第49話「黒いリボン」(3)【挿絵あり】
「そうだったの……強かったわね。あなたは頑張ったわ」
ひと言も発さずにリリの話を聞いていたステラは、ようやく口を開いた。
そして、再びリリを優しく包み込む。間違った事には、徹底的に立ち向かう。そんな強いリリの行動を知って、ステラは誇らしくなった。
「私頑張った!」
ステラの優しさは再びリリの涙を誘うが、彼女は泣かなかった。泣いているよりも、笑っていたかった。母親に、自分の悲しい顔なんて見せたくなかった。
「本当によく頑張ったわ。そんなあなたには、ご褒美をあげる」
リリの笑顔。それは、ステラを幸せにする。そしてステラの笑顔もまた、リリを幸せな気持ちにさせる。まさに、とても良い正の連鎖。
「?」
リリは、黙ってステラの様子を見守っている。ステラは、自分の頭の後ろに手を回す。それから、彼女は何かを手に取ると、笑顔でリリを見つめる。
「さあリリちゃん。後ろ向いてくれるかしら?」
ステラに言われるがまま、リリは後ろを向く。
リリはステラが何をしているのか全く分かっていないが、どうやらリリの髪に何かしているようだ。何か、髪の毛が上に引っ張り上げられているような気がする。
「ほら、出来た」
その声を合図に、ステラの方を振り返ったリリの目の前には、手鏡があった。そこに映るのは、今までとは違う自分。髪は1本にまとめられ、ポニーテールになっている。
そして、そのポニーテールを作っているのは、ひとつの黒い髪帯だった。
「お母さんのリボンだ!」
リリは満面の笑みを浮かべた。黒いリボン。リリはそれに見覚えがあった。ステラが毎日のように、髪につけているリボン。ステラはリリのようにポニーテールにはしていないが、いつも頭の後ろにリボンをつけていた。
ステラがいつも大切にしているリボンを貰って、リリはとても嬉しかった。この黒いリボンは、リリにとって大切なもの。ステラと離れている今、唯一彼女を感じる事が出来るもの。
これをつけている事で、いつもステラと一緒にいるような気持ちになれる。このリボンは、リリの宝物だった。
このリボンが彼女を勇気付け、このリボンが彼女を突き動かす。ステラが目覚めるまで、リリがこのリボンを手放すことは決してないだろう。
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「ねえ…」
レイリーは気になったことがあるようで、リリに声をかけた。だが、リリはそれに気づいていなかった。黒いリボンを触っているリリはすっかり感傷に浸り、外界との交信を絶っていた。
今、彼女の頭の中にはステラしかいない。
「ねえ!今 黒魔術書の切れ端って言わなかった?」
リリが気づいていないことを知ったレイリーは、声のボリュームを上げた。
「へ?あぁ……これね」
ようやく現実の世界に戻ってきたリリは、ポケットに手を突っ込んで、レイリーの望む物を渡した。
「これが、黒魔術書……」
レイリーは息を呑んだ。丁寧に折り畳まれたその紙切れは、ボロボロでページのほとんどが破れて失われていた。読める文字はほとんどない。
“人間を永遠の眠りにつかせる「眠りの呪い」。何人たりとも、その眠りを妨げる事は出来ない。眠り人を目覚めさせるためには……”
リリが持っていた黒魔術書の切れ端から読み取れるのはそこまで。その先の文章は、失われていた。確かに、これでは眠りの呪いを解く方法は分からない。
しかし、その先に続く文章からして、眠りの呪いを解く方法は必ず存在する。リリは、それを追い求めているのだ。
「眠りの呪い……これが本物の黒魔術書の切れ端だとしても、情報がこれだけだと解くのは難しい」
「レイリーちゃん。私はずっとこの呪いを解く方法を探してるの……何か分からないかな?」
リリは願うように、そう言った。これまでで1番、眠りの呪いの解法に近づいている気がする。これまで出会った中で、レイリーは恐らく1番の黒魔術オタクだ。何か役立つ情報が得られるに違いない。
「一口に呪いって言っても色々ある。悪魔と契約して、その結果残された代償を、呪いと言う事もあるし、自分が力を得るために、代償として他人を悪魔の生贄にすることもある。そうして、他人に呪いがかけられる。それから……ただ恨みを晴らすためだけにかけられる呪いもある。いずれにしても、結局は呪いも契約の一種」
「ってことは……お母さんは、力を得るために利用されたのか、恨みを晴らすために呪いをかけられたかのどっちかってことね…」
リリはそう考えた。何者かがステラを陥れたのだ。
「自分が力を得るために、自ら悪魔と契約したって事は考えられない?」
レイリーのこの言葉は、リリの癇に障る事になる。ステラがそんな事をするわけがないではないか。リリは、まるで10年前の出来事を呼び起こすかのような気持ちを抱いた。
「何言うの?ママがそんなことするわけないでしょ!」
リリは動揺していた。初対面だからと言って、こんなに失礼な事を言うのは許されない。
「分からない。誰かを護るためだったとしたら……良い人間でも悪魔と契約を交わす」
レイリーは、ただリリの神経を逆撫でしたわけではなかった。それは冷静な推理だったのだ。
「…………⁉︎」
リリは言葉を失った。そんな可能性は考えもしなかったのだ。確かに、レイリーの指摘する可能性は、あり得ないものではなかった。あの優しいステラなら、リリのために悪魔に命を捧げたというのも十分に考えられる。
しかし、ステラが永遠の眠りについている今はそれを確かめる術もない。
「………………どんな事情があったとしても、そこには悪魔が関わっているはず。眠りに関係するのはインキュバス、サキュバス……」
レイリーは、ステラが呪いにかかった可能性について、それ以上言及することはなかった。人とのコミュニケーションが苦手で人見知りな彼女だが、人の気持ちを察する能力には長けているのかもしれない。
レイリーはさっそく、部屋の中にある大量の書物の中から、眠りの呪いを解くヒントを探し出そうとしていた。
彼女があらゆる本のページを、目まぐるしくめくっているのを見て、リリも同じように書物に手をかける。レイリーはどの本がどこにあるのか理解しているのかもしれないが、リリには何がどこにあるのか全く分からない。
リリは手に取った本の目次だけを見て、関係しそうなものをピックアップしようとしている。
その時だった。リリは首筋に何かが当たるのを感じた。
「……メア」
そう言って、リリの顔の真横に現れたのは、レイリーの顔だった。
「ひっ!」
突然現れたレイリーの顔に、リリは必要以上に驚いた。レイリーの顔があるのは、リリの顔の真横。今にも触れそうだ。彼女は、リリの首筋に顎を乗せている。
「あ、ごめんなさい…」
レイリーは引きつった顔のリリを見て、すぐに彼女から離れた。
「もう脅かさないで。あなたが吸血鬼なのかと思っちゃった……」
リリはほっと胸を撫で下ろす。吸血鬼は首筋に噛み付いて血を吸うもの。吸血鬼が潜む町で、首筋に何かが当たるのを感じれば、それを吸血鬼の仕業だと思ってしまうのは、当然のことだった。
「ごめんなさい。これは私の癖。こうすると仲良くなれる気がして」
首筋に顎を乗せるという、何とも紛らわしいその行為。それは、レイリーにとってのスキンシップだった。コミュニケーションの取り方がよく分かっていないレイリーは、つい突拍子も無い事をしてしまうのだろう。
「ハハハ……紛らわしいわね…」
リリは再び顔を引きつらせた。こんなスキンシップの取り方をされるのは、リリも初めてだった。
「あ……えと。眠りの呪いの話だけど、メアが関係してるかもしれない」
ぎこちない空気がこの部屋に蔓延していることをレイリーも感じ取った。
そして、彼女は何事もなかったかのように話を元に戻す。
「メア?」
「メア。またの名をナイトメア。人を眠らせて悪夢を見せる悪魔。呪いの契約相手としても、よく使われる」
レイリーは、いとも簡単に呪いとの関係が濃厚な悪魔にたどり着いた。
「それだ!」
リリは目を輝かせる。ようやく、眠りの呪いについての有力な情報が得られたのだ。
「でも、メアが人間を永遠に眠らせるほど強力な力を持っているかは分からない。それに、もし誰かがあなたのお母さんに呪いをかけたんだとしたら、その誰かを探さないと。もし彼女自身が呪いをかけたのなら、解けない……」
眠りの呪いが、悪魔メアによるものだと分かったところで、それが直接呪いを解く鍵に繋がるわけではなかった。レイリーは、わずかな希望を握りつぶすかのように、情報を付け加えた。
「……………」
前途多難とはまさにこういうこと。一体誰がステラに呪いをかけたのか。それをどうやって探せばいいのか。手がかりは、家に落ちていた黒魔術書の切れ端だけ。
もしステラ自身が悪魔と契約したのならば、彼女が目を覚ます事はない。 これから待ち受ける幾重もの謎、そして最悪の場合のことを考えると、リリの気持ちは重く沈むのだった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
リリのリボンへの思い入れが明らかになりました。
そして、レイリーのキャラクター像が徐々にはっきりしてきました。今回は、初めてリリにフォーカスした回になりました。
次回は、同志たちが一堂に会します!




