第51話「蛇の仮面」(1)
ルナトの長夜。バートが月衛隊を待ち構えていた頃、ベルたちは会話に花を咲かせていた。
改稿(2020/09/12)
ルナトの町には、すでに夜の帳が下りていた。同志の集会が終わってから、まだ1時間ほどしか経過していないが、この町に闇に包まれている。
同志たちは家に帰り、ベルとレイリーはエミリアと同じ部屋で待機していた。
一方バートは1人で、エミリアの家の前に立っている。
日が暮れてからは、外を出歩く人間は誰ひとりいなかった。誰かが近づいてくれば、すぐに分かる。それくらい辺りは静かだった。
「レイリーはまだいい。だがあの金髪野郎、アイツは……」
エミリアの家の扉の前に立って、バートはぶつぶつ独り言を言っていた。ベルは、彼にない力を持った黒魔術士。それに加えて、エミリアに好意を抱いている。バートが嫌うには十分な理由があった。
ルナトの長い夜はまだ始まったばかり、人が近づいて来る気配はまだなかった。
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「エミリアちゃん。バートのことどう思ってるの?」
一方食堂の1室では、珍しくレイリーからエミリアに声をかけていた。
「へっ⁉︎……」
エミリアは言葉にならない声を発した。それは、いつも落ち着いて上品に振舞っている彼女らしくないものだった。
レイリーから声をかけられたことに驚いたのか、それとも今まさにバートのことを考えていたからなのか。
「……………」
ベルは複雑な気持ちを抱いていた。彼女のバートに対する気持ちを知りたくないのだが、心のどこかで知りたいと言う気持ちも、くすぶっている。
「バートは…………ただの幼馴染ですわ。結婚なんて考たこともありません」
エミリアは一瞬言葉を詰まらせた。彼女の頭の中には、言葉に出したより多くの考えが行き交っていたのだろう。
伏し目がちに言葉を発するエミリアの様子から、彼女が少なからずバートに好意を寄せている事が伺える。
もちろん、ベルはそんなことに気づきもしなかった。それどころか、安心さえしていた。言葉の裏に隠された気持ちに気づかずに。
「そう………」
レイリーはそれ以上追求しなかった。ベルと違って、彼女にはエミリアの気持ちが分かったのだろう。直接のコミュニケーションを得意としていないレイリーは、観察眼が鋭かった。上手く話が出来ない分、仕草から相手を理解しようと努力しているのかもしれない。
「き、騎士様はどうやって黒魔術の力を手に入れたんですか?」
早く頭を切り替えたかったエミリアは、ベルに話題を振った。
「え?」
今度はベルが頭の中で考えを巡らせる。まさかこんな話になるとは思いもしなかった。ルナトの町は、逃亡の旅の通過点に過ぎない。ここに住む人々とはすぐに分かれる運命だった。
ベルはエミリアに好意を抱いているが、別れがすぐそこに待っている事は分かっていた。不用意に自身の秘密をバラすのは、頭の良い行動ではない。
「言えない秘密でもあるの?」
レイリーは意地悪そうな顔でベルを見つめている。すでに彼女はベルに心を開いていた。同じ黒魔術士という共通点も、彼女に早く心を開かせた要因のひとつかもしれない。
「えっと……それは……」
ベルは咄嗟に、上手い言い訳を捻り出そうとしていた。
大半の黒魔術士は、自ら悪魔と契約を行う。それは、この世界では常識だった。悪魔と契約してまで力を得ようとした理由を、普通は誰もが知りたがるものだ。
「何も言わないってことは、図星かしら」
レイリーはベルから目を離さなかった。ベルが何かを隠している事は、レイリーにはお見通しだった。
もちろん、黒魔術士の中には良からぬ理由で悪魔と契約する者も少なからずいる。ベルの場合は例外だが、ここで易々と真実を打ち明ける必要はどこにもない。
「そう言うお前はどうなんだ?」
「私は…………私が黒魔術士になったのは……」
ベルに反抗することもなく、レイリーは自身が黒魔術士になった理由を話し始める。
しかし、彼女の言葉は喉の奥につっかえているようだった。
「………………」
その様子を、ベルとエミリアは黙って見守っている。
「黒魔術士になったのは、家族のため」
レイリーの喉の奥につっかえていた言葉が、ようやく吐き出された。
「レイリーちゃんは家族思いなんですね!」
エミリアは目を輝かせた。エミリアとレイリーの付き合いはある程度長いようだが、こう言った類の話はしてこなかったのだろう。
「……………」
レイリーは恥ずかしそうにしていた。自分に注目が集まることに、あまり慣れていないのだろう。今話題の中心にいるのはレイリーだ。
「それで、何で家族のために悪魔と契約したんだ?」
「…………強くなりたかった。皆の役に立ちたかった」
そう言うレイリーは、少し力んでいた。その言葉には、何か強い想いが込められているのだろう。レイリーは俯いて、震えている。
「べ、別に答えたくなかったら答えなくてもいいんだからな!」
ベルは動揺していた。レイリーが自分の質問で泣き出したと思ったのだ。
自分に関心が向くのを避けるために、ベルはレイリーに話を振っただけだった。それが女の子を泣かせることになるとは、夢にも思わなかったのだろう。
「皆のために、強さが必要だった…………」
顔を上げたレイリーは、ベルの顔を真っ直ぐに見つめた。理由は分からないが、彼女の目からは涙が溢れていた。
「‼︎………………悪魔にそう言われたのか?」
レイリーが泣き出したのは、決してベルのせいではなかった。とは言え、目の前で泣かれては、責任を感じざるを得ない。レイリーには、答えないと言う選択肢もあったが、彼女はそれを選ばなかった。
「違う‼︎」
レイリーは一際大きな声を出した。それは、普段の彼女からは想像も出来ないような声だった。彼女の大きな声を耳にし、ベルとエミリアは一瞬怯んだ。
「あれは私の意思。私が望んで力を貰った。悪魔に騙されたわけじゃない」
ベルの推測を、レイリーは強く否定した。彼女は非常に強い意志を持って、悪魔と契約を交わしたのだろう。それでもレイリーが黒魔術士になった具体的な理由は、まだ明らかになっていない。
何にせよ、彼女が家族と呼ぶ人々に対して、強い気持ちを抱いているのは間違いなかった。
「怒るなよ。その家族が、お前にとっては大切なんだな……」
レイリーの強い意志に、ベルは感動さえしていた。その気持ちの真相は分からないが、それはとても強い意志だ。ベルが父親に対して抱いている気持ちに負けないほど強い。
「別に……怒ってない…」
感情を爆発させたレイリーは、普段通りの彼女に戻っていた。あれだけ大きな声で、自分の意思をはっきりと伝えていた少女は今はもういない。そこにいるのは、モジモジしている人見知りの少女。
「私は騎士様が黒魔術士になった理由も聞きたかったですわ」
レイリーの話がひと段落したところで、エミリアが再びベルに話題を振ろうとしていた。
「結局そうなるか〜……」
好奇心旺盛なエミリアの笑顔を見て、ベルは苦笑いするしかなかった。
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最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
明かされるレイリーが黒魔術士になった理由。ベル、レイリー、エミリアは束の間の安らぎを感じていた。




