第50話「疑心吸血鬼」(1)【挿絵あり】
一堂に会する同志。バーバラは今後について話を始めるが…
改稿(2020/09/11)
Episode 3 : Lunar Guards/月衛隊
長いルナトの夜が明ける。ベルたちがルナトの町を訪れて、まだ24時間も経っていないが、当の本人たちはすでに何日もこの町で過ごしているかのような感覚に陥っていた。リミア連邦軍の追っ手から必死に逃げ、この町にある2つの問題の存在を知った。それに、多くの出会いもあった。
疲れ果てたベルは、エミリアの家で気持ち良さそうに爆睡していた。ベルはエミリアを護るためにここにいるはずだが、ランバートの存在が彼を安心させたのかもしれない。
「起きろ、ファウスト」
ベルの目が薄っすらと開き、まだ意識がはっきりしていなかった時、突然彼の身体は揺さぶられた。
「…………もう朝ですか?」
ベルは目を擦りながら、目の前にランバートがいることを把握する。
「今日は忙しいぞ。バーバラから呼び出しが掛かってる」
「今からですか?」
「騎士様はお寝坊さんですわ」
寝起きの無防備な姿を晒しているベルを見て、エミリアは口に手を当てて笑っている。
「………………!」
それに気づいたベルの顔は、一瞬にして赤く染まった。
ほどなくして、3人はバーバラの食堂に向かった。
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ベルにとって、明るいルナトの町を見るのはこれが初めて。人影が見当たらなかったのは、日の暮れたルナトの町だけだった。
吸血鬼が猛威を振るっている恐ろしい町と言えど、流石に日のあるうちは住民も外を出歩いている。吸血鬼は日差しに当たる事が出来ない。その真偽は不明だが、住民はそれを信じている。
バーバラの食堂の表には、“CLOSED(閉店)”と言う札が下がっていた。稼ぎ時の昼間に店を閉めると言うことは、よほど大切な話があるのだろう。先頭を歩いていたランバートは、閉まっている扉のドアノブに手をかけた。
ガチャ…
バーバラの食堂の鍵は閉まっていなかった。開かれた扉の先には、バーバラ、リリ、アレン、レイリー。その他に、見覚えのない顔が幾つもあった。
これは、ベルにとって予想外のことだった。これが、バーバラの言う“同志”なのだろうか。
「おい貴様!エミリアから離れろ!」
食堂に入った直後、ベルに向かって誰かが叫んだ。ランバートの後ろには、横に並ぶようにベルとエミリアが立っている。
ベルに向かって叫んだその人物は、椅子から立ち上がって、勢い良くベルを指差した。その男は青白い顔をした黒髪の男だった。腰には剣を携えており、その目は赤く燃えている。
「何だ、お前?」
「お前こそ誰だ!見ない顔だ。まさか吸血鬼じゃないだろうな?」
黒髪の男は、ベルに疑いの目を向ける。正体不明の吸血鬼が潜んでいるこの町では、仕方のないことかもしれない。ベルはつい昨日、この町に来た人間。顔見知りなのは、ほんのひと握りの人間だけだ。
「お前こそ吸血鬼じゃないのか?青白いし」
「何だと⁉︎」
このベルのひと言が、黒髪の男の癇に障った。我慢出来なくなった黒髪の男は、ベルに向かって進んでいく。その足取りから強い怒りが感じられた。そんな彼の手は、剣の柄に触れている。
「やめな‼︎」
その時、力強く太い声が食堂中に響き渡った。バーバラだ。彼女の声が黒髪の男の動きを止める。
「なぜ止める?」
黒髪の男は、鬼の形相でバーバラを振り返る。
「バート、面倒を増やさないでおくれ。そいつはアタシらの仲間の黒魔術士だよ」
「ベル・クイール・ファウストだ」
「ケッ、黒魔術士か。俺はヴラディスラフ・バートリー」
バートと呼ばれているヴラディスラフ・バートリーは、成り行きでベルと同じように名前を名乗った。普通なら、こういう時は握手をするものだが、2人が握手することはなかった。
「お前が、同志の力になる黒魔術士なのは分かった。だが、エミリアは俺と結婚する。他の男がエミリアと結婚するのは俺が許さない。エミリアから離れろ」
「は?」
ここで、ようやくベルの抱いていた違和感の正体が明らかになった。敵ではないと明らかになった後でも、バートがベルに向ける敵意は消えていなかった。
「エミリアさんは、それを望んでるのか?」
「黙れ!つい最近現れたばかりのお前に、エミリアの何が分かるって言うんだ!」
それに対して、バートも引くことはなかった。ベルと同じように強気な姿勢で対抗している。
“はぁ〜…馬鹿馬鹿しい”
リリは、エミリアを巡る2人の男の争いに呆れていた。恋の争いの原因がリリ自身なら、リリは恐らく有頂天になっていただろう。
しかし、これは他人の恋愛。リリは少し嫉妬していた。リリには、ベルに対する特別な想いが芽生え始めている。それが恋愛感情なのかは別にして、危険な旅を共にするベルとリリの間には、何か特別なものが存在していた。ただ、2人ともまだそれには気づいていない。
「お前たちいい加減にしろ!エミリアは誰のものでもないし、誰とも結婚せん!」
黙って話を聞いていたランバートが、ついに口を開いた。ランバートはエミリアの父親。若い男が愛娘を取り合おうと争っているのを、黙って聞いている事は出来なかった。
「お、お義父さん……」
怒りのこもったランバートの声を聞いて、バートは急に萎縮した。
「私はお前のお義父さんではない」
ランバートは、腕を組んでバートを睨みつけている。まだエミリアは若い。まだ彼女を誰かに嫁がせる気は、ランバートには全くなかった。だからこそ、ランバートはブレスリバーからルナトに飛んで来たのだ。
「話は終わったかい?そろそろ始めたいんだが……」
一部始終を見ていたバーバラは、頃合いを見て口を開いた。このまま、くだらない争いに時間を割いている暇はない。
「あぁ、すまないバーバラ」
ランバートはベルとバートに代わって謝った。
「それでは始めよう。今日同志のアンタらに集まってもらったのは他でもない。昨晩、トニーが死んだ」
「⁉︎」
ようやく同志の集会が始まる。食堂の、大きな丸いテーブルを囲むように座った同志に、昨晩の出来事が告げられる。ベル、リリ、アレン以外の同志の面々に衝撃が走った。トニーという人物を、ベルたちは知らない。
「一体何があったんだ?」
同志の1人、ベルたちの知らない人物が口を開く。彼の頭頂部の毛がなく、側頭部にしか毛が無かった。側頭部から生えた毛は、襟元まで伸びている。それから、目玉が飛び出しそうなほど、顔は痩せこけていた。
「吸血鬼だよ、マルケス」
バーバラは溜め息混じりに、そう言った。
「またか……」
「またかって……前にも同志が殺されたんですか?」
ベルはマルケスの発言が気になった。
「あぁ。同志が吸血鬼に殺されるのはこれで3度目だ。仲間が殺されてるのに、吸血鬼の正体について、ヒントは何も得られていない。どうしたもんかね…」
バーバラは拳をテーブルに叩きつける。彼女は行き場のない怒りを抱えていた。仲間を殺されても、その犯人の手がかりは一切出てこない。怒りをどこにもぶつけることは出来ないのだ。
「3人も……」
リリは開いた口を両手で塞いだ。リリは恐怖を抱いた。これまでも吸血鬼が潜んでいる事は知っていたが、実際にその被害を聞くと、より実感が湧いてくる。
「同志の皆が必死になって探してもこのザマ。何かおかしいと思わないか?」
ここでバートが口を開いた。これまで、同志は月衛隊について調べるだけでなく、全力で吸血鬼を捜索して来た。それなのに、成果は全くと言って良いほどなかった。
「……………」
バートの発言で、バーバラの食堂は沈黙に包まれた。この場所に集められた同志たちは、お互いの顔を見つめている。
「じれったいな!俺は、この中に吸血鬼がいるんじゃないかって言いたいんだよ!」
ついにバートが本意を口にした。彼は、かねてから同志に疑いの目を向けていたのだ。
「…………」
これによって、再び食堂は沈黙に包まれる。バートの発言により、同志全員の心に、疑心の種が芽生えた。全員が心のどこかで、仲間内に吸血鬼が潜んでいるのではないかと思っていたのかもしれない。今までそれが見えない形で、皆の脳裏に浮かんでいた。それが、バートによって浮き彫りにされたのだ。
「馬鹿なこと言うんじゃないよ!仲間を疑うなんて、どうかしちまったのかい⁉︎」
バーバラは声を荒らげる。結束こそが力となる。彼女はそう思っていた。バートの行為は教皇に対抗し、吸血鬼に立ち向かう同志たちの間に、亀裂を生みかねない。
「これはひとつの可能性だ。誰も真実を掴めていない以上、どんな可能性だって起こり得る」
バートはそう言いながら、ここに集まった1人ひとりの顔を見つめた。その中でも、マルケスの顔を見つめている時間が長かった。
「月衛隊の中に吸血鬼がいるとは考えられないか?吸血鬼の被害者の中に、我々の仲間は多い。すでに月衛隊が我々の動きに気づいていたとしたら?」
明らかに疑いを向けられているマルケスが怯む事はなかった。彼は冷静に、ひとつの可能性を提示した。吸血鬼に殺害されたと思われる死体は、すでに十数体見つかっている。その中で、3体が同志のもの。ただの偶然と言う可能性もあるが、他の死体に共通点はなかった。
「確かに、そう言う可能性もあるな……」
マルケスの意見に同意するバートだったが、この場を包む険悪な雰囲気は消えなかった。マルケスに対するバートの疑心は消えていない。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
今回の初登場キャラは、一途なイケメン バート君でした!笑




