第50話「疑心吸血鬼」(2)
「もういい‼︎この話はここまでだ。こんな雰囲気の中でこの話を続けても埒があかない」
バーバラは、疑心が広がり、混沌とした空気に包まれたこの場を仕切り直す。これ以上吸血鬼の正体を追求することは、こうして集まった同志をバラバラにしかねない。
「他に何か話があるのか?」
ランバートはすぐに気持ちを切り替えた。
「あぁ。明日、月衛隊の入隊試験が開催される。奴らに近づく絶好のチャンスだよ」
「それは見逃せない絶好のチャンスだ。俺がその試験受けてやる!」
バートは勢いよく立ち上がった。彼は同志の中でも、月衛隊に対する嫌悪感が強かった。彼のエミリアへの想いが関係しているのだろう。
「残念だったね。試験を受けられるのは黒魔術士だけ。アンタには受ける資格がない」
「チッ。どいつもこいつも黒魔術士黒魔術士言いやがって」
バートは舌打ちした。この重要な局面でも、バートがエミリアのために役立つことは出来ない。黒魔術を使えない人間は、なぜこうも無力なのか。バートは自分の力の無さを恨んだ。
「と言うわけで、ベルとレイリー。アンタらは、明日の月衛隊入隊試験に参加してもらう」
「え?」
ベルは思わず聞き返す。
「これは月衛隊の内部情報を手に入れるまたとない機会。アンタらが試験に合格して、月衛隊に潜入するんだよ」
事の重要性を知ったベルは息を呑んだ。一方のレイリーはこうなることが分かっていたのか、至って冷静な態度を取っている。
「でも、もし合格出来なかったらどうするんですか?」
「アンタら2人とも合格する必要はどこにもない。アタシらの中の黒魔術士を総動員してるだけさ。アンタら強いんだろ?どっちか1人でも合格出来りゃそれでいい」
もしかするとベルはただの保険で、レイリーが本命なのかもしれない。
「なるほど」
ベルは納得した。思考回路が幼いベルは、他人の言葉をそのままの意味で受け取ることがよくある。実際のところバーバラがベルに期待していなかったとしても、ベルはそう思われているとは微塵も思っていない。
「もう1つ。今夜はエミリアのガードを固めたい。教皇から手紙が届いて1週間。奴らは何の動きも見せない。何だか嫌な予感がするんだ」
「月衛隊が黒魔術士を募集するのは、奴らの焦りの表れ。確かにここまで沈黙を守っているのは変だな」
ランバートはバーバラに同意した。結婚式の日は刻一刻と迫っている。
「奴らとしては、早くエミリアからの返事が欲しかったんだろうが、期限を1週間に設定してしまった以上、待つ事にしたんだろうね」
「だが、ついに1週間経ってもエミリアからの返事は来なかった。本当なら昨日誘拐しに来てもおかしくなかったが、代わりに奴らが見せた動きがこれと言うことか」
月衛隊がエミリアを今夜 攫いに来るかもしれない。その可能性が、現実味を帯びてきた。
「この命に代えてでも、エミリアは俺が守る!」
エミリアの護衛役に真っ先に立候補したのは、バートだった。
「アンタはエミリアの家の前で奴らを待ち構えるんだ!」
「おう!」
バートは内心安心していた。と言うのも、ここでもエミリアを護衛を任されるのは、ベルとレイリーだと思っていたからだ。
「ベル、レイリー。アンタらはこの食堂に残りな。エミリアは今夜家には帰らない。2人はここでエミリアを護るんだ。エミリアは1日中ここで過ごす。少なくとも今日はね」
バーバラは、今夜の作戦の真意を伝えた。結果的に、バーバラはバートに信頼を置いているわけではなかった。バートはただの囮。月衛隊を撹乱するためだけの役回りだ。
「また黒魔術士か…」
バートは拳を握りしめて、俯いた。ベルがまだいなかった頃、バートは少なくとも今よりはバーバラに頼りにされていた。それが今では、ただのオマケのような扱いを受けている。
「バート。囮だからって気を抜くんじゃないよ。もし奴らが現れた時、全力で立ち向かわなきゃ、アンタが囮だとバレちまう。お前には重大な責任があるんだよ」
明らかに気を落としているバートに、バーバラは一喝した。バートは、決してただの囮なんかではない。彼には重要な役割がある。命を賭けて、月衛隊に挑めば、家の中にエミリアがいると思い込ませることが出来るのだから。
「分かってるさ!エミリアのためなら、死んでも構わない」
バートは自分の背負った責任の重さを実感した。傍に立って戦うわけではないが、これもエミリアのための戦い。離れた場所で命を賭けて戦うことが、エミリアのためになる。
「よろしい」
バーバラは口許を弛ませた。個々の個性を知り、それを有効に活かすのがリーダーの役割。バーバラはリーダーとして、バートの性格を上手く利用していた。
「ベル、レイリー。今夜、エミリアの家に月衛隊が来る事はあっても、この食堂に来る事はまずないだろう。だが、念には念をだ。アンタらも気を抜くんじゃないよ!」
ベルとレイリーは、真の意味でのエミリアの護衛。黒魔術士である2人は、同志の中でも随一の戦闘力を持っている。万が一 月衛隊が食堂に侵入するような事があれば、エミリアの身を護るのは黒魔術士の2人だ。
「はい!」
ベルとレイリーは同時に返事をする。か細いレイリーの声は小さく、ベルの声に掻き消されてしまった。
この任務の難易度は、バートの活躍によって変わって来る。バートが上手く月衛隊を騙すことが出来れば、ベルとレイリーに出番はない。
しかしバートが失敗すれば、2人は未知の敵と戦うことになる。
「よし、話は終わりだ。気引き締めて行くよ!」
これにて同志の集会はお開き。吸血鬼の件で険悪になった雰囲気も、月衛隊入隊試験とエミリアの護衛の話で少し和らいだようにも見えた。
同志の集会が短時間で終わったのには理由があった。ルナトの昼は異常に短い。日が暮れた後の町を歩くのは非常に危険だった。それを考慮して、バーバラは明るいうちに集会を終わらせたのだ。
話を終えた同志の面々が、次々と食堂から出て行く。このあと食堂に残るメンバーも、一旦外に出ていた。
食堂を後にするベルは、茶色いローブを抱えていた。雑に折り畳まれたこのローブの中には、ジェイクから貰った黒魔術の本が包んである。
しばらくして、食堂に残っているのはバーバラとマルケスの2人だけになった。
「………………何で、アンタはまだここに残ってるんだい」
「実は話があってな……皆の前で言うには気が引けることなんだ」
マルケスは神妙な面持ちで口を開いた。
「何だい?」
「私もバートリーと同意見で、同志の中に吸血鬼がいるんじゃないかと思っている」
「だから何だって言うんだい」
「私は吸血鬼はバートリーだと思っている。あの男が1番怪しい。アイツはパトロールと称して毎晩町を出歩いている。それに、青白い肌。そう言えば歯も尖っていなかったか?」
マルケスの疑心はバートに向けられていた。全てが情況証拠であり、その全てがバートを吸血鬼と断定するには説得力に欠けている。
「いい加減にしな‼︎」
ついにバーバラの堪忍袋の緒が切れる。すでに皆に疑心が広がっている。1度広がってしまった疑心は、真実が明らかになるまで消えることはない。
「何も情報が掴めていない今、1番大事なのは結束。とにかく協力して、見えない脅威に立ち向かうんだよ」
バーバラは溜め息を漏らしていた。広がってしまった疑心は、もう消し去ることは出来ないのだろうか。結束するどころか、皆の心はバラバラになり始めていた。
「…………とにかく、バートリーの行動には気をつけることだな。エミリアに近づけるのも得策とは思えない」
他の皆の心を変えることは出来るかもしれないが、もはやマルケスの心を変えることは誰にも出来ない。彼のバートに対する疑心は、揺るぎないものになっていた。
「アンタも気をつけな。帰ったらしっかり戸締まりするんだよ」
バーバラはマルケスの気持ちを動かすのを諦めた。これ以上何か言ったところで、マルケスの考えが変わることはない。真実が明らかになるまで、バートの潔白が証明されるまで、彼の疑いは晴れないだろう。
広まった疑心は、さらなる悲劇を招く。間も無く新たなる犠牲者が出る事を、この時は誰も知る由がなかった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
広がる疑心。本当にこの中に吸血鬼はいるのか。
次回、ついにルナ・ガードと接触!?




