第51話「蛇の仮面」(3)【挿絵あり】
「絶対……ここは…………通さねえっ‼︎」
バートは剣を構えて、仮面の男に突進した。今出せる精一杯の力を、バートはこの剣に込めた。動きが読まれていても構わない。避けられるのを、防がれるのを承知で、バートは飛び込んだ。
「猛獣に立ち向かう虫ケラめ、諦めろ」
自分に向けられた刃を、仮面の男は左手で掴んだ。その手からは血が滴っているが、彼がそれを気にすることはなかった。
バートの渾身の一撃は、儚く掻き消されてしまった。
「お前の牙を折ってやろう」
そのままバートの剣を奪った仮面の男は、膝を使って刃をへし折った。
「っ⁉︎………………」
バートは絶望のあまり、声も出せなかった。愛刀が折られてしまった。もはや打つ手なし。無力なバートは、武器さえも奪われてしまった。
「うぐっ‼︎」
その直後、仮面の男が悲痛な声を上げる。
「え?」
バートは状況が掴めなかった。絶体絶命の状況で、敵が勝手に苦しんでいる。神様が助けてくれたのだろうか。
「酷えツラしてるじゃねえか、バート!」
「お義父さん!」
この聞き覚えのある声は、ランバートの声。バートの目に輝きが戻った。ランバートは黒魔術士ではないが、その剣の腕前は一流だ。
仮面の男はランバートに背後から刺されたのだ。突き刺さった剣は、男の腹部を貫通している。
「くはぁっ‼︎」
ランバートが勢い良く剣を引き抜くと、仮面の男は再び悲痛な声を上げた。
「だからお義父さんじゃねえって、何回言ったら分かるんだ!」
血の付いた刃をシャツの端で拭きながら、ランバートは口許を弛ませる。
「馬鹿な!」
仮面の男は狼狽えていた。ランバートの加勢により、彼は致命的なダメージを負ってしまった。バートを追い詰め、完全に油断していたところを狙われたのだ。
「敵が1人って思い込んでる時点で、お前は甘い」
ランバートは不敵な笑みを浮かべる。実はランバートは姿を見せる少し前からこの近くに身を潜めていて、仮面の男に隙が出来る瞬間を狙っていたのだ。仮面の男は、それに一切気づいていなかった。
「何⁉︎」
その直後、ランバートの予想だにしないことが起こった。勢い良く後ろを振り返った仮面の男は、その勢いを殺すことなくランバートを殴りつけた。その拳は、ランバートの腹部に命中する。
「甘いのはお前の方だ!この程度の傷、私には擦り傷に過ぎん」
残念ながらランバートの不意打ちは、仮面の男の致命傷には成り得なかった。仮面の男は腹の傷を気にする素振りも見せず、まるで何もなかったかのように振舞っている。
「バケモノか……」
仮面の男の身体は、完全に人間離れしていた。剣が身体を貫いても、この男に大きなダメージを与えることは出来ないのだ。
「どけ‼︎」
仮面の男はバートの方に向き直り、叫びながら彼を殴りつけた。大きく振りかぶった右フックは、バートの左頬に命中する。それだけでなく、男はバートの身体を蹴り倒した。
「くそーっ‼︎」
大きなダメージを負ってもなお、バートは家の中にエミリアがいる演技をしている。その芯の強さに、ランバートは感服していた。
「期せず時間を食ってしまった……」
仮面の男は、ついにドアノブに手を掛ける。
「エミリア‼︎」
バートは未だに演技を続けていた。その徹底ぶりには舌を巻くが、演技をする意味はもうなくなっていた。仮面の男がドアを開けてしまえば、エミリアがそこにいないことがバレてしまう。
「バート、逃げるぞ。あんなバケモノ、相手にしてられるか」
倒れ込むバートの肩を抱えながら、ランバートは家を離れた。この場所に残っていれば、エミリアの居場所を聞き出すために、仮面の男にさらに甚振られるかもしれない。月衛隊には、とんでもないバケモノが潜んでいたのだ。
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その頃、仮面の男は扉を開いていた。家の中は灯りがついておらず、視界が悪い。男は家の中にエミリアの姿を探した。
「ミス・ランバート。お迎えに上がりました」
仮面の男はしばらく玄関で立ち止まった後、家の中を歩き回った。暗い場所でも目が慣れてくれば、視界は広がる。彼の目に映る範囲に、人影は見当たらなかった。
「隠れてないで、出て来てください」
ソファーの陰、カーテンの裏、クローゼットの中。男は思いつく限りの隠れ場所を探して回った。
しかし、そこにエミリアの姿を見つけることは出来ない。
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仮面の男がエミリアが家の中にいないことに気づく頃には、バートとランバートはすでにバーバラの食堂のそばまで来ていた。
カラン…
鈴の音が鳴り、食堂の扉が開かれる。
「バート!大丈夫かい⁉︎」
ランバートに支えられて食堂に入って来たバートの姿を見て、バーバラが心配そうに駆け寄った。バートは虚ろな目をしていて、意識を保っているのがやっとという状態だった。
バートはすぐに、1番奥のエミリアがいる部屋まで運ばれた。
「バート‼︎一体何があったのですか?」
「コイツは月衛隊の仮面の男と闘ったんだ。奴はバケモノだ」
「こんなにボロボロになるなんて……仮面の男は黒魔術士だったんですか?」
騒ぎを聞きつけたリリも、バートの様子を見に来ていた。バートは1人で歩くのもままならないほどのダメージを負っている。
「それは分からない。確かに、奴は圧倒的に強かったが、黒魔術を使うところは見ていない。分からなかっただけかもしれないが……」
ランバートはバートをベッドに寝かせた。
「バケモノか……バートがこんなになるまで痛めつけるなんて、奴らは本気みたいだ。アタシらも引き締めて行かないとね。これじゃあ命が幾つあっても足りないよ」
バーバラは頭を抱えていた。今回が初めての月衛隊との接触。初めての接触で、同志の1人が致命的なダメージを負ってしまった。吸血鬼にも戦力が削がれている今、しっかり対策を考えなければ、結束した同志は1人残らず死んでしまうかもしれない。
「ベル、レイリー。私たちの命運は、お前たちにかかっている」
「アンタらが月衛隊になって、情報を掴んでくれなきゃ勝ち目はないよ」
望まれぬ結婚式を阻止するには、ベルとレイリーの活躍が不可欠となる。2人のどちらかが月衛隊入隊試験に合格しなければ、最悪の結末が待っているかもしれない。
「分かってます」
ベルは息を呑んだ。以前から重大な責任を負っていることに変わりはないが、この時ベルはその責任をハッキリと実感していた。
明日で結婚式まであと5日。残された時間は少ない。
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数時間後…
マルケスは自宅のベッドに入っていた。彼は寝床に入る前に、自宅の全ての出入り口が施錠されていることを確認していた。
マルケスは用心深い男だった。寝室の扉には何重もの鍵を付け、タンスや本棚で扉を塞いでいる。よほど吸血鬼が怖いのだろう。最善を尽くしたマルケスは、安心して眠っていた。
しばらくして寝返りを打った時、マルケスは目を開く。眠りが浅かったため、動いた拍子に意識を取り戻してしまったのだ。
目を開いたマルケスは、扉がしっかり塞がれていることを確認し、再び目を瞑ろうとする。
その時だった。
「ひっ‼︎」
何かが彼の視界に飛び込んで来た。完全なる密室に、何者かが侵入したのだ。
ゆっくりと近づく謎の人物は、間も無くマルケスの目の前まで迫る。
「…………………お、お前は‼︎」
吸血鬼の正体を目撃したマルケスの目は、大きく見開かれていた。
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ウィリアム・ランバートの助太刀により、何とか難を逃れたバート。とは言え、バートは重傷を負ってしまった。戦えなくなったバート。そしてマルケスに忍び寄る牙。同志たちの戦力はどんどん削られていく…
長い夜が明ければ、いよいよ月衛隊入隊試験。ベルは合格することが出来るのでしょうか⁉︎




