第5話「霊猟家とお尋ね者」【挿絵あり】
とあるトンネルで1人の少女が幽霊と対峙する。同じ頃、過酷で広大な砂漠を越えて王国に忍び混む1人の少年がいた。
改稿(2020/06/07)
Episode 2: The Mysterious Savior/謎の救済者
忌まわしき“ブラック・ムーン事件”から11年が経った。1年前にベリト監獄から抜け出した脱獄犯ファウストは、今どこで何をしているのだろうか。静寂が包む夜の町。ここはアドフォードと呼ばれるセルトリア王国の西部に位置する都市である。
アドフォードは都市とは名ばかりの砂漠に囲まれた町。この町はセルトリアの他の都市より環境が整っておらず、いまだに文明から離れた生活を送っている人々が多く暮らしている。
アドフォードは簡素な木造住宅が立ち並ぶ町で、年中乾燥している。この町はまるで、古き良き西部劇に出てくるような街並みだ。建ち並ぶ家々には、開き戸を採用しているところが多い。
西部から南部に渡ってこの町は砂漠に覆われ、まさに開拓途中のような雰囲気を醸し出している。線路も敷かれ駅もあるため、大抵の人間は鉄路でこの町を訪れる。ただ首都に向かう道が整備されているのは東部のみで、他の道はまるで整備が行き届いていない。
そして北部は自然にできた岩山と炭鉱に囲まれている。まさに文明から隔離された町。古くから栄えているのに、そこは未だ発展途上の開拓地のようだった。
アドフォード北部の炭鉱に目を向けて見ると、その仄暗いトンネルの中を1人の少女が歩いていた。
彼女は全身黒い衣服に身を包んでおり、背中には2丁のライフル銃をクロスするように携えている。
トンネル内は簡易的に取り付けられた電球が頼りない鉄線にぶら下がっている。電球はまばらに取り付けられ、その明かりは弱い。それはかろうじて先が見渡せる程度だった。
そんな中、突如として電球の明かりが点滅を始める。
心なしかトンネル内の空気が少し冷たくなってきたようだ。このような状況においても、少女は平静を保っている。
バリンバリンバリン‼︎
その直後、突如として電球のガラスが音を立てて割れて行く。 たちまちトンネル内の光は失われ、闇が支配する。
しばらくして少女の目線の先に薄暗い明かりがゆっくりと現れたかと思えば、それは人の形を形成した。
人の形をしたそれはゆっくりと少女へと近づいてくる。 それだけでは終わらず次々と同じように薄暗い光が出現しては、人の形を形成していく。いわゆるゴーストだ。
普通の少女であれば耳を塞ぎたくなるような悲鳴を上げるものだが、彼女は違った。彼女は背中に背負っている2丁のライフル銃を引き抜くと、足を使って乱暴に弾を装填する。
「これはただの夢よ、デタラメだわ!」
少女はそう叫ぶと、2丁のライフルの引き金を引いた。銃口からは白く光る弾丸が発射され、次々と現れるゴーストたちの体を目にも止まらぬ速さで貫いた。
ゴーストに弾丸は通用しない。それは考えれば誰にでも分かること。なぜなら、ゴーストは実体を持たないから。
しかし、彼女はそんな常識を打ち破る。少女の弾丸を受けたゴーストたちは、まるでロウソクの炎が消えるかの如く消滅していった。
目の前に現れたゴーストたちがすべて消えたのを確認した少女は、満足したかのように笑みを浮かべ、身をひるがえして炭鉱のトンネルを去っていく。
彼女が去った後、炭鉱のトンネルには再び白い光の玉が幾つも浮かび上がるのだった。
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時を同じくして、アドフォードの外れに怪しい影があった。
セルトリア王国の隣国はリミア連邦と呼ばれる国。両国の間には広大なアムニス砂漠が広がっており、2国間の移動にはもっぱら海路が使われる。環境も厳しく、途方もなく広い砂漠をわざわざ渡って国境を横断する者はほとんどいなかった。いたとしたら、それはただの馬鹿である。
リミア連邦はセルトリア王国の西側に位置し、セルトリアの開く唯一の港は東側にしか存在しない。海路を使えば、2国間の移動には時間が掛かってしまう。それでも、人々はアムニス砂漠を渡るのを避けるのだ。
アムニス砂漠を越えたその先に、セルトリア王国の入り口が存在する。それはアドフォードの町の外にある関所だ。セルトリアに入国するためには、身分証明が必要である。
関所の前をよく見てみると、そこに1人の男がうろついているのが見える。その男は砂漠の砂のような色をしたローブに身を包み、顔はフードで覆われていて確認することが出来ない。そのローブは砂でひどく汚れていた。愚かにも、アムニス砂漠を渡ってきたとでも言うのであろうか。
男はふと右の掌を見つめた。そこには怪しい印が描かれている。それは魔法陣のようにも見えた。それは血のような色をした魔法陣だった。
右掌の印を見つめる彼の脳裏に、ある光景が呼び起こされる……
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小さな少年がひと気のない墓地に1人佇んでいる。ローブの男の過去の姿なのだろうか。少年は物憂げな顔でひとつの墓標を見つめていた。
そしてその墓標に亡き人の面影を重ねた少年は、右手を伸ばす。
次の瞬間、その右手は赤々と燃える炎に包まれた。少年は何が起こったのか分からず、恐怖に支配される。その炎は少年の腕を包み、やがて顔の右半分まで包み込んでしまう。
程なくして、その恐ろしい炎は消え去った。
意識を失い倒れ込んだ少年。 彼の右掌には、禍々しい赤い印が刻まれていた。
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右掌の印から目を離した男は、視線を上げる。
アムニス砂漠のその過酷な環境故に、関所には人の行き来はほとんどない。そのため警備は手薄になっており、ただ1人その場を任された門番でさえ居眠りしている始末。経験則から、まず人が来ないこの関所には人員を回す必要はないと判断されたのだろう。
正体不明の謎の男は慎重に関所の様子を伺っている。どうやら、アドフォードに忍びこもうとしているようだ。砂漠を越えて来たのであれば彼はリミア連邦から来たことになるが、一体なぜ険しい道をわざわざ選んだのだろうか。それとも、この砂漠を越えなければならない何らかの事情があったとでも言うのか。
門を越えた先に目を移してみると、カウボーイのような恰好をした男が居眠りする門番の目の前に立っていた。白いカウボーイハットを被り、緑色の服が印象的な男だ。
彼は大きな咳払いをする。
しかし、門番は気持ちよさそうに口をモゴモゴさせて、顎を掻いただけ。それが気に障ったのか、カウボーイは眉間にしわを寄せ、勢いよく門番の座る椅子の足を蹴飛ばした。
すると、まるでダルマ落としのように椅子だけが飛ばされ、門番はそのまま床に尻餅をつく。
「あっ!はい!え?食べたのは俺じゃありません!」
その衝撃で目覚めた門番は、何やら寝言を呟く。
「全く!それで給料をもらおうとは大した度胸じゃないか」
そう口を開くのは、アドフォードの保安官を務めるハメル・レイモンドであった。彼の左胸には保安官であることを示すバッジが光っている。
「す、すみません保安官。どうかお許しを」
門番は申し訳なさそうに平謝りするばかり。
「都合のいい男だな。いくら人が来ない門であろうがしっかり見張れ。いつ、どこに危険が潜んでいるか分からんのだぞ」
ハメルは厳しく言いつける。
「は、はい。以後気を付けます」
門番は伏し目がちにそう言うとハメルは頷き、そのまま去って行った。本来なら国境警備は王軍が請負うもの。だが、ここはあまりにも誰も来ない門であるため、その管理は地元アドフォードの治安部隊つまり保安部に任されているのであった。
砂色のローブの男はハメルの声を聞くと身を屈め、その会話の内容に耳を傾けていた。門の外にいる男はこの門の先がどうなっているのかは甚だ想像がつかなかったが、今の会話で大体のことが理解できた。
この門を守る人物は1人だけ。そして、その人物はよく居眠りをする間の抜けた男。
ここまで警備の手薄な門であれば侵入は容易いだろうと思われたが、1つだけ問題があった。門に備えられた扉は閉ざされ、ゆうに直径1メートルはあろうかと言う太いつっかえ棒でかたく固定されていた。これでは侵入のしようが無い。この扉を無理やり開ければ、そこには大きな音が生じ、すぐに気づかれてしまうだろう。
門は石が積み上げられて作られており、木製の扉は金具で固定されている。男は門の外観をじっくりと観察し、どうにかここを突破しようと考えを巡らせた。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
関所の様子を伺う怪しい男の正体とは……!?冒頭に出てきた少女の正体は、後々明らかになります!