第51話「蛇の仮面」(2)
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ついに接触。圧倒的な強さを見せつける仮面の男に、バートは不屈の精神で立ち向かう。無謀なこの戦いで、バートに勝機はあるのか!?
それからしばらくして、夜もすっかり更けて来た頃。エミリアの家の前では、バートが退屈そうに座り込んでいた。
「月衛隊なんてホントに来るのか……?」
バートは暇を持て余していた。じっと待っているより、町中をパトロールしていた方がよっぽど気が楽だ。何もせずただ敵が来るのを待つのは、バートにとって耐え難い時間だった。
「⁉︎」
そうしていた矢先、バートは何者かの気配を感じ取る。危うく、注意力が散漫するところだったが、まだバートは気を抜いていなかった。姿は見えないが、何者かが近くに潜んでいる。バートは注意深く、辺りを見回している。
「やっとお出ましか…」
そうしていると、バートの目に1つの影が飛び込んで来た。こちらへ向かって来るその人物は、暗い色のマントに身を包んでいる。辺りが暗いために、その色を把握することは出来なかった。
「………………」
やがて、謎の人物はバートの目の前で足を止める。
彼が羽織っているマントには、三日月と十字が組み合わさったような紋章が描かれている。間違いなく、目の前にいるのは月衛隊の人間だ。
彼の頭は、不気味な仮面で隠されている。それは顔の上半分を覆うタイプの仮面で、蛇の上顎のような形をしていた。その仮面からは、上品ささえ感じられる。
「エミリア・ランバート様を、お迎えに上がりました」
ついに、月衛隊が口を開く。仮面の下の顔は角張っていて、厳つい印象を受ける。
「月衛隊にエミリアは渡さない!」
バートは敵意を剥き出しにしている。普段ルナト教の信者と接することの多い月衛隊の男は驚いていた。
「ほう、 一介の使用人が月衛隊に逆らおうと言うのか」
「誰が使用人だ‼︎俺は戦士だ。そして、エミリアと結婚する男だ!」
「あまりに見窄らしいから使用人かと思ったではないか。ミス・ランバートと結婚する?月衛隊のみならず、教皇様にまで楯突くつもりか」
仮面の男も、バートと同様好戦的な態度を取っている。
今彼の目の前にいるのは、ルナトの教えを信じず、神と同等に扱われる教皇の意思をも愚弄する人物。そこには一触即発の緊張感が漂っていたが、仮面の男は武器を構える素振りも見せない。
「貴様らにエミリアを渡してたまるか!この先に行きたきゃ、俺を倒してからにしな」
バートは自分の使命を全うしようとしていた。今この場では、この扉の先にエミリアがいることになっている。
「なるほど。そう言うつもりか。貧弱なお前のような男が、この私に勝てるとでも思っているのか?」
仮面の男は、すっかりバーバラの仕掛けた罠にハマっていた。彼はこの先にエミリアがいると思い込んでいる。
同志たちの思惑通り、仮面の男は目の前にいるバートを力づくで片付けようとしている。ただ、仮面の男は、バートの何倍も大きな体躯をしていた。肉弾戦では、彼が断然有利だろう。
「俺がエミリアを守る!勝ち負けなんか関係ない!」
バートはすでに臨戦態勢に入っていた。出来る限り姿勢を低くしたバートは、瞬時に腰から抜刀した。その勢いのまま、剣は大きな円弧を描いて仮面の男の脚に襲い掛かる。
「⁉︎」
しかし、バートは手応えを感じなかった。的確な高さで剣を振ったはずなのに、空振りしたとでも言うのだろうか。
「甘い」
直後、重く鋭い一撃がバートを襲う。バートの剣撃を物ともせず反撃する仮面の男。やはり、彼は黒魔術士なのだろうか。
「ぐっ……」
感じたことが無いほどの衝撃が、バートの腹部に直撃していた。バートは口から血を吐き出した。
「貴様、黒魔術士か?」
圧倒的な力の差を目の当たりにして、バートは焦りを隠せない。
「黒魔術は必要ない」
顔の大部分が仮面に覆われているため、男の表情を読み取ることは出来ない。その言葉は、バート相手に黒魔術は必要ないと言うことなのか、それとも……
「舐めるな!」
ベルやバーバラだけではなく、月衛隊までもがバートのプライドを傷つける。
バートは怒りに任せて剣を振り下ろした。横が駄目なら縦に振れば良い。
「未熟な戦士だな」
ところが、バートの怒りの一撃は、仮面の男には届かなかった。バートの剣撃が届かなかったのは、これで2度目。今度こそ、バートはその理由を目撃した。
剣が振り下ろされる前に、仮面の男はその軌道を読んで、身体を反らせたのだ。
“読まれてる……?”
バートは驚きを隠せなかった。バートの動きは完全に読まれている。どれだけ力を振り絞って剣を振りかざそうと、動きが読まれていては意味がない。
「もう分かっただろう?お前は私に敵わない」
仮面の男は、そのままバートに拳を繰り出す。その重い拳は、バートの右頬を殴り飛ばした。その勢いでバートは左に倒れ込む。
続いて、仮面の男はバートの背中に重い拳打を加えた。俯く彼の顔の下には、血が滴っていた。
仮面の男の攻撃は超化の黒魔術によるものかもしれない。一方で、鍛え抜かれたその身体が、それ以外の可能性も示していた。
「く……そ………」
バートの視界は歪んでいた。味わったことのない強烈なパンチによって、脳震盪を起こしそうになっていたのだ。
バートは虚ろな目で、仮面の男を睨みつけている。
「その程度の実力で私に立ち向かうとは……実に愚かだ」
戦局を握っているのは仮面の男。誰がどう見ても、今のバートに勝ち目はない。この扉の先にエミリアがいると思い込ませることは出来ているのかもしれないが、彼が罠に気づいて、エミリアを探しに行くのも時間の問題だった。
「ふ…ざけんなっ‼︎」
それでも、バートは立ち上がった。エミリアのために、彼は何度でも立ち上がる。
と言っても、バートが受けた攻撃は3発だけ。それだけでここまでバートにダメージを与える仮面の男の力は、まさに圧倒的だった。
「弱いお前に何が出来る?」
「勝った気になってんじゃねえ。まだまだ俺はやれる!」
ひと呼吸おいたバートは、再び愛用の剣を振るう。黒魔術士ではないバートには、剣を振るうことしか出来ない。
「己の限界を知れ。無謀な挑戦は、自分を破滅させるぞ」
バートの動きは、今までより読まれやすくなっていた。もうバートに勝機はない。そう思われたその時、仮面の男は何かに気を取られる。
仮面の男の右脇に、何かが当たっていた。目線を落とすと、そこには剣の鞘があった。鞘はバートの左手に握られている。さっきの剣撃は、ただの囮だったのだ。
鞘による打撃が、本当の攻撃だった。それでも、その威力は大したものではなく、仮面の男にダメージを負わせることは出来なかった。
「考えたものだが、所詮無意味だったな」
仮面の男は安堵する。一瞬の隙を突かれ、バートの攻撃を受けてしまったが、鍛え抜かれた身体にその打撃は何の意味も為さなかった。彼にとっては、虫が止まったのと同じ。
最後の秘策も、儚く散ってしまった。
「自分の限界は、自分で決める‼︎」
その直後、再度予想外の一撃が仮面の男を襲う。仮面の男が鞘に気を取られている隙に、彼の左脇に刃が突き刺さっていた。
「くっ!」
鞘による打撃。それもまた囮だったのだ。バートが本当の本当に狙っていたのは、この一撃。
バートが体力を消耗しているのは紛れも無い事実。彼はそれを逆手に取った。バートは、仮面の男にとって、取るに足らない弱い敵。2人の間には、圧倒的な戦力差がある。それは、強者の油断にも繋がる。
「勝手に他人の限界決めて……油断したな。弱い者には弱い者なりの闘い方ってもんがあるんだよ!」
バートは笑っていた。確実に仮面の男の意表を突くことが出来た。圧倒的な力を持っている者は、総じて隙を作りやすい。それは自分の力に心酔しているためだろう。
「なっ‼︎」
次の瞬間、バートは後ろに吹き飛ばされた。仮面の男に蹴飛ばされたのだ。バートは思わず剣から手を離してしまった。
「褒めてやる。確かに私は油断していた。だが、お前に勝ち目はない」
左脇に刺さったバートの剣を、仮面の男は何事もなかったかのように引き抜き、それをそのままバートの足元に投げた。投げられた剣は、回転してバートの足元で止まった。
「バケモノかよ」
バートは再び圧倒的な力の差を見せつけられていた。頭を使って攻撃を当てたところで、それは全く効いていない。もはや打つ手なしか…
「エミリアのためなら…………何度だって立ち上がってやる!」
それでもバートは3度立ち上がった。
得意とする剣撃を当てることが出来ても、仮面の男はビクともしない。たとえ傷ひとつ残すことが出来なくても、エミリアがここにいないと悟られないために、最後まで全力で立ち向かう必要がある。
「……………」
ゆっくりと立ち上がり、立ち向かってくるバートを仮面の男は無言で見つめている。最初に睨み合っていた頃にあった燃え上がる闘志は、もう仮面の男にはなかった。




