表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/388

第51話「蛇の仮面」(1)

ルナトの長夜。バートが月衛隊を待ち構えていた頃、ベルたちは会話に花を咲かせていた。


改稿(2020/09/12)

 ルナトの町には、すでに夜の帳が下りていた。同志の集会が終わってから、まだ1時間ほどしか経過していないが、この町に闇に包まれている。


 同志たちは家に帰り、ベルとレイリーはエミリアと同じ部屋で待機していた。


 一方バートは1人で、エミリアの家の前に立っている。


 日が暮れてからは、外を出歩く人間は誰ひとりいなかった。誰かが近づいてくれば、すぐに分かる。それくらい辺りは静かだった。


「レイリーはまだいい。だがあの金髪野郎、アイツは……」


 エミリアの家の扉の前に立って、バートはぶつぶつ独り言を言っていた。ベルは、彼にない力を持った黒魔術士(グリゴリ)。それに加えて、エミリアに好意を抱いている。バートが嫌うには十分な理由があった。


 ルナトの長い夜はまだ始まったばかり、人が近づいて来る気配はまだなかった。


〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓


「エミリアちゃん。バートのことどう思ってるの?」


 一方食堂の1室では、珍しくレイリーからエミリアに声をかけていた。


「へっ⁉︎……」


 エミリアは言葉にならない声を発した。それは、いつも落ち着いて上品に振舞っている彼女らしくないものだった。

 レイリーから声をかけられたことに驚いたのか、それとも今まさにバートのことを考えていたからなのか。


「……………」


 ベルは複雑な気持ちを抱いていた。彼女のバートに対する気持ちを知りたくないのだが、心のどこかで知りたいと言う気持ちも、くすぶっている。


「バートは…………ただの幼馴染ですわ。結婚なんて考たこともありません」


 エミリアは一瞬言葉を詰まらせた。彼女の頭の中には、言葉に出したより多くの考えが行き交っていたのだろう。

 伏し目がちに言葉を発するエミリアの様子から、彼女が少なからずバートに好意を寄せている事が伺える。


 もちろん、ベルはそんなことに気づきもしなかった。それどころか、安心さえしていた。言葉の裏に隠された気持ちに気づかずに。


「そう………」


 レイリーはそれ以上追求しなかった。ベルと違って、彼女にはエミリアの気持ちが分かったのだろう。直接のコミュニケーションを得意としていないレイリーは、観察眼が鋭かった。上手く話が出来ない分、仕草から相手を理解しようと努力しているのかもしれない。


「き、騎士様はどうやって黒魔術(グリモア)の力を手に入れたんですか?」


 早く頭を切り替えたかったエミリアは、ベルに話題を振った。


「え?」


 今度はベルが頭の中で考えを巡らせる。まさかこんな話になるとは思いもしなかった。ルナトの町は、逃亡の旅の通過点に過ぎない。ここに住む人々とはすぐに分かれる運命だった。

 ベルはエミリアに好意を抱いているが、別れがすぐそこに待っている事は分かっていた。不用意に自身の秘密をバラすのは、頭の良い行動ではない。


「言えない秘密でもあるの?」


 レイリーは意地悪そうな顔でベルを見つめている。すでに彼女はベルに心を開いていた。同じ黒魔術士(グリゴリ)という共通点も、彼女に早く心を開かせた要因のひとつかもしれない。


「えっと……それは……」


 ベルは咄嗟に、上手い言い訳を捻り出そうとしていた。

 大半の黒魔術士(グリゴリ)は、自ら悪魔と契約を行う。それは、この世界では常識だった。悪魔と契約してまで力を得ようとした理由を、普通は誰もが知りたがるものだ。


「何も言わないってことは、図星かしら」


 レイリーはベルから目を離さなかった。ベルが何かを隠している事は、レイリーにはお見通しだった。

 もちろん、黒魔術士(グリゴリ)の中には良からぬ理由で悪魔と契約する者も少なからずいる。ベルの場合は例外だが、ここで易々と真実を打ち明ける必要はどこにもない。


「そう言うお前はどうなんだ?」


「私は…………私が黒魔術士(グリゴリ)になったのは……」


 ベルに反抗することもなく、レイリーは自身が黒魔術士(グリゴリ)になった理由を話し始める。


 しかし、彼女の言葉は喉の奥につっかえているようだった。


「………………」


 その様子を、ベルとエミリアは黙って見守っている。


黒魔術士(グリゴリ)になったのは、家族のため」


 レイリーの喉の奥につっかえていた言葉が、ようやく吐き出された。


「レイリーちゃんは家族思いなんですね!」


 エミリアは目を輝かせた。エミリアとレイリーの付き合いはある程度長いようだが、こう言った類の話はしてこなかったのだろう。


「……………」


 レイリーは恥ずかしそうにしていた。自分に注目が集まることに、あまり慣れていないのだろう。今話題の中心にいるのはレイリーだ。


「それで、何で家族のために悪魔と契約したんだ?」


「…………強くなりたかった。皆の役に立ちたかった」


 そう言うレイリーは、少し(りき)んでいた。その言葉には、何か強い想いが込められているのだろう。レイリーは俯いて、震えている。


「べ、別に答えたくなかったら答えなくてもいいんだからな!」


 ベルは動揺していた。レイリーが自分の質問で泣き出したと思ったのだ。

 自分に関心が向くのを避けるために、ベルはレイリーに話を振っただけだった。それが女の子を泣かせることになるとは、夢にも思わなかったのだろう。


「皆のために、強さが必要だった…………」


 顔を上げたレイリーは、ベルの顔を真っ直ぐに見つめた。理由は分からないが、彼女の目からは涙が溢れていた。


「‼︎………………悪魔にそう言われたのか?」


 レイリーが泣き出したのは、決してベルのせいではなかった。とは言え、目の前で泣かれては、責任を感じざるを得ない。レイリーには、答えないと言う選択肢もあったが、彼女はそれを選ばなかった。


「違う‼︎」


 レイリーは一際大きな声を出した。それは、普段の彼女からは想像も出来ないような声だった。彼女の大きな声を耳にし、ベルとエミリアは一瞬怯んだ。


「あれは私の意思。私が望んで力を貰った。悪魔に騙されたわけじゃない」


 ベルの推測を、レイリーは強く否定した。彼女は非常に強い意志を持って、悪魔と契約を交わしたのだろう。それでもレイリーが黒魔術士(グリゴリ)になった具体的な理由は、まだ明らかになっていない。

 何にせよ、彼女が家族と呼ぶ人々に対して、強い気持ちを抱いているのは間違いなかった。


「怒るなよ。その家族が、お前にとっては大切なんだな……」


 レイリーの強い意志に、ベルは感動さえしていた。その気持ちの真相は分からないが、それはとても強い意志だ。ベルが父親に対して抱いている気持ちに負けないほど強い。


「別に……怒ってない…」


 感情を爆発させたレイリーは、普段通りの彼女に戻っていた。あれだけ大きな声で、自分の意思をはっきりと伝えていた少女は今はもういない。そこにいるのは、モジモジしている人見知りの少女。


(わたくし)は騎士様が黒魔術士(グリゴリ)になった理由も聞きたかったですわ」


 レイリーの話がひと段落したところで、エミリアが再びベルに話題を振ろうとしていた。


「結局そうなるか〜……」


 好奇心旺盛なエミリアの笑顔を見て、ベルは苦笑いするしかなかった。


〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


明かされるレイリーが黒魔術士になった理由。ベル、レイリー、エミリアは束の間の安らぎを感じていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ