうだとしたら、奴らは別の場所にミス・ランバートを移動させている可能性だってあります。それに、食堂に何か罠が仕掛けられている可能性も、十分に考えられる。ここは何人かに分かれて行動するのが良いんじゃないでしょうか?」
ベルーはレイリーに続いて、偽りの作戦を説明する。月衛隊を数カ所に分散させることこそが、バーバラの狙いだった。
「………確かにそれもそうだ。だとしたら、3手に分かれるとしよう」
ベンジャミンはベルとレイリーの提案をあっさりと受け入れた。用心に越したことはない。慎重に動けば、それだけリスクは回避出来るものだ。
「食堂、ミス・ランバート宅、そしてバートリー宅」
レイリーが分かれるべき場所をつぶやく。
「それじゃあ、俺とレイリーはバートリー宅に向かいます」
誰よりも先にベルがそう言った。おそらく、これだけは譲れないことなのだろう。
「お前たちは強力な黒魔術士だ。ミス・ランバートのいる可能性の1番高い食堂に向かうべきだと思うが……」
「何事もなければすぐに食堂に向かいます。ですから、まず俺たちはバートリーの家に」
まずはバートの家に向かい、何事もなければすぐに食堂を目指す。ベルとレイリーはそう言う体で動く。
「分かった。ならば、私とコリーが食堂へ向かおう。残り3名の召喚士はミス・ランバート宅へ向かわせる。それでは、ミス・ランバート奪取作戦を始める。必ずや花嫁をお連れするぞ!」
ようやく月衛隊のエミリア奪取作戦が始まった。今のところ、エミリア奪取作戦はバーバラの敷いたレールの上を走っている。果たして、このまま作戦は上手く行くのだろうか。
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月の塔を飛び出したベルとレイリーは、バートの家に向かって……はいなかった。
バートの家の方角へと進んではいるものの、彼らの目的地は違う場所にあった。彼らにはスパイとしての役割がある。ベンジャミンは2人の黒魔術士を思い通りに動かしている気になっているようだが、真実は違う。
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ベルとレイリーが出発した数分後、3人の召喚士はエミリアの家に到着していた。先頭に立っている1人が、エミリア宅の扉を開く。
「待ってたぜ」
扉の先に現れたのは、背の高い長髪の男だった。
彼の顔には傷があり、たくましいその見た目からは、歴戦を勝ち抜いて来た実力が伺える。ランバートだ。
「この前の奴はいないみたいだけど、たっぷりと借りは返させてもらう」
その隣にはバートの姿があった。まだ両頬に絆創膏を貼ってはいるものの、再び戦えるまで回復しているようだ。
「教皇様に刃向かう愚か者は、お前たちか!」
「そうだが、それがどうかしたか?」
ランバートは好戦的な態度を取っている。
「我らは月衛隊随一の召喚士。たった2人で、我らに敵うとでも思っているのか?」
「召喚獣に頼って自分で戦わないような腰抜けに、俺たちが負けるとでも思ってるのか?」
召喚士の言葉に、バートは同じような言葉を返した。召喚士は召喚した魔獣を戦わせ、自ら戦いに身を投じるようなことはない。
「断じて我らは腰抜けではない!最後のチャンスをやろう。今大人しくミス・ランバートを引き渡せば、助けてやる」
召喚士は平和的な提案をしているが、もちろんランバートたちが要求に応じないことは分かっているのだろう。
「助けてやるか……随分と舐められたものだな。大きな身体で、どんな攻撃も物ともしないデカい男を知っているか?」
ランバートの口調は突然シリアスになった。
「カシリ隊長のことか?カシリ隊長は月衛隊で1番強い兵士。お前など足元にも及ばん‼︎」
「その隊長さんの身体を剣で貫いたのは、他でもないこの私だ」
ランバートは、数日前に相見えた敵が月衛隊の隊長だと分かっていた。ベルから聞いたベンジャミンの特徴と、仮面の男の特徴は一致していた。彼は直接仮面の男の正体を確かめたわけではないが、そこに疑いの余地はない。
「何⁉︎そんなはずは………ない‼︎」
召喚士はランバートの言葉を否定するが、明らかに動揺していた。
ランバートは、今の言葉が彼らを動揺させると分かっていた。実際あの時の一撃はベンジャミンにほとんどダメージを与えていないが、ランバートがベンジャミンを突き刺したのは事実だ。
「お前たちも、隊長と同じように串刺しになりたくなければ、とっとと帰るんだな」
ランバートは指をボキボキと鳴らしながら、余裕の表情を見せている。
もちろんランバートには、召喚士たちを打ち負かす自信などなかった。ハッタリで、少しでも彼らを足止めしようとしているのだ。
「お前の言葉は信じない!大人しく我らに従わなかったことを後悔するんだな!」
ランバートのハッタリが通用するのもここまで。召喚士たちは、全員揃って魔法陣を展開し始めた。
「やってやろうじゃないの」
「後悔するのはそっちの方だ」
ランバートは腰に携えた剣を引き抜いて、臨戦態勢に入る。バートも同じく剣を引き抜いた。いつも携帯していた剣はベンジャミンに破壊されてしまったため、彼が持っているのは別の剣だった。
召喚士たちがどんな魔獣を召喚してくるか彼らには検討もつかなかったが、戦いの火蓋は切って落とされた。
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その頃、バーバラの食堂にはベンジャミンとジムが到着していた。
「ミス・ランバートを渡してもらおうか」
ベンジャミンは低く攻撃的な声を発しながら、食堂に侵入する。エミリアを連れ出すことに1度失敗している彼は、気が立っていた。
「…………」
食堂へと誘き出された2人の月衛隊の前には、立ちはだかる人影があった。それは、2人の顔なき騎士。
1人の騎士は薄汚れた茶色いローブに身をまとっていて、フードに隠されたその顔は、のっぺらぼうの仮面を被っている。
茶色い騎士は、その右手にバートの剣を握っていた。数日前にそれはベンジャミンに破壊されたはずなのに、確かにそこにある。
そして、もう1人は黒いローブに身を包んだ騎士。茶色い騎士より背の低い黒い騎士は、何の武器も携えていない。もちろん黒い騎士も、のっぺらぼうの仮面を被っている。
2人は一切言葉を発さず、ただ月衛隊の前に立ちはだかる。
「なんだ貴様らは」
ベンジャミンは目の前の異様な敵を睨みつける。茶色い騎士がバートの剣を持っていることも、彼を不快にさせた。
ベンジャミンの前に立ちはだかる2人の顔なき騎士の正体は、ベルとレイリー。2人は先回りして、食堂に身を潜めていたのだ。これこそが、バーバラの考え出した作戦だった。
「…………」
ベルとレイリーは一切言葉を発さない。言葉を発すれば、正体がバレてしまうかもしれない。それに使用する黒魔術でその正体がバレてもいけない。ベルとレイリーの戦いはかなり制限されて来る。
「あくまで言葉を発さないつもりか……なぜ我らに刃向かう?ミス・ランバートを渡せ」
立ちはだかる無言の敵に、ベンジャミンは苛立ちを募らせる。
「……………」
ベンジャミンの呼びかけに、ベルとレイリーが応じることはなかった。意思の疎通が図れない謎の敵を前にして、ベンジャミンは2人の思惑を探ることが出来なかった。それでも、彼らが戦うつもりであることだけは分かっていた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
正体を隠し、ベルとレイリーはベンジャミンと対峙する。正体を隠し通したまま、2人は月衛隊の隊長に勝てるのか!?




