第47話「望まれぬ婚儀」(2)
「バーバラさん。私、そろそろお家に帰らなくては……」
「あぁ、そうだったね。何があるか分からないから、ベルを連れて行きなさい」
エミリアには、家に帰らなければならない理由があるようだ。バーバラは、ベルのことをまるで息子であるかのように扱き使っていた。
「安心してくれ!この俺がついてるからな!」
「こんなに頼れる騎士様が一緒なら、安心ですわ!」
エミリアの気品溢れる笑顔が、ベルにとっては報酬だった。
「鼻の下伸ばしちゃって……」
そんなベルの様子を、リリは白い目で見つめている。
エミリアの騎士となったベルは、彼女をエスコートしながらバーバラの食堂を後にした。
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「騎士様は、どうしてバーバラさんと一緒にいらしたんですか?」
「え?あ、あぁ…えっと……旅の途中でルナトに寄ったんだ。それで、たまたま食堂に寄ったらバーバラさんと意気投合しちゃって」
エミリアの素朴な疑問に、ベルはたじろいだ。本当の事は、口が裂けても言えなかった。
「旅のお方なのですね。どこからいらしたんですか?」
「住んでたのはリオルグだけど……」
「リオルグと言ったら、お父様の故郷と同じですわ!偶然なのかしら!」
エミリアはとても嬉しそうな笑顔を見せる。その笑顔を見て、ベルは3度癒された。
楽しそうに会話をしながら、エミリアの家へと向かう2人。そんな2人を、暗闇から見つめる影があった。どうやら、その影は2人の後をつけているようだ。その正体が一体何者なのかは分からないが、2人はその存在に気づいていない。
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しばらくして、2人はエミリアの自宅に到着する。この町は、全ての建物が同じように作られていて、代わり映えがしない。ずっと前から住んでいる住人であれば問題がないのだろうが、ベルのような他所者には全てが同じに見える。
バーバラの食堂は看板があったから分かったものの、もし今度1人でエミリアの家に行けと言われたら、それは無理だろう。
「着きましたわ。良かったら中でお茶でも」
エミリアは鍵を取り出して、玄関の扉を開いた。
開いた扉のその先には、1人の男が佇んでいた。見たところ、50代後半から60代半ばくらいの年齢だろうか。エミリアと似た茶色く長い髪は、後頭部で結ばれていて、顔の左側には大きな傷痕が残っている。
鋭い目つきをしたその人物は、ベルの姿を確認すると、凄まじい眼力で睨みつけた。
「テメェ!」
家の中にいる男に睨みつけられていることに気づいたベルは、負けじと睨み返す。
そして家の中に入って行き、男に近づいた。
「貴様!」
それを見た男もまた、ベルに向かって突き進む。
「エミリアに手を出すな!」
「エミリアさんに手を出すな!」
そして2人はほぼ同時に、互いの胸倉を両手で掴んだ。男の方が背が高いため、ベルが彼を見上げるような形になってしまってはいるが、威勢はベルも負けていない。
まさに一触即発。この場には、ただならぬ緊張感が漂っていた。エミリアの家には、見知らぬ厳つい男が侵入していた。彼が吸血鬼なのか月衛隊なのかは分からない。
ベルは、彼がそのどちらかであると思っていた。
「お2人ともやめてください‼︎」
まさに戦いが始まろうとしていたその時、エミリアが大きな声を上げた。その声を聞いて、ベルと謎の男は揃ってエミリアの方を見やる。
「お2人とも、何か大きな勘違いをされてますわ」
エミリアは、困り顔で2人の顔を交互に見つめている。
「エミリア、それは一体どういうことだ?」
謎の男は状況を把握出来ていなかった。さっきまでベルを威圧する鬼のような顔をしていた男だが、今では間の抜けた顔をしている。意表を突かれて驚きを隠せないのだ。
「お父様。こちらの方は私を護ってくださる騎士様ですわ」
「お父様?」
「騎士様?」
ベルと“エミリアの父親”は、目を丸くしている。2人とも、お互いを敵だと思い込んでいたようだ。早とちりしてしまったのだと気づいた2人は、恥ずかしそうに頬を赤らめる。
「全くお父様ったら、早とちりが過ぎますわよ」
エミリアは笑って見せた。つい数十秒前まで、この場ではエミリアを巡る戦いが勃発しようとしていた。
ところが、今となっては苦笑いする男が2人いるだけ。
「ウィリアム・ランバート。エミリアの父親だ」
ランバートは恥ずかしそうにして、伏し目がちに右手を差し出す。
「娘さんの護衛をすることになった、ベル・クイール・ファウストです」
対するベルも恥ずかしそうに、ランバートの手を握った。
「今ファウストと言ったか?」
「はい?言ったけど……」
ベルは困惑した。苗字がファウストだからどうしたと言うのか。
「もしかしてお前、ヨハン・ファウストの息子か?」
ランバートは目を見開いて、ベルの顔を凝視した。そして、自然に笑みをこぼす。
「そうだけど……親父を知ってるんですか?」
それは、ベルにとって驚愕の事実だった。 “ブラック・ムーン”を引き起こした憎き父親を知る人物と、顔を合わせることになるとは思ってもみなかったのだ。ヨハン・ファウストのことを“親父”と呼ぶことにベルは乗り気ではなかったが、ここで話を面倒臭くする必要はどこにもない。
「そうかそうか!その髪に、その目。確かにアイツにそっくりだ。知ってるとも。アドフォードを目指していた親父さんを、リオルグからブレスリバーに送り届けたのは、他でもないこの私だ」
父親に似ている。そう言われることに、ベルは嫌悪感を覚えた。ベルの髪の色、目の色は確かにヨハン・ファウストと同じだが、彼はそれを認めたくはなかった。自分とあの男の間に血縁関係があるという紛れも無い事実さえ、ベルは否定したいのだ。
「そうだったんですか……リオルグの船長が、どうしてこの町にいるんですか?」
若かりし頃のヨハン・ファウストの話。ベルはその話が多少気になってはいたが、聞く気になれなかった。自分を不幸のどん底に陥れた父親の話を聞いたところで、浮かんでくるのは憎しみだけだと分かっていたから。
「あ、あぁ。あれから色々あって、今はブレスリバーで船長をやってる。だが、娘が望みもしない男と結婚させられると聞いて、ルナトに飛んで来たのさ。だからこの町は嫌いなんだ」
ランバートは拳を握りしめた。娘を幸せにしない結婚など、あってはならない。可愛い娘のために、彼はブレスリバーからルナトに駆けつけていた。
「お父様、本当にありがとうございます。お父様がいると安心しますわ」
ランバートは、愛する娘を抱きしめた。 長い間感じたことのない親子の愛を目の前にし、ベルは複雑な感情を抱いていた。心から愛していた母親はこの世を去り、父親に対しては憎しみしか抱いていない。
ベルが愛することの出来る親は、もうどこにもいない。
「そう言えばお前、黒魔術士か?」
「はい。だから、俺がエミリアさんを護ることになったんだ」
「それは心強い。私は黒魔術が使えないもんでね」
実のところ、最初ベルがエミリアの騎士だと聞いた時、ランバートは不安に思っていた。見たところ20にも満たない子供が、果たして娘を護る力を持っているのだろうかと。
しかし、黒魔術士であれば話は別だ。ランバートは安堵の息を漏らした。
「安心してくれ。何があっても娘さんは護ります」
ベルは、自分に出来る最高のキメ顔をした。 好みの女性の傍にいること。それが、ベルのするべき罪滅ぼし。
だが、それは最早ベルにとって贖罪でも何でもなかった。彼を浮かれ気分にさせるだけのご褒美に過ぎない。
ギィィ……
その時、閉まっていたはずの玄関の扉がゆっくりと開く。
「誰だ⁉︎」
いち早くそれに気づいたベルは、すぐに玄関に身体を向けた。
一方のランバートは、かばうようにエミリアの前に立った。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
ベル、エミリア、ランバートの前に現れたのは⁉︎




