第47話「望まれぬ婚儀」(1)【挿絵あり】
突然現れた美女エミリア。彼女は何者なのだろうか。
改稿(2020/09/08)
しばらくして、服を来たエミリアが台所に戻って来た。
「私はエミリアです。あなた方はどちら様でしょうか?」
「俺はベル」
「リリです」
「僕アレン!」
間髪入れずにベルたちも名前を名乗った。リリにはない女性の色気が、エミリアには溢れていた。ベルは一瞬にしてエミリアの虜になった。
「旅のお客さんだよ。なんでもベルは黒魔術士らしい」
「まぁ!でしたら、私を護ってくださる騎士様なのですね⁉︎」
エミリアは黄金の瞳を輝かせる。目を輝かせながら、彼女はベルに顔を近づけた。
「⁇」
ベルは困惑していた。美しい女性に急接近されて緊張していることもあるが、ベルにはエミリアを護らなければならない理由がまだ分からない。
「そうだった。アンタたちにはまだ話さなきゃいけないことがあったね」
「何ですか?」
「アタシたちが教皇を嫌いなのには、まだ理由があるんだよ。あの野郎、何百歳にもなるシワだらけの化け物のくせに、今さら結婚を発表しやがった!」
「結婚?おめでたいじゃないですか〜。おじいちゃんになっても愛する人を見つけるなんて、素敵!」
リリは目を輝かせた。女の子と言うのは、誰しもロマンチックな結婚に憧れるものだ。数百年の時を経て愛する人を見つける。彼女にとっては、何ともロマンチックな話だ。
「これを聞いても、素敵なんて言えるかね」
そんなリリを見て、バーバラは険しい顔になった。
「え?」
「教皇が結婚を発表したのは1週間前。それは突然発表された。新婦にも知らされずにね」
「それって一体……」
「新婦のもとに、1通の手紙が届いた。
“2週間後 貴女を月の塔に招待します。
貴女は、神の使いである教皇様の結婚相手に選ばれました。同封のウェディング・ドレスをお召しになって、結婚式に出席してください。
つきましては、1週間以内にお返事をいただきたく存じます”
だとさ」
教皇が結婚を発表したのが1週間前だとすれば、すでにそれから1週間経過していることになる。新婦とされる人物は、手紙の返事を送ったのだろうか。
「それでも、まだ私は素敵だと思うんですけど……」
バーバラの言わんとすることが、リリにはまだ理解出来ていない。それを見て、バーバラは苛立ちを募らせていた。
「何を言うんだい。エミリアは教皇と会ったこともなければ、教皇を見たこともないんだよ⁉︎それでも素敵だなんて言えるかね?」
堪忍袋の緒が切れたバーバラは、ついに怒鳴りつける。その鬼のような形相と、耳をつんざくような声に、リリは怯んでしまった。
「そ、その新婦って、エミリアさんだったんですか?」
リリは急いで会話の相手をエミリアに切り替えようとした。このままバーバラと話を続けていれば、怒りを買うばかり。彼女は人から怒られることも好きではない。
「えぇ……実はそうなんです」
エミリアの表情が曇る。若くて美しい女性が、その姿を見たこともない老人から求婚されている。こんな状況で困らない女性などいないだろう。
「一体なぜエミリアさんが結婚相手に選ばれたんですか?」
「教皇は滅多に月の塔を降りない。特に、ここ100年はずっとあの塔の上で生活しているらしい。だから、今この町に住んでる人間のほとんどは奴の姿を見たことがないんだよ。でも、教皇はアタシたちを知ってるんだ」
「え?」
「月衛隊。教皇を護る部隊ですわ。彼らは教皇の身の安全を守り、外の情報を教皇に伝えています。おそらく、教皇はこの町の住人を1人残らず把握していると思いますの」
エミリアは俯いている。教皇の目となり盾となる存在。それが月衛隊。
「月衛隊?」
ルナト教、そしてルナトという町のことは知っていたリリでも、月衛隊という言葉は聞いたことがなかった。
「文字通り、月の化身とされる教皇を護衛するための部隊。教皇と会うことの出来る数少ない人間だ。奴らは常に月の塔を護り、危険分子を排除するために町を巡回している。恐らく、前から教皇は結婚相手を探していて、月衛隊からの情報で相手を決めたんだろう」
エミリアに続いて、バーバラが月衛隊について補足した。そこには、リリの疑問の答えもあった。
「前言撤回します‼︎全然ロマンチックじゃありません!キモいですっ‼︎」
リリは全身を震え上がらせて、教皇の歪んだ恋愛観を拒絶した。
「やっと分かってくれたかい。教皇は自分の理想を無理にでも押し通そうとする卑劣な男なんだよ!多分エミリアのことは、完全に見た目だけで選んだんだろうねえ。本当にヘドが出るよ!」
バーバラの話を聞いているうちに、教皇の人物像が見えてきた。現状ではバーバラとエミリアにしか話を聞いていないが、彼らが嘘をついているようには全く見えない。
「好きでもない相手となんか、俺が結婚させません!」
ここで、ベルがエミリアの前に1歩踏み出して、彼女の手を取った。
「まあ!あなたは頼れる騎士様なのですね!私だって、教皇などと結婚したくはありませんわ」
エミリアは天女のような笑顔でベルを見つめた。今目の前にいる美女は、望まぬ結婚を押しつけられている。そんな一方的で身勝手な愛は、成就してはならない。
「あぁ、そうそう。あの手紙の返信期限はもうとっくに過ぎてる。だから、きっと月衛隊が押し掛けて来るに違いない。アンタには、エミリアの護衛を頼みたいんだよ」
バーバラの頼み。それは、エミリアを護ることだった。
「当然護ります!」
ベルはやる気満々だ。好みの女性を護ることは、苦でも何でもない。
「頼もしいね、でも気をつけな。奴らは教皇の操り人形。教皇の願いを叶えるためには何でもやる連中だよ。油断してたら、エミリアは連れ去られてしまうかもしれない。連中の中には、黒魔術士もいるかもしれないしね」
「月衛隊に黒魔術士がいるかどうかも、分からないんですか?」
「あぁ。月衛隊を見かけることはあっても、奴らが戦ってるところは見たことがないね。黒魔術を使ってるところも見たことはないよ。だが、奴らは教皇の護衛隊だ。黒魔術の1つや2つ、使えても不思議じゃない」
バーバラは溜め息を吐き出した。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
新たな任務は、身勝手な婚儀は必ず阻止!




