第52話「ビースト・ロード」(1)
いよいよ月衛隊入隊試験が始まる!!
改稿(2020/09/13)
また長い夜が明けた。ベルとレイリーは、今まさに食堂を出発しようとしていた。
「ベル、レイリー。くれぐれも、バートやエミリアのことは知らないフリをするんだ。絶対奴らにアタシらの存在を気づかれるんじゃないよ!」
「分かってます」
「それと、残念な知らせがある……」
バーバラは急に暗い表情になった。バートが大怪我したこと以外に、さらなる悲劇があると言うのか。
「マルケスが死んだ……」
「えっ⁉︎」
衝撃の事実に、ベルのみならずレイリーまで声を上げた。
「バートが帰って来た少し後に死んだみたいだ……」
バーバラは俯いている。マルケスとはつい昨日話をしたばかり。彼はバートが吸血鬼ではないかと疑っていた。
しかし今そのバートは、動くのもままならない状態。
「…………また吸血鬼ですか?」
「多分そうだよ。首元に噛み付かれて、出血多量で死んでたらしい」
これで死んだ同志は4人。吸血鬼による被害者は増えるばかりだった。
「バーバラさん、気をつけてください。俺たちが留守にしている間は、ここに黒魔術士はいない」
「心配するな。アタシもいるし、屈強なウィリアムもいる。1日くらいアタシらだけで何とかなるさ」
バーバラはベルの肩を叩いた。ここでぐずっていても仕方がない。ベルとレイリーには重要な任務があるのだ。
「行ってきます!」
ベルとレイリーは、決意を込めた手で扉を開いた。
「いってらっしゃい」
2人の背中をが見えなくなるまで、バーバラは見守っていた。
〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓
月衛隊入隊試験会場は、月の塔の麓にあった。建物があるわけではなく、設置されたテントすらもない。
そこには、昨日バートが遭遇した仮面の男と同じような格好をした人々が集まっていた。ざっと数えて20人はいるだろうか。彼らが月衛隊なのだろう。
月衛隊は一直線に整列し、受験者を待っている。その列の中心に立つ人物だけが仮面をつけておらず、他の月衛隊は全員蛇の仮面をつけていた。
ベルたちを除いて、すでにそこには数名の人間が集まっている。
「へぇ〜……やっぱり他にも黒魔術士いるんだな」
ベルは単純に驚いていた。と言うのも、つい最近まで滞在していたアドフォードでは、ほとんど黒魔術士を見ることがなかったから。
「召喚しか出来なくても、一応 黒魔術士って呼べるから。ほとんど黒魔術が使えない人間でも、この試験の受験資格はある」
レイリーは至って冷静だった。それがどんなに簡単な黒魔術であったとしても、1つでも黒魔術を使うことが出来れば、黒魔術士と呼ぶことが出来る。
この町にはもっと黒魔術士がいてもおかしくない。そんな彼女の期待とは裏腹に、しばらく時間が経過しても、この場に集まる人数はあまり増えなかった。現時点で、受験者はベルとレイリーを含めて10名にも満たなかった。
人がそれ以上増えないと知ると、月衛隊の列の中心に立っている人物が1歩前に出た。彼の左手には包帯が巻いてある。よく見てみると、血が滲んでいるようだ。
「今日はよく来てくれた。私はベンジャミン・カシリ。月衛隊のリーダーだ」
長らく沈黙を守っていた月衛隊がついに口を開いた。
ベンジャミンは、薄紫色の長髪が特徴的な男だった。少し浅黒い顔に、黄色く鋭い瞳が浮かんでいる。角張った顔、そして左手の包帯。おそらく彼は、昨夜バートを襲った仮面の男。仮面の男を見た事のないベルとレイリーは、それを知る由もなかった。
「さっそくだが、試験の説明をする。お前たちには、ビースト・ロードに挑戦してもらう‼︎」
「ビースト・ロード?」
聞きなれない言葉に、ベルは首を傾げた。対して、レイリーは大して驚く様子も見せない。
「お前たちには、今から向こうの民家の壁際まで離れてもらう。そこから、ここに戻って来ることが出来れば合格だ」
ベンジャミンの指差す先には、1軒の民家があった。それは、試験会場から1番近い民家だった。彼の指差す方向にはその家しかない。
「なんだ、簡単じゃねえか」
ベルは拍子抜けしていた。ルナト教の教祖を護る月衛隊の採用基準がこんなにも生温くていいのだろうか。
「まだ話は終わっていない。月衛隊には、優秀な召喚士が揃っている。試験開始と同時に、ここにいる月衛隊の召喚士が召喚の黒魔術を発動する。それはつまり、お前たちには数多の魔獣が襲い掛かると言うことだ。魔獣を退けるか、殺すかしてここまで戻って来い。これがビースト・ロードだ」
これはただのかけっこではない、ビースト・ロードだ。ゴールするまでの間、20名の召喚士が召喚を続ける。それに加えて、彼らがどんな魔獣を召喚するかは分からないのだ。
「制限時間は特にないが、命の保証も無い。グズグズしていると、多くの魔獣に囲まれることになる。生きて帰って来ればそれで良い。受験者全員がスタート地点に立ったことが確認出来れば、一斉に召喚を開始する。それがスタートの合図だ。お前たちの力を見せてくれ!」
魔獣が召喚され、受験者のもとへ到達するまでが、与えられた猶予。その短時間で有効な戦略を立てて進まなければならない。一見単純な試験のようだが、兵士としての素質を十分に測れる仕組みになっているようだ。
「……………」
レイリーは黙って考え混んでいる。
「おっかねーな」
その言葉とは裏腹に、ベルの目には闘志が燃えていた。どんな魔獣が召喚されるか受験者には分からないが、ベルはやる気に満ち溢れている。アドフォードでベルゼバブと戦った経験も、彼のやる気を後押ししていた。
「興味本位で来るんじゃなかったよ……」
「大丈夫かな……」
他の黒魔術士たちは、口々に弱音を吐いている。
「……………」
そんな中で、レイリーと同じように黙り込んでいる黒魔術士がいた。金髪に、短い髭を蓄えた彼は、ベルやレイリーより一回りか二回り年齢が高いように見える。
「何か質問は?」
「召喚される魔獣を教えていただくことは出来ないでしょうか?」
真っ先に質問したのはレイリーだった。恐らく、誰もがこれを知りたいはずだ。
「残念だが、それを教えることは出来ない。瞬時に状況を判断して作戦を練るのも試験のひとつ。そこでお前たちの裁量が試される」
ベンジャミンの答えは、ここにいるほとんどの人間が予想していたものだった。答えを聞いたレイリーは無言で頷く。
「他に質問のある者はいないな?……………………では、スタート地点に向かってくれ」
いよいよ月衛隊入隊試験の幕が上がろうとしている。
それぞれの想いを胸に、受験者はスタート地点に向かう。スタート地点からゴールまでは500メートルほど。ただのランニングだとすれば、そんなに長い距離ではない。
しばらくして、全ての黒魔術士たちはスタート地点に横並びになった。
「召喚始め‼︎」
双眼鏡を使い、全ての受験者の動きが止まったことを確認したベンジャミンは、号令をかけた。その声は、スタート地点にいる受験者たちにも聞こえそうなほど、大きかった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
ついに召喚が始まった。ベルたちに襲い掛かるのは、どんな魔獣なのか!?




